第8話 関
「止まれ」
街でもなく、かといって村でもない、泊まるだけの宿場町というのが、各地にはあるのだが、そこで一泊した後、一行は王国と亜人領域を隔てる関所へと向かっていた。
誰ともすれ違わない道中を経て、やがて関所に辿りつく。少し小高い場所に建造された三階建ての砦。左右を見ても途切れていることが分からない程度には伸びている壁。砦の向こう側には背丈の高い木が数多く見えている。この先が亜人領域であることは間違いないだろう。
アカツキたちには見えないが、ある程度のところで壁は途切れている。だから、無断で侵入しようとすれば、出来ないわけではない。
その砦の入口が、関所となっているようで、門の側には二人の簡素な鎧を着た兵士が、マジメな顔で立っていた。その内の一人が、一行に静止を求める。
「この先は亜人領域。何用でこの先へ向かう?」
全く表情が変わることなく、淡々と聞いてくる門衛。そこで出てきたのはエドアルドだ。一行の最後方に位置付けていた彼は、前へ出てきて一通の紙を突き出す。
「私は、ゲーアノート様の側付き、エドアルド=ケイスといいます。こちらに陛下からの命令書がございますので、ご確認ください」
「……陛下から?」
訝しい顔をしながら、命令書を受け取る門衛。もう一人のほうも、聞きなれない人物からの命令書ということで、若干表情が変化している。
「……なるほど。貴人の治療薬を作るために、中の素材が欲しい、と」
「はい。つきましては、ここを通していただけると幸いです」
レムリア王女と書かれていないのは、余計な情報を知った者を危険から守るためだ。わりと知られた話ではあるが、用心に越したことはない。
随分へりくだった言い方だが、命令書なのだ。通さないという選択肢は存在しない。ただ、一方的な言い方よりははるかに好感が持てるので、門衛の表情も和らぐ。
「いいでしょう。身分証の提示をお願いできますか?」
門衛の口調も丁寧になる。各々身分証を取り出し、門衛に見せる。
「……エドアルド=ケイス……レビン=ホルバイン……冒険者ランク『D』アカツキ……冒険者ランク『S』……エスぅ!?」
「お、おい、どうした、トレイシー?」
先ほどまで丁寧で冷静だった門衛氏。ゼファーのギルドカードを見て、度肝を抜かれている。それを見ていたもうひとりの門衛が、恐る恐る尋ねる。
「おいおい、見てみろチャド! 白金色だぜ!」
「うおおおぉぉぉぉぉ!! マジか! ……ヒュー! ランクSかよこのお人……風神!? 風神ゼファーなのか、この人! ヒョー! あ、握手! 握手してください!」
「断る」
我を忘れた門衛たちのフィーバーに暖められた場の空気は、一瞬で冷え切ってしまった。
冒険者のギルドカードは、いくつかの段階に分けられている。ゼファーの持つ物は「白金」で最高のものだ。ギルドカードは、貴金属の価値でランクは分けられている。アカツキはここへ来る前に、ギルドで更新された『D』の色は「銅」である。ただ、色がそうなだけで、実際に銅や白金が使われているわけではない。
人によっては人生で一度も見ないであろう白金のギルドカードを見て、興奮した門衛の両者であったが、ゼファーの突き刺さるような視線を浴びて、顔面蒼白になっている。
「も、申し訳ありません。つい興奮してしまいまして……」
恥ずかしそうにつぶやくトレイシー。チャドもそうだが、とてもミーハーだ。正気に戻ったせいか、とても申し訳なさそうである。
「かまわん。だいたい、いつもそんな感じだ」
「そうなの?」
「うむ。まあ、ベラのやつなんかは、いつものカッコがカッコだからな。カードと胸に視線が行ったり来たりしている」
「あぁ……めっちゃありそう」
「ありそうではなく、あるのだ」
ランクS『毒鞭』ベラドンナ。アカツキの顧客の一人で、かつてのロクサーヌのようなビキニアーマーを素で着ている、ある意味超人である。立派な胸元からギルドカードを出すさまは、成人男性であれば誰でも見ずにはいられない。アカツキはお姉ちゃんのように思っているので、妙な気恥しさを感じる。アカツキもそんなお年頃である。
「確認できましたのでお通り下さい。ただ、ですね……」
「? どうした? 情報は貴重だ。生存率に関わるからな。何かいつもと状態が違うなら話せ」
険しい顔で言うゼファー。向こうもプロなので、即座に言われた意味を理解し、態度と顔を引き締めた。
「現在、外縁部……関を出てすぐの場所ですが、かなり騒がしくなっております。偵察に行かせたものが帰ってこないなどのトラブルも起こっており、何か異変が起こっていることは間違いありません」
「……魔物の鳴き声などは聞こえているか?」
「はい。いつもは静かなのですが、最近はどうにも騒がしく……未帰還兵が出たのが、昨日。どういう対処をするべきかという会議が、現在行われています」
そう言うと、トレイシーは何かの意思を伝えるかのように、じっとゼファーを見る。さすがはランクSというべきか、その勘の鋭さはトレイシーの意思を見抜く。
「……悪いがその会議に顔を出すつもりはない。だが、何があったかはこちらに伝えよう。悪いが急ぐのでな、ここを通させてもらおう」
「……はっ。何が起こっているか分かりません。お気を付けて」
「お気遣い感謝する。行くぞ、お前達」
トレイシーは諦めたのか、即座に了承した。返事を待たずにずかずかと関の中を歩いていくゼファー。残された三人は後を追うしかない。
四人が見えなくなった後、トレイシーとチャドは大きく息を吐くと、雑談を始めた。
「すげぇ、威圧感だったな。さすがはランクS」
「だが、大丈夫なのか? 何が起こっているか分からないんだぞ」
「俺らの役目は精々、向こうからこちらに魔物が溢れないようにするくらいだろ。あの人たちがどうにかできなくなったら逃げるしかないよ」
「まぁ……そうなんだけどな……」
ゼファーはランク的にどこへ行っても問題ないだろう。エドとレビンは国の兵士だ。命令に従って動くのは当たり前。問題なのは、ランクDのアカツキ。一人だけ、実力的にはありきたりなランクである。CとDは一番冒険者の量が多いボリュームゾーン。ピンキリで存在している。
普段の状態なら別に問題はないのだ。外縁部を回るくらいなら。だが中心部に行くに従って、ある問題が発生することになるのだが……
そこまで思考を進めたトレイシーは「あっ」と小声でつぶやいた。領域内は騒がしいが、王国側は静かなので、その呟きはチャドの耳に入ることになる。
「中心部に入らないように注意するの忘れた……」
「……別に大丈夫だろ。風神がいるんだから。あの人ハーフエルフなんだし」
「だといいんだが、嫌な予感が……」
「お前が言うとシャレにならねえよ……」
トレイシーはできれば当たらないでほしいと切に願う。だが、彼の嫌な予感は、わりと高確率で当たったりするのだ。
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