第5話 報告

 とりあえず、部屋に据え付けられていた椅子へ腰かける。小さなテーブルとセットのものだ。座ろうとすると、すっと椅子が引かれる。


「……ありがとう」

「滅相もございません」


 目は合っているが焦点があっていないままで、つぶやくダリア。ダリアの現状を聞いてしまっているのだが、同情、も違うというか、そもそも「その気持ち、分かる」などと言えるわけもない。アカツキとて父親が失踪してはいるものの、心のどこかで生きているだろうという確信がある。歯を食いしばってやりたくないことをやらされた結果が家族の皆殺しなんて、誰にも同情なんてできないだろう。


 仕方なく椅子に座っていると、温かい白湯を出してくれた。礼を言って、一口すすると「そういえば」と口を開くダリア。


「どうしました?」

「先ほどアレジ様が参られました」

「アレジさんが?」


 冒険者Sランクで、『隻腕』の異名を持つアレジ。冒険者がどうして城の中をうろつきまわるのか全く理解できないアカツキだが、誰も何も言わないので別にいいんだろうなと適当なことを思っていた。


「それで、アレジさんは?」

「アカツキ様がおられないので、街へ飲みに行くと言われて帰られました。あと……伝言を言付かっております」

「伝言?」


 案外、使用人とのやり取りができているアカツキ。アレジの伝言とやらが気になって続きを促す。


「見つかったそうです」

「?」

「ゼファー様が」

「ゼファーさんが?」

「はい。数日したら亜人領域に行くから、準備しておくようにと」

「……早くない?」

「私としましては、ぜひとも急いでいただきたく存じます」


 ダリアの瞳に、わずかながら力が帯びる。ゼファーとは、アレジと同じくSランク冒険者であり、『風神』の異名をもつハーフエルフである。以前アレジは、居所が掴めないと言っていたが……


「……どこにいたか聞いた?」

「いえ、承っただけです」

「そう……」


 まあ、見つかったんだからいいかと、わずかばかり右手に力を込め、剄を流して体調を見るアカツキ。


(……巡りは悪くない。どこかで行き詰ってる感じもないし、体力がちょっと落ちてるだけで、動けないわけでもなさそうかな)


 どうせアレジのことだし、調子悪いって言っても連れて行くのだろうなと、ありがちなおじさん呼ばわりを嫌うおじさんの姿を想像し、苦笑いを浮かべるアカツキ。

 とりあえず明日の朝から行動を開始すると、ダリアに言っておかなくてはならない。


「じゃあ、明日の朝から準備に出かけるから」

「お供します」


 ノーレスポンスで返事が返ってきた。


「いや、一人で行くから」

「お供します」

「姫様のお世話は?」

「……許可を取ってお供します」

「……」


 そもそもがレムリアの御側付きだったのである。本末転倒なことを言っているが、その執着心はいったいなんなんだと、ちょっと問い詰めたいアカツキだった。


 ちなみに説得は諦めた。






 ―――遡ることアカツキが王族の一家団欒から辛うじて逃れた頃。


「……行ったか?」

「行ったな。で? 何があった?」


 ゲーアノートが、アカツキを探るように部屋の外を気にしていると、部屋にいた側付きが廊下の様子を確認し、グレンに合図を送る。


「これじゃ」

「ん……? 霊薬のレシピじゃないか。アカツキ君が見たがっていたやつだろう? お前さん、何をそんなに気にしてるんだ?」

「読めたのじゃよ……」

「……まさか、これをか?」

「うむ……」

「……このことを知っているのは?」

「今のところあやつを含めて、ここにいるものだけじゃ」


「あー、やっちまった」と頭上を仰ぐグレン。失態である。霊薬の製造法など世間のどこにも出回っていない。人払いをして聞くべきだったと、後悔する。


 だが、さすがというかフォローが早かった。


「ここにいるものに告ぐ。このことは他言無用だ。まして『勇者派』にでも情報を流しやがったらただじゃおかねえ。一族郎党、道連れだからな。これは王命だ。いいな?」

「「「「「はっ」」」」」

「よろしい。では、ここからは内密な話だ。皆、部屋を出るように」


 王らしく、威圧感たっぷりに言うグレン。それを合図にぞろぞろと世話役たちが部屋を出て行く。しかし、出て行ったのは世話役だけだ。残った者たちに、あきれ気味にグレンは問う。


「……なぜおまえたちは出て行かない」

「僕は王太子ですし」

「私も気になります」

「「うちらも」」

「……言っても聞かんのだろうな。まぁ、最悪秘密を聞きだされそうになったら、頭を吹き飛ばす術をかけてもらうからな。それでもいいならここに居ろ」


 そこまで脅しても誰も、動こうとしない。王妃、王太子、王女たち全てがである。


「……物好きどもめ」


 やれやれとキザったらしいポーズを取った後、茶を一杯すする。「ッはぁ~……」と爺臭い息をつくと、再びゲーアノートに向き合った。


「で? 何が書いてあったって?」

「エリクシルの製法だったようじゃな。後は、調合材料と飲み方」

「材料は分かるが、飲み方?」


 グレンの疑問は他の者たちも持っていたのだろう。「先を話せ」とばかりに視線はゲーアノートに集中する。


「材料もド級だったが、エリクシルの薬効を生かそうとすると、どうも特殊な盃に注いでから飲まなくてはならないようじゃ」


 材料は五大災害種の一部を使用したものだと、追加で情報を流すゲーアノート。それを聞いて、グレンの顔はあきれたような顔になっていた。


「……それってもう意味がなくなっちまうんじゃないのか?」

「……まぁ、そういうことじゃの」


 オルトロスの遺骸は、瘴気が噴き出すとの神託があったため、倒してすぐその場に置き去りにしてきたと報告にはあった。今頃はハルピュイアに挑んでいる頃だろうが、それにも同じ処置が取られるであろうことは予測される。そして、それ以降も。


 勇者たちの命と霊薬。天秤にかけにくい代物である。喫緊の件でレムリアの一件があるが、それはアカツキのおかげで目途が立っている。今のところ必要としていない霊薬のために、女神の命を受けている勇者たちに余計なことをさせて、死なれてはどのような影響があるか分からないので、惜しい話ではあるが諦めざるを得ない。


「……でもエリクシルって不老不死になるって言われているじゃない? 欲しがる方は山のように出そうですけど」

「絶対に勇者派には知られるわけにはいかんな」


 王妃の懸念ももっともで、不死はともかく不老には並々ならぬ執着を抱く輩も現れそうではある。


「別に勇者派だけではないでしょう。共存派だって、老いていく自分を嘆く者は居るに違いないですよ」


 デュークにはそういったものに今のところ執着する理由はなかったが、それでも時々どこから仕入れたのかわからない情報に踊らされ、「処女の生き血に浸ると老化が止まる」といったイカれた儀式を行うために、街一つを犠牲にした夫人の話もまことしやかに伝わっている。ただしそれは、猟奇殺人事件として資料に残っているのだ。


 使われている材料すら伝説級。しかし、確かに存在するものとあって、信憑性はこちらのほうが極めて高い。


 うーむ……と大人が悩ましい顔をしている中、双子の姫はそろそろあくびを始めていた。どうやらあまり興味を引く内容ではなかったようだ。後々知られたら頭を吹き飛ばす術をかけられるというのに、危機感のかけらもない。


「セシル、アリス。そろそろ寝なさい。もういい時間だ」

「そうします」

「おやすみなさい、父上、母上、兄上」

「おやすみ」

「いい夢を」

「「は~い」」


 そう言うと、フラフラと部屋を出て行った。「まだまだ子供だな」とほほえましい顔をしていたグレンは、再び気を引き締めた。肝心なことを聞いていなかったのだ。


「どうして、アカツキ君はこれを読めたのだ?」

「そうですね。それは気になってました」

「どうやら父上殿が、これと同じ文字を使っていたようじゃの。あやつはそれを覚えて使っていたと言っていた。誰も読めないから、レシピを記すのにちょうどよいとな」

「父、か……」

「失踪して行方不明と言っておったの。あまり隠すつもりもないようじゃし、気にしてもおらんようじゃ」


 一体何者だろうという感想は、共有できたとしても何ら不思議はないだろう。

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