第6話 『勇者派』と『共存派』
「だいたい先ほどから気になっておったが、勇者派とか共存派とかなんじゃ?」
「……派閥だよ、
グレンの説明によれば、『勇者派』とはルシードを旗頭とし、東のアイブリンガー帝国のさらに東の果て、いわゆる『大地の裂け目』より西側を統一。そこには浄化後のアレクサンドロスも含まれている。そして裂け目の東側へと乗り込もうという途方もない計画と言うより、もはや妄想を現実のものとしようとする一派だ。
「バカじゃなかろうかの」
「俺もそう思うんだがなぁ……」
もちろんルシードの実家『アリソン伯』、そしてその寄り親である『チャップマン候』が、派閥のトップを担っている。もちろんルシードの実親であるアレクシスが、表向きは実権を握っているが、寄り親の影響を受けないわけにはいかないので、黒幕はチャップマンの当主『ザカライア=チャップマン』となっているのは、暗黙の了解となっている。
「だいたい、なんでそんな話が急に上がって来たんじゃ? 別にこの間までそんな話なかったじゃろ」
「オルトロスを討伐できたのがきっかけだったみたいだな。女神の命なんて半信半疑だったのが、実際にアンタッチャブルな災害種の一体を仕留めてしまった。それだけの強さを持つんだ。どんな国でもどうにでもなると思ったんじゃないのか?」
更にややこしいことに、他の国でもある程度の権力を持つ者が呼応し始めているとグレンは言う。主に強硬派と言われる、国を大きくすることに執着を燃やす者たちのことだ。こういった連中が幅を利かせはじめると、途端に大陸はきな臭くなってくる。
「おかげで対北同盟がめちゃめちゃになっちまった」
「まぁ……もうアレクサンドロスもないからの。業が深いのう、人というものは……敵がおらんと気が済まんのかの」
「まったくだよ……お前も大変だな、デューク」
「すごい人ごとですね」
「もう王位譲ってもいい? 正直しんどい」
「ダメに決まってるでしょ! 嫁も決まってないのに!」
その上、王妃争いが起こったりしたら目も当てられない。ちなみに『対北同盟』とは、元アレクサンドロス大帝国の南部に位置する四つの国が、アレクサンドロスに対抗するために結ばれた同盟のことだ。これに友好的なのが『共存派』と言われている。そこで冷や飯を食わされていた強硬派が、アリソンやチャップマンにひそかに打診し始めているという。
「どうするつもりなんじゃ?」
「どうするったって……別に反逆してきてるわけじゃないしな。さすがにどこそこに攻め入りましょうなんて言ってきやがったら、「王の方針に逆らうのか?」って脅しかけてやってもいいけど、今のところ他の国の貴族と仲良くしてるだけだしなぁ……せいぜい見張るだけってのが関の山だろ。始末したら国の運営に支障をきたすし……あぁ、めんどくせぇなぁ……男爵とかだったら、適当な罪擦り付けて始末とかできるけど、あんまりやりたくねえ」
はぁぁ……とまたため息をつくグレン。
「勇者活動のすべてが終わったら動き出すって感じですかね?」
「そんな所だろう。女神の力を人に向けるなんて罰当たりだが、あいつら「もらったもんはどう使おうとソイツの勝手」だとか言いそうだしなぁ……」
はぁぁぁ……とまたため息。
いい加減うんざりした王妃の一言で、この場は解散することになった。結論は『様子見』ということで話はまとまる。
もろもろ懸念はあるが、概ね女神のせいである。しかし、女神とていい加減な神託を下したことは一度もないのだ。だから、ルシードを選んだのは必然だったと思いたいところだ。
あと野心をむき出しにし始めたアリソン伯とチャップマン候がただただ鬱陶しい。情報が筒抜けなのが、何とも間抜けで幸いな話ではある。
「久しいな、アカツキ」
「ゼファーさん、おはようさん」
「うむ。おはよう」
国や世界の行く末を憂う団欒より数日後。リーネットの街の南門にはアカツキを含め計四人の男の姿があった。その内の一人、肩にかかるくらいの黒髪を、頭のてっぺんで括って後ろへ垂らしている長身の男。腰に結構なお値段のしそうな、妙に威圧感を放つ細剣とポーチをぶら下げている。ぶっちゃけ手ぶら同然と言っていい。
―――『風神』ゼファー
アレジと並ぶSランク冒険者の一人だ。だが、その彼は爽やかな挨拶をアカツキと交わした後、胡乱気にその後ろにいる二人を見る、というより睨んでいる。
「……私はアカツキだけを領域に連れていってほしいとアレジに聞いたのだがな」
「いや……なんかさ。事が事だから、護衛代わりに連れていけって」
「私だけでは不安、というわけか? コケにされたものだ。そもそもそやつらは城の兵士であろう? はっきり言って足手まといなのだが?」
疑問形でアカツキについてきた二人に、厳しい視線を向けるゼファー。城の兵士と言われた二人は、顔を突き合わせコソコソ話し始めた。
(なんだよ、あの態度! ゲーアノート様に行けって言われたから来たのによ!)
(そう言うなレビン。世界に七人しかいないSランク冒険者だぞ。あの方々から見たら我らなぞ羽虫同然だろう)
(それはちょっと卑屈すぎねぇ!?)
ひそひそ話で声を荒げるという、難度の高いことを行っているのはレビンとエドアルド。ゲーアノートのお付きの騎士である。騎士の中でも第三にすら入れない落ちこぼれと言われる二人は、要人の警護という閑職に配属されていた。それには、実力以外の何かがあるのだが、それはこの場では関係ない。
険悪になってしまった場をとりなす為、アカツキはゼファーを宥めにかかる。
「ま、まあまあ。もし俺がどうにかなったらダメらしいし、最悪肉壁ってことで」
「お前もヒデェな!」
ごめんごめんと片手で謝るアカツキ。エドはどうやら成り行きを見守るようである。
「なるほど」
「なるほどってなんだよ! 納得すんのそこかよ!」
「あ、バカ」
「……」
ゼファーはプイっとそっぽを向いた。とても大人げない。だが、アカツキの肉壁宣言で余地ありと見たのか、今度は顔を歪めることはなかった。背を向け門を出ようとしている。アカツキはちらりとレビンたちを見ると、今度はしっかりと手を合わせ頭を下げた。当人でもないのにここまでされてレビンは怒りの矛先を見失ってしまった。その程度には良いやつである。
「くっ……」
「あの御仁は、普通の領域に留まってないんだろう。俺たちの常識で測ってはダメだ。特に何も言わないんだから、付いて行くぞ」
「……しゃあねえ。仕事だ、仕事」
「そうだ。割り切れ」
「……いつかのし上がってやるぞぉ! そして誰かに理不尽なことを言うんだ!」
「でかい声でみっともないことを言うんじゃない」
エドは知らないやつのふりをして、レビンからそそくさと離れる。「あ、待ってくれよ!」と大きな声で近づいてくるが、門を出るまでついぞ、その声に反応することはなかった。
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