第二章 赤き古の龍
プロローグ
勇者ルシード。女神の力を授かったただ一人の男。大の女好きであり、ここ『デザートトライアングル』に来るまで、合法、非合法問わず様々な女性と関係を持った。
だが、彼は許されるのだ。
―――『勇者』であるから
幾ら横暴に振る舞おうと、世界を天秤にかけられれば、誰も彼を罰することなどできない。
もしも、それができうるのだとしたら。
世界よりも上位の存在か。
はたまた。
勇者の力を失ってしまった時か。
現在、彼らはオルトロス討伐の際に失った剣を調達するために、通称『亜人領域』へと足を踏み入れていた。
本来であれば、オルトロスの後にはナフゼーン洞の南西、ファン・ヴェルフ共和国の南端にある離れ島、『クラッケン海窟』の奥地に潜むと言われる『メドゥーサ』討伐が次の目標であったのだが、勇者がごねたのだ。
俺様にふさわしい武器がない、と。
ロクに稽古もせずに女神の力のスペック頼りに戦うルシードは、それでもなお強かった。インデックスファイルによる補正で力を扱うこと自体は問題はないのだが、それに武器のほうが耐えられない。ロクサーヌのように、力は力と技術を分けて考えられれば良いのだが、結果が出ている以上、わざわざしんどい思いをする気がルシードにはさらさらなかった。
技術の伴わない力は、ダイレクトに王国の宝剣を直撃。年代物であったからなのか何なのかはわからないが、とにかく役目を果たしたとばかりに根元からぽきりと折れた。幸いなことにオルトロスを下す最後の一撃だったからよかったものの、最中であれば大変なことになっていただろうと、仲間たちは思っていた。
一応、そういうこともあろうと何本か宝物庫から持ち出してはきたものの、ルシードはこれを拒否した。理由は「俺の命を預けるのに信用できない」ということらしい。
どうしようかと思っていた時にルシードがこれまた面倒なことを言いだした。
俺様専用の剣が必要だ、と。
ついて来ていたルシードの慰み隊以外は、もはやゴミを見るような目をしている事にも気付かない様。なんだったら慰み隊の女性たちも、そんな目を向けているような気がしないでもない。
しかし、こんなでも救世の徒。下手に機嫌を損ねるわけにもいかないのだ。そこでキャラバン隊の中から何人かが知っていた、亜人領域に住む著名な年嵩のエルダードワーフの鍛冶師に頼もうと言いだし、亜人領域へと踏み込んだのだ。
クラッケン海窟に行くためには、西に向かってから南下するルートが比較的穏やかな旅程を立てられるのだが、亜人領域を突っ切り聖地との間にそびえる『霊峰イムレア』に住むといわれる『ハルピュイア』を先にどうにかすることで、無駄を極力抑えることが出来そうだと判断し、進路を変更。亜人領域中央部へと足を向けた。
亜人領域では女神カリーナではなく、精霊王『ミトロ・ヴナ・マルヴァ』という、王と名がついてはいるが、亜人的には女神に匹敵するものを信仰していた。精霊王を通じて、勇者に協力せよとのお達しがあったので、著名鍛冶師『チュコヴ』を紹介したのだが、ここでいざこざが起こった。
扱いが下手なやつに打ちたくない。
一言で言えばそういうことだった。素振り一つでロクに剣も振っていないことを看破されたルシードは激怒したが、チュコヴの機嫌は治りそうもない。中央部の決定機関を担っている三人の長老たちも、ほとほと困り果てていると、チュコヴは一つ条件を出してきた。
それはデザートトライアングルに住みつく、古龍レッドドラゴンの素材を持って来れば、やってやらないこともない、と。聞けば一度だけ低位の竜素材で鍛冶をしたことがあったが、それよりもはるかに良いもので鍛冶をしてみたいのだと、チュコヴはそう言ってのける。
売り言葉に買い言葉とはよく言ったもので、ルシードはそれを承諾。意気揚々とそこへと向かって行ったのだが……
「なんで女神の力が使えねぇ!?」
インデックスファイルも攻撃に関してはうんともすんとも反応しない。移動や防御といったものは使える。シャロン、ロクサーヌもそうだった。たった一人フィオナだけはフルに使用できたのだが、それでも支援系メインであったため、攻撃には使えない。実際に攻撃が通らなければ、そもそも討伐すらできない。フィオナには古龍を何とかするだけの力はない。
借り受けたチュコヴの弟子のオリハルコン製の最高傑作も折れはしないがすでに刃こぼれがあちこちに出ている。ブレスや押しつぶし、尻尾の振り払いや爪による引き裂きなど、パワーとスピードが伴ったレッドドラゴンの攻撃を、凌ぎ続けられるかどうかも、今は何とかなっているがそれも時間の問題だ。
そもそもレッドドラゴンと戦うことなど、想定していない。だいたい戦う必要すらない。こうなっているのはルシードの只の見栄の問題であって、本来なら問題にもならない問題なのである。
そうなってくると、こらえ性のないルシードがどういう行動に出るというのも、軽々に予想がつく。
「撤退するぞ!」
「は? 何言ってんのよ! アンタは!」
散々やめようといった声を上げていたのに、それを無視して龍を強襲するなんて蛮行を行ったルシードが、いの一番で逃げる選択を取ろうとしたことに、さすがのシャロンもキレた。
「だいたい、アンタが自分だけの剣が欲しいって言ったんじゃないのよ!」
「知らねえ知らねえ! 何としても止めなかったお前らが悪いんだ!」
そういうと、背中を向けてまさかの逃走開始。何よりも一番手で戦闘領域より離脱していった。
シャロンもロクサーヌもフィオナも、なぜかレッドドラゴンも呆然としている。誰もが身動きできずにいる中、三人の頭の中に意味のある言葉が響いてくる。
『……もう良いのか?』
「えっ」
『だから、もう良いのかと聞いている』
フシュー……と口は隙間から息がこぼれており、まったく口が動いてはいない。しかし、頭の中に確かに分かる言葉で語りかけてきている。
「喋れたんだ……」
フィオナが呆然とつぶやくと、レッドドラゴンの視線はそちらを向く。背筋が泡立つが、語りかけられているその口調は、至って落ち着いたものである。フィオナは懸命にこらえた。
『それはそうだろう。伊達に長生きしとらん』
「じゃあ、どうしてあんなに怒ってたんですか?」
「ば、フィオ! アンタなんてことを!」
「あっ、ご、ごめんなさい、レッドドラゴンさん」
『……別にかまわん。ならお前たちに問うてみようか』
「な、なんでしょう……?」
いつの間にか会話の主導権がシャロンからフィオナに代わってしまっている。フィオナはすでに腰が抜けそうだ。
『お前たちは、自分の髪や爪、皮膚をよこせと他者に言われて不快にならんか?』
三人は一発で納得した。レッドドラゴンの態度が『やれやれ』という雰囲気であった気がしたのは、別に間違いではなかろう。
結局、チュコヴの弟子が作ったオリハルコン製の剣が、チュコヴのものを除くと一番良さそうということで、それを無料で提供してもらったルシード達。その代わり、今後一切お前達には手を貸さんと言われた。ただ、街の施設は使っていいが、費用は請求させてもらうと一線引いた協力を受けた一同は、霊峰イムレアに住むと言われた『ハルピュイア』の討伐に向かった。
これが、アカツキが昏睡から目覚める、わずか一週間前の話だ。
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