第9話 ハーフ
砦の通路を抜け、反対側へ出た一行は、そこで待ち受ける大自然に圧倒された。一行とは言うが、実際にはゼファーを除く、が正しい。
「すっげ……」
「飲みこまれそうだな」
レビンとエドが幼稚な感想を持つ中、アカツキは言葉にはしないものの、ほぼ同等の思いを抱く。
(……いいもの生えてそうだな)
ただ、それはとても薬師らしいものだった。
それぞれがそれぞれの感想を立ち尽くしたまま持っていると、そばから声を掛けられた。
「なんだ? 人間と……
声がするほうを向くと、胴のみを守る軽鎧と、簡素な槍を持った兵士らしき者がいた。声からすると男性だが、力強さとはまるで無縁な感じの優男。『綺麗』という言葉がぴったりとあてはまる青年が、とても嫌そうに顔をしかめている。耳を見れば一目瞭然であり、先が重力で少し垂れるほどの長い耳。いわゆる『エルフ』という妖精種であった。
こういった門衛の存在は考えてみれば当然の話で、アカツキはそのことに全然気が付いていなかった。
きちんと手順を踏んで入ってきたはずなのに、門衛の態度はずいぶんなものだった。いきなりケンカ腰に絡んできたのである。
これまたアカツキは知らなかったが、『邪混』とはいわゆるハーフのことだ。この呼び名は亜人側で一般的であり、人側は『半種』と呼んで、どちらも近い血縁に亜人がいる者の蔑称となっている。
いきなり声を掛けてきて、その言葉を選択する自体、好意的であるわけもなく、それに対するゼファーの発言もまた、好意的ではなかった。
「何用だ?」
「それを言う必要を感じないな」
「なんだと!? 邪混の分際で!」
「これだから亜人は……」
売り言葉に買い言葉で話がちっとも進まない。とりあえずここは、国の命令書を携えているエドが割って入ることに。とんだ貧乏くじである。
「失礼」
「なんだ! 人間!」
こんなんで、関の門衛が勤まるのかとエドは訝しむが、ここに居る以上あちら側の人選は問題ないのだろうと、とりあえず疑問は封じることに。どういう気持ちかと言えば『何考えてんだ?』ということである。
「リーネット王国筆頭薬師ゲーアノート付き、エドアルド=ヘイスです。国王陛下より命を受け、こちらに伺いました。ご確認をお願いいたします」
「お、うむ。拝見しよう」
我に返ってバツが悪くなったのか、咳払いを一つし、エドの差し出した命令書に目を通すエルフの門衛。それを見たアカツキは一つ疑問を覚えたので、こそっとレビンに聞いてみることに。
「(なあ、レビン)」
「(なんだ?)」
「(文字って亜人の人にも通じるのか?)」
「(あぁ……問題ないぞ。読めるやつは読めるし、ダメなやつはダメだ。一応亜人だけで通じる文字なんかもあるらしいが、こんなとこに配属される兵士がそんなやつなわけないしな)」
なるほど納得という意思を示す為、頷きを一つ返すアカツキ。そんなやり取りをしている間に、この場の緊迫感は幾許か和らいだようである。
「すまぬな、感情的になって。訪問の目的は了承した。じゃこ……ハーフたちの住む集落がある外縁部よりも『龍王領域』はさらに内側だ。一度族長たちに話を通しておくと、余計なトラブルもないだろう。できればそうしてもらえるとありがたい」
「……了承した。先触れをお願いしたいが」
「心得た……風よ」
門衛もゼファーと同じように、魔術が使えるようで同じ文言で起動させたようだ。ふわりと風が吹くと、葉を揺らしながら砦とは反対側へと向かって行くのが分かった。
「これでいい」
「ところでなんですが」
「なんだろうか?」
「何かピリピリしておられたようですが、何かあったのでしょうか? あちらの門衛からも、偵察に行った者が帰ってこないと言っていたのですが」
「……そうだな。話しておこう」
そうして語られたのは、人の業がこれというほど詰まった、胸糞の悪くなるような話だった。
関所は一応、北のリーネット、西のファンヴェルフ、南のヴィクストレームにそれぞれ設けられているのだが、きちっと壁で整備されているのは、あまり距離を接していないヴィクストレームのみであり、他二国は壁が全く足りていない。その壁のない所から、いわゆる人さらいがたびたび侵入するのだとエルフは語る。縦長の亜人領域に対して最も国境を長くもつ、ファンヴェルフからの侵入者が特に多いのだと。
「風神殿が居られるところで言うのもなんだが、我々は混血に対しての扱いがひどく悪い。中央部に対し外縁部と呼んでいるのだが、そこにハーフの集落を置くことで、妖精種の血が濃いものを守っているのだ」
人さらいが狙うのは亜人も人も蔑むハーフであるため、今までは見逃してきたのだというのだが、ここ最近入ってくる者は中央部にまで手を伸ばす輩がいるのだという。もちろん妖精種を狙って。
「特に子供は好奇心が旺盛でな。ハーフの集落までなら好きにしてもいいと言っていたが、最近では村から出ることすら危うくなっているのだ。奴らは本当に手当たり次第でな。それでこちらもピリピリしている。そちらの兵士がここを越えて中に入っていったことも知っているし、こちらもそれには同行したのだが、こちらのものも帰って来ていない。恐らくは人さらいにどうにかされたのではないかと思っている」
「そうでしたか……」
「無論、腹立たしい事ではあるが、一方的に人間のせいにするつもりもない。悪いやつは別に種族を問わないのでな」
どうやらこのエルフの門衛は、清濁併せのめるタイプのようだ。でなければ関の仕事など勤まるはずもない。
「中央部に向かうのなら『
亜人融合政策後、族長の一族を除く混血した者たちが、血の純化を目指してひたすら邁進してきた者たち。己の中の人の部分を拒絶し続けた者たち。
「……穏やかではないな」
「間が悪かったと思ってほしい。そちらも急ぐのだろう? 王の勅命を携えてくるほどなのだから」
その後、いくつか情報を交換すると、アカツキたちは森の中央部をめざし歩を進める。背中を見ながら、門衛は種族の行く先を憂う。
「……何事もなければいいが」
すでに事は起こってしまっている。だが、領域内でも名を通している風神がいるなら、なんとかなるかもしれない。だが、トラブルの原因と接触してほしいという、後ろ暗い感情もあるのは確かなのだ。それによって種を刈りとられるのが一番ベストだと感じるのも。
「……嫌な男だな、我も」
やはりこの男、なかなかの人物であることは間違いないようだ。
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