勇者その10 影響

「ふあぁぁぁ~~……おはようございま~す……」

「おはよう、フィオ。今日はお寝坊さんね」

「すみません……なんだか朝早く起きなくても良くなったら……たるんじゃったかなぁ……」

「まあ、慣れておきなさい。これからはみんなの仕事、取っちゃダメよ」

「分かりましたぁ……」


 起き抜けだからか、異常にアホっぽい話し方になるフィオナ。今も足元がおぼつかず、朝餉の用意をしている人に激突しそうになっている。


 フィオナは旅の道中、ずっとキャラバン隊の仕事の手伝いをしていた。三食の準備、寝床の準備、湯あみの準備。それ用について来ている者たちに混じって仕事をしていたのだ。

 周りも女神の力を受けた者の、元村娘のシスター見習いだと知っていたので、あまり気にせず参加させていた。極端なことを言うなら見下していたのである。

 サポート隊とはいえ、城で仕事をしているということはそれなりの身分を持つということだ。故にフィオナはシャロンやロクサーヌとは一段、いや二段は下に見られていた。

 流石に汚物処理などはさせられなかったが、それでも洗い物や洗濯などはむしろついて来ていた侍女などよりもしていただろう。


 ところがその状況が変わったのが、オルトロス戦以降。女神の使徒の一員であるとはっきりと示したフィオナは、他の使徒たちと同様の扱いを受けるようになる。


『いざという時に全力を出せないでどうするのだ!』


 自分も酌をさせていたりしていたキャラバン隊のリーダーが、いきなりそんなことを言いだした。万が一何かがあって、それがバレた日にはただでは済まないということがようやく理解できたのだろう。


 その宣言を正しく理解できた者は、このような態度を取るようになる。


「お手伝いしますね」

「いえっ! 滅相もない! フィオナ様はごゆっくりおくつろぎください!」


 と壁と溝をいっぺんに作られたように、距離を置かれるようになった。


 取りつく島もなく何もさせてもらえないようになった。周りの変化に戸惑い、シャロンに相談したところ、


「認めてもらったのだから、堂々としてなさいな。彼らもそれを望んでいるのだから」


 と、慣れて受け入れるようにと言われたのだ。


 今までの生活から激変したが、人はすぐに慣れていくもの。いつの間にか、何もしないこと、敬われることが当たり前になってきたのだ。


 特別扱い。


 認識できないまま持った優越感。


 知らず知らずフィオナはそれに慣れてゆく。






 ―――これがフィオナの変質の第一歩となっていくことに、今の彼女はまだ気づいていない







「ふぅ~……ただいま戻りました、姫」

「あら、お帰り、ロク。どうかしら? いい感じに動けてる?」

「そうですね。女神の力の異物感は、前ほどではないですが馴染み始めてますよ。いつまでもあるものじゃないんでしょうし、今のうちに動きのイメージを掴んでおかなくては。姫のほうはどうですか?」

「私のほうもそうね。まだまだ時間はかかるんじゃないかしら。普通の魔術も練習はしているけどね、そちらはあまり変わりがないかな」


 シャロンとロクサーヌは、女神の力はいずれなくなるものだと思っている。シャロンのほうは元々できる力があるので、それを見失わないように普通の使い方を忘れないように練習を続けている。

 一方ロクサーヌのほうは、もともとが動けない弱い騎士であったため、今の自分のイメージを忘れないように日々の鍛錬を続けている。なくなった時にできるだけ今の自分と同じように動けるように。今のようには無理かもしれないが、旅で得られる経験と、今まさに人外の動きができるイメージを固めるために。


「フィオのほうも随分と慣れたもののようですね」

「まぁ、しょうがないわよ。ずっとやって来たことをいきなりやらなくていいって言われたって、どうにもできないだろうし。災害種を実際に討伐したもんだから、キャラバンの皆も態度がガラッと変わっちゃったしね」

「……正直なところ、腫物のような扱いはやめてほしい所ですが」

「ムリじゃない? なんだかんだで結果が出ちゃったから」

「そうですか……そうなんでしょうね……」


 フィオナのほうを見ながら、ロクサーヌは憂いを帯びた表情を見せる。掌返しはロクサーヌにもあったからだ。

 ポンコツ騎士団と揶揄される第三騎士団。そこで求められるのは、イメージとしての騎士という、ようは見た目だけが求められる場所だった。そこに至るまでに努力をしなかったわけではないのだが、努力が実を結ぶ前に上が愛想を尽かし、第三へ異動させたのだ。元はデイモンが団長を務める第二にいたのだが、身分を問わない実力を求められる故に、基本的にきつい現場が多い第二では、命に関わる可能性があった。異動を告げるデイモンの、渋々と言った顔は今でも忘れられない。そして同時に自分の不甲斐なさにも。


 そんなロクサーヌにも同じようなことがあったため、戸惑いは彼女にもあった。だが、最下級とはいえ爵位持ちの家に育ったので、そこいらの感覚はフィオナとは全く違ったが、おそらくここで一番共感できるのはロクサーヌだろう。


(あの子は旅が終わったら、元の生活に戻れるのだろうか……)


 されることが当然。そんな感覚は、村には存在しないのだから。


 なおルシードだけは、字も読めず大した実績もないが、親がアレなので自分もされて当然というのが、デフォルトの考えとなっている。

 ついでと言えばなんだが、彼はオルトロス討伐を成し遂げ、擦り寄ってくるようになった令嬢を、片っ端から食いまくっている。体と精神を病み、家に帰った者もいたのだが、事を為したルシードに価値ありと見た日和見貴族たちが、こぞって娘を送り込んできたのだ。子種を受ければ上等、今後を見越した行動と見ればまあおかしな話ではない。


 ルシードの性生活はさらに充実していくこととなる。

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