第7話 『風神』の謂れ
王都リネルルカは、王国のほぼ中心部に位置し、亜人領域はそこより南西部にある。東へ向かえばアイブリンガー帝国。西へ向かえばファン・ヴェルフ共和国に辿りつく。
リーネットのほぼ真南、そして亜人領域最東部にそびえ立つ、霊峰イムレアが南北を縦断している。そこには災害種の一体ハルピュイアが存在しているため、その向こう側でリーネットから南東に位置する聖地カリーネシアからは、幸いなことに直接亜人領域へと侵入することは出来ない。聖地側からは、かなり幅広の川が霊峰に添うように流れているので、実際問題そこから霊峰に登ることは、事実上不可能となっている。もしもそういうことがあるならば、橋をかけたり川を埋めたりと大規模工事が必要となるため、予兆としては十分だろう。
国とあえて呼ばないことから、亜人領域は国とは各国からは認められていない。ただ、そこでしか入手できない植物や鉱物、何よりエルフ・ドワーフ・ハーフリングが生み出す品々が価値を持つ故に、どこも侵略など企てないというギリギリの線で、領域の線引きが維持されている。侵略が可能な国はリーネット、ファン・ヴェルフ、そして学術研究都市ランヴァイルを有するヴィクストレーム王国の三国が、領域に接するため、可能といえば可能である。
ということが道中ゼファーとの雑談で明らかになった。……まあ政治に携わったり、交易商人からすると常識の範囲の話らしいが、村で一生を過ごす予定だったアカツキにとっては、もちろん初耳である。
「へえぇ……世界はそんな風になってるんだ……」
「北へ行けば、もう滅びてしまったが、東西を横断するアレクサンドロスという国もあった。もっとも瘴気に溢れていてな、とても人が入れたものではないが」
「ふーん……」
「ちなみに勇者たちの最終目的地は、アレクサンドロスのどこかだぞ」
「えっ?」
「なんだ、知らなかったのか? 女神のお告げは五大災害種の討伐の他、大陸北部に蔓延る瘴気の浄化もあるのだからな」
ただ、災害種は倒せばいいだけの話だが、瘴気の浄化の手段に関しては、一切目途が立っていないという話らしいのだ。
「どうせ時間のかかる話らしいから、討伐と同時に浄化の手段を探るらしいぞ。あとは女神の神託待ちといったところか」
「……えらい詳しいね」
「まあ、ランクSだからな」
どんなだ、ランクSという疑問を完全に封殺し、それに伴う自分に出る影響を考えるアカツキ。
(……当分帰ってきそうもないな、フィオナ)
やるべき目的の一つが手段、場所一切不明。アカツキの身近な例えだと、患者の病気の元が分からず、何を投薬すればいいか分からない状態。要は時間だけが過ぎるというわけである。
アカツキの仕事は、地元で腰を落ち着けて行うものである。なのでどこかで偶然出会うということもなさそうということで、ちょっと気分が沈んだ。
「……ん?」
「ほぅ……小鬼人か。どこにでもいる輩だな」
今は、亜人領域とリーネットを隔てる砦に向かう最中。特に周りに遮るものもなく視界良好な平原を、人が歩くうちに草が生えなくなったであろう、天然の街道を進んでいる所だ。そんなところをわらわらと集団で歩いていたら、気付かない方がおかしい。索敵などするまでもなく、目の前で目的もなく群れている。
「あれが、ゴブリン……」
「通称だな、それは。だが、こんなところで見掛けるような連中ではないぞ。本来は森やら山に潜んでいるのだがな……巡回兵は何をしている?」
「なんか……すんません」
「どうやら落ち度があったようです」
巡回兵の関係者、レビンとエドが代表して謝った。先ほどからまったく存在感がなかったが、それはゼファーが彼らをガン無視するからである。
調子のりなところがあるレビンは、あれやこれや話しかけていたのだが、ゼファーは一切無視。いないものとして扱っていたのだ。エドは賢明であり、門でのやり取りから友好を結ぶのは不可能と判断。空気に徹していた。レビンは心を折られ、ゼファーの講義を聞きながら、アカツキたちの邪魔にならないように、エドとひそひそ話をすることしかできなかった。
ちらりと、レビンたちのほうを見るゼファー。興味がなさそうに、目も合わさずに言った。
「別にかまわん。常に領土のすべてを見れるわけではないからな。その辺くらいはわかる」
だったらなんでそんなこと言った!? とレビン辺りは心中穏やかではなかったが、口に出すのは我慢した。どうやらゼファーは、雑談に応じる気がないだけで、こういったことなら話が通じる人物らしいということが分かっただけでも収穫だとエドは思っている。レビンはただ憤っているだけだ。
「では、我々が対処を……」
「私がやろう。下がっていろ」
返事も聞かずに一同の前に出るゼファー。アカツキは何をするのか察することが出来たのだが、その他二名には分からない。
なので、アカツキに聞くことにした。
「な、なぁ、アカツキ」
「ん? どうした……んですか?」
「そんな言葉づかいやめろ。普通でいい」
「そう? どした?」
「あれ、何するつもりなんだ?」
腰の剣も抜かず、右手を突き出しているゼファー。アカツキはその仕草に見覚えがあった。
「魔術を使うんだよ。『風神』って謂れが分かるよ」
「ほぅ……」
「そうなのか」
三名はゼファーの背を見つめる。
突如、ゼファーの服が、髪がはためき始める。目には見えないがなびく向きから、ゼファーの真下から風が吹き荒れていることが見て取れた。
「風よ」
その一言をつぶやくと、風はやんだ。下から吹いていた豪風は、どう見てもなくなっている。
「……ど、どうなったんだ?」
「おい、あれ」
「な……!?」
ゴブリン達が突然、空へと舞いあがった。まるで地面が爆発したように、四方八方に飛び散るゴブリン。かなり高高度まで飛び上がったために、着地はほぼ絶望的だ。
―――ゴキベチャグジュ!
とあちこちから、肉がつぶれる音が聞こえてくる。
「うわぁ……」
「だが、難を逃れたゴブリンもいるぞ。いよいよ我々の出番か?」
「……いらないよ。後始末までするみたい」
のどかな平原に突然現れた地獄絵図。レビンは相手がゴブリンでもわずかな憐憫を感じているが、エドは次の一手を確認。アカツキはゼファーの仕草で必要ないと判断した。ゼファーの姿勢が一切変わっていない。
「風よ」
もう一度同じことをつぶやくと、今度は違う現象が起こった。
まるで箒でゴミを集めるように、一か所に転がったり引きずられていったりするゴブリン。まとまった後、今度は竜巻が発生し、ゴブリン達は巻き込まれて再び空へ。今度は柱上に留まっている。そこに下から石が混じって来て、ゴブリン達を細切れにしていく。
「「……」」
声も出ない兵士組。アカツキは何度か見たことがあるので、平然としている。血が竜巻から遠心力で飛び散っていたが、それもやがて収まり、そこには抉れた地面一つだけが残り、あとは何もなくなった。
「さあ、行くぞ。砦までにひとつ宿場町がある。そこで一晩休むぞ」
そう言って、さっさと先に行くゼファー。
「な?」
「な? って……」
「これほどなのか……ランクS冒険者とは……」
「……」
(本気だしたらこんなもんじゃないだろ、たぶん)
風を自在に操り、空を飛んだり、空気を失くしたり、耳鳴りを起こしたり。直接攻撃から状態異常を起こすまで、かなり幅広い戦い方ができる。
『風神』という異名は伊達ではないのだ。
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