第3話 一家団欒
材料は特殊であり、アカツキ個人の素質に足りないことはあるものの、調合法自体はシンプルなものだった。何だか作ろうと思えば作れそうな代物だったエリクシルだったが、まぁ必要になることはないだろうと、アカツキはぱらぱらと他のページをめくって斜め読みすると、ぱたりと冊子を閉じ、ゲーアノートに返却した。
「もうよいのか?」
「そうですね。まぁ、身に余るものですよ。俺みたいな木っ端にお鉢が回ってくるとは思えないですね」
極端な話、このレシピ本と材料、あと剄が使える人間ならば誰でも調合は可能だということははっきりした。今の自分では調合不可だということも。
「……」
「ゲーアノート様?」
「ん? おぉ、すまんすまん。ちょっと考え込んでおってな」
「はぁ……」
何やらごまかすようにゲーアノートが言うと、アカツキを促し禁書庫を後にした。
―――霊薬のレシピを持って
禁書庫というだけあって、そう簡単に行けないところに作るのは当たり前の話だ。なので、そこへ行くためには王族のプライベートスペースを通る必要があるように、ルートは作られている。さすがに首を落とされるくらいの覚悟がないと、そこを無断で通ることは出来ないだろう。禁書庫は、そこを通り抜けてしか通じていない、地下への階段を下りた先に存在している。
禁書庫から上がってくると、廊下沿いにいくつか部屋があり、そのうちの一つから和やかな雰囲気がにじみ出ていた。
「楽しそうですね」
「仲が良いのじゃよ。王子も一人じゃからな。後継者で揉めることもない。歴代には女王もいる故、万が一暗殺されたとしても、候補は……おっと、これは内密に頼むぞ。ワシはデューク様が暗殺されて欲しいなどと思っておらんからな」
「迂闊っすね」
「お前さんが妙に話しやすい雰囲気を出しとるのが悪いんじゃ」
「ワシ、悪くない」と子供のような言い訳をするゲーアノートをほほえましく思いながら、与えられた部屋へと帰ろうとするアカツキ。しかし、ゲーアノートに止められた。
「どこ行くんじゃ」
「どこって……貸してもらってる部屋っすけど」
「礼の一つくらい言っていかんか」
「……無礼打ちとかされません?」
「お主にはそのように陛下が見えるのか?」
「……見えません」
「ちゃんと顔ぐらいつないでやるわい。行くぞ」
「うっす……」
一家団欒というものに、アカツキは縁がない。母がいないのはもちろん、セキエイと膝を突き合わせて話をするようなことはほとんどなかったからだ。晩御飯を食べれば後は寝るだけ。アカツキの夜の過ごし方はだいたいそんな感じだった。
どういう顔をしてはいっていけばいいかと悩んでいるうちに、あっさりと入室を許可されてしまった。仕方なしに、「こんばんは」と挨拶をして頭を下げてから、入室する。
全体的に温かい感じの部屋で、真ん中に大きなテーブルとソファ。周りにいくらするのかわからない感じのインテリアの数々が、アカツキを余計に縮こませる。身の置き場に困ったアカツキはおろおろとあたりを見ていると、グレンが声を掛けてきた。
「アカツキ君。そんなところに居ないで、こちらに座りたまえ。アカツキ君に何か飲み物を」
「畏まりました」
給仕が礼を一つすると、アカツキの飲み物を作るために部屋を出て行く。それを見届けテーブルに座る人たちを見ると、手招きをされた。全員から。この場には国王グレン、王妃ソフィア、双子姫、デュークとレムリア以外の王族が全員集合だ。もちろんシャロンはここにいない。
ため息をつくわけにもいかないので、心でそうするとゲーアノートの隣に位置どるアカツキ。着席を見計らってグレンが話を振ってくる。
「レシピはどうだった? 全然読めなかったろ?」
本丸一直線である。明らかに読めないことを前提としているのは間違いない。
「……」
「……」
アカツキもゲーアノートも何だかそわそわしだした。
(ちょ、ちょっとゲーアノート様。何か言ってくださいよ)
(お主が聞かれたんじゃから、お主が話せばよかろうが)
短時間で随分と仲良くなったものだが、周りから見れば不審極まりない。当然グレンはそこへ踏み込んだ。王に慮るという文字はない。
「おい。お前達、何を隠している?」
「グレン。その話は後だ。あまり人に聞かせるわけにはいかんことになった」
「……そんなこと言っちまったら、何かあったって言ってるようなもんじゃねえか」
「お主の聞き方が悪い。あのように聞かれたらごまかしようがないわい」
しれっとグレンのせいにしたゲーアノートは、ちょうど運ばれてきた紅茶をすする。意外と様になっていた。アカツキも一口紅茶を頂くが、渋みのほうが強くおいしいと全く感じない。普段ほとんど水しか飲まないのに、嗜好品を飲んだところでこうなるに決まっている。
「あら。おいしくない?」
「すみません、飲みなれないもので」
微妙な顔になったのに気付いたソフィアは、ポンと手を叩いた。いいことを思いついたと言わんばかりだ。しぐさが歳に追いついておらず、かわいさすら感じる。
「それはしょうがないわよ。セバス、ジャムあるかしら」
「こちらに」
「ありがとう。……はい。ジャムひとさしで随分違うから。騙されたと思って飲んで御覧なさい」
「恐縮です。……あ、ホントだ、うまい」
「でしょう?」
(なんて可愛さだ……スマン、フィオナ)
一瞬ではあるが心を奪われたアカツキ。それほどに魅力的な笑顔だった。真正面から見ることもできず、ごまかすように横を見ながら紅茶をすするアカツキ。味なんてロクに感じるわけがなかった。
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