第4話 償い
紅茶をごちそうになり、適当に世間話をしたあと、何か話があると残ったゲーアノートを置いて、アカツキは割り当てられている部屋へと帰ってきた。
「すっかり遅くなったけど……できればいないでほしい……」
ドアノブを持ったまま、祈るアカツキ。目覚めてからこっち、アカツキの身の回りで一つ大きな変化があった。別にアカツキが望んだわけではない。だが……
(姫様に頼まれちまったら、断るに断れんしな……)
姫様の後押しを受け、贖罪のゴリ押しを願った者が、アカツキの周りをうろつき始めたのだ。
脳裏にその姿を思い浮かべながら、手汗がにじみ始める。背中は曲がり、肩は落としたまま。憔悴しきった若い少女の姿が、アカツキに拒むことを留まらせた。
(……なむさんっ)
どこの言葉だかわからないが、一か八かの時にセキエイが良く言っていた言葉を吐きながら、アカツキはドアノブを回す。流石は城の備品である扉だ。ガチャリともいわずにすっと扉が内側に開くと、部屋の真ん中に侍女服を着た少女が一人。
「お帰りなさいませ、アカツキ様」
「……ただいま、ダリアさん」
「ダリア、とお呼びくださいませ」
「……ただいま、ダリア」
王女レムリア襲撃事件の主犯、ダリア=クレイ男爵令嬢……いや、事件の責任を取るためにただの、つまり平民となったダリアがそこに立っていた。
本来ならば、首を落とされても仕方がない先の案件。だが主に三つの点で、彼女は命をつなぎとめたのだ。
―――一つ目は家族を人質に取られ、そうせざるを得なかったということ。
もともとは、レムリアに執着を見せたオスニエルの奸計に協力せざるを得なかったことから始まった事だった。今ではオスニエルに対する取り調べによって明らかだが、このときは家族を襲うぞという「フリ」だけであった。だが、それに付け込んだウロボロス八席オピオンにより、実際に家族を監禁され、言いなりになるしかなかったというのがある。
本来であれば主家に逆らうことなど、反逆罪ととられても仕方がないのだが、先ほどのように今でも一家団欒の時間を取れているグレンにとっては、同情の余地が大いにあったのだ。
余談だが、デ・ヴァールトの一族は財産没収の上、当主ハーマンは首を落とされ、オスニエルは着の身着のまま国から追放、一族郎党もひと月分ほどの生活費を渡され、こちらも王都を追放されている。正直なところ、贅沢三昧だった彼らのほうが厳しいのかもしれない。ここまでされることにも理由はあったのだが。
―――二つ目は、すでに家族が殺されてしまっていたこと。
同情の余地があることから、家族を捜索するに至ったわけだが、見つかった時にはすでに殺され、随分と時間が経ってしまっていた。このことから、無事に帰すつもりは全くなかったと思われる。
レムリアとわだかまりがないとは言わないが、大きな慈悲によって救われた気持ちになっていたダリアの心は壊れかけた。それを何とかしようと心を砕いたのがレムリア姫だというのが、何とも皮肉なことになってしまっている。
三つ目とつながるのだが、すでに罰を受けたようになっているうえに、レムリアからの懇願もあったこともあって、身分剥奪だけで済んだのだ。そしてレムリアの世話役を三食付だがありえないほどの薄給で続行、蔑みの視線の中、城での奉仕を強要された。
そうして、ダリアは命だけは繋がったものの、もはや人生詰んだと言ってもいいような状態に置かれたのだが、本人は償うために熱心に仕事に励んでおり、寝る間も惜しんで、奉仕を続けていた。
のだが……
それが、なぜかアカツキのほうにまで及び始めたというのが、今の状況である。
「もう、お休みになられますか?」
眼の下にクマまで作って、見ていられない状態のダリア。まっすぐ立っているつもりなのかもしれないが、ゆらゆらと揺れている。
「……何度も言ってるんですけど、俺にまで恩を感じる必要ないですよ。実際に助けたのはアレジさんなんだし……」
「こちらも何度も申しておりますが、アレジ様が来るまで体を張って助けて頂いたのはアカツキ様なのです。追い払ったのはアレジ様ですが、助けて頂いたのはアカツキ様だと思っておりますし、何より姫様との間をつないでいただいたのもアカツキ様だと思っております。姫様からも許可を頂いておりますし、何の問題もございません」
「……」
取りつく島がないとはこのことだろう。何を言っても「恩」「恩」「恩」である。アカツキからしてみれば、目の前で死なれるのが嫌だったと言うだけなのだが、ダリアにとってはそういうことらしい。
庶民にとって、プライベートの時間に常に誰かがいるなんてことまずありえない。アカツキの場合は鍛錬であったり、調合であったりとやることはたくさんあるのだが、今抱えている仕事がない事や、養生中ということもあって、やることも特にない。だが、やることが何もないのに、誰かが常に侍るというこの状況は、逆にストレスになってしまっていた。
さりとて、妙な決意を目に宿すダリアを邪険に扱うこともできず、アカツキは人知れずため息をつくことになっているのだ。
何かと団欒に引きずり込まれるアカツキは、グレンたちにもその旨、話したのだが、
「今のうちになれておけばいい」
「襲っちゃってもいいわよ」
などと無責任極まりない発言が返ってくる。顔は「面白いこと見つけた」という、何ともイヤらしい表情が貼りついていた。デュークや双子姫にもいじられる始末で、結局アカツキが打てる手は、
―――自分が慣れる
事しかなかったのである。
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