第1話 禁書庫
「ここが禁書庫……」
「そうじゃ。ここに霊薬のレシピが収められておる。じゃが、本当にそれで良いのか?」
「まぁ、あんまり欲しいものもないんですよね。工房付きの一軒家も姫様を助けたご褒美にもらえたし、そこで店をやってもいいってお墨付きももらえたし。あと何がって言われても正直思いつかないんですよ」
「欲がないのう……爵位だってやるってグレンも言っておったではないか」
「いやいや。そんなものもらったって持て余すだけですって」
どうしてアカツキがこんなところへと来ているかといえば、褒美の一つとして霊薬のレシピを見せてほしいと、グレンに頼んだからである。同じく現場に居合わせたアレジは王秘蔵の酒を頂きご機嫌、王は取られて不機嫌というわけだ。
他にも、ウィルミントン家に間借りしていると言うと、じゃあ家やると言われ、工房付きの上等な家をただでもらった。おまけに十年は税金を納めなくても良いと言われる。店をやっても構わないし、やらなくても良いと、もう至れり尽くせりのご褒美をもらったアカツキは、逆に不安になったが、姫の治療の完治や危険地域への遠征などをやってもらうのだから対価としてもらってほしいと言われ、ようやく気が落ち着いたのである。
何を気に入られたのか、他にはないかと言われ、またも困ったアカツキは、総合商会ギブスの会頭エヴァンスから聞いたことがある、『霊薬のレシピ』の閲覧をダメもとで希望することにしたのだ。
さらっと希望は通った。ただしゲーアノートと一緒に見るという条件付きだ。アカツキは別にそれでも構わなかった。どうしても知りたいわけでもなく、ただの興味本位なだけなのだから。
爵位もやると言われたのだが、さすがにそれは断った。フィオナを出迎えるのに必要な肩書かなとも思ったのだが、どう考えても自分に領地経営ができるとは思えないし、あのくたびれた自分のところの領主様を見れば、気苦労が絶えなさそうだからである。
あくまで職人として、己を高めていくつもりのアカツキに、爵位はどうしても必要なものではなかった。
「しかし、普通に動けるようになるまで随分かかったのう。お主の薬で何とかならんかったのか?」
アカツキが目覚めるまで、あの一件からおおよそ一か月。アカツキの薬は効能は高いが非常時に使う劇薬ばかりなので、飲まずに済むなら飲まないほうがいいのだ。なので背中の爆撃でのケガがアレジのポーションで治っている以上、後は剄のめぐりで治癒力を高めるに留めている。
そういう風にゲーアノートに言うと、「なるほど」と納得していた。薬が毒にもなりうるというのは、ゲーアノートとて知っている。一気に直して、後は安静。これがアカツキの治療スタイルだった。
ちなみに勇者たちと言えば、アカツキが眠っている間にオルトロス討伐を成功させ、亜人領域の奥地にある、霊峰イムレアに住むハルピュイア討伐にむかっていると、補給に戻ってきた騎士たちから報告があった。すでにその騎士たちは、物資を整え再びキャラバンへと戻ったと聞いて、アカツキは痛恨のミスを犯したことを知った。手紙の用意もしていなかったのだ。
自分も未だ本調子ではなく、今行けばフィオナに会えるのにと、間の悪さを実感していた。
ちなみにアカツキに知らされているのはその程度であり、実際には勝手にレッドドラゴン討伐を企んだり、亜人たちの上層部と揉めたりといったことも報告があったが、それらについては知らされていなかった。まぁ当然の話である。
禁書庫の前で、そんなことを話している二人。そこへ、ためらいがちに声が掛けられた。見張りの騎士である。槍一本、がっちり鎧で固めた騎士はとても申し訳なさそうな態度を取っている。
「あのぅ……ゲーアノート様。何用で?」
「む。すっかり話し込んでしまったわい。ちょっと中に用があるんじゃ。入れてもらえるかの」
「え? そちらの方は?」
「うむ。問題ない。ほれ、陛下からの書状じゃ」
「拝見いたします……」
籠手まで着けているので、扱いにくそうだが、何とか紙を読める状態までもっていき、端から端までキッチリ読み込み印綬を確認すると、丁寧に書状を畳みゲーアノートへと返した。
「確認しました。それでは扉を開きますので、少しお下がりください」
威圧感すら感じる細かい装飾が彫りこまれた巨大な扉の横にある装置に何かをかざすと、左右の扉同士が合わさった部分から光りと何かの空気が漏れ始める。
ズゴゴゴ……とかなり大きな音が響きながら自動的に手前に向かって扉が開きだし、ある程度のところで止まった。中は暗闇で、訪問者を歓迎しているようにはとても見えない。
扉よりもさらに威圧感を増した禁書庫の入り口。何やら飲みこまれそうな妙な雰囲気にアカツキが呑まれていると、さして気にした風もなく軽快に扉へと歩を進めるゲーアノート。
「? どうしたアカツキ。行くぞ」
「あ、あぁ……はい、ただいま」
「ごゆっくり」
騎士のおかしな挨拶を背に受け、アカツキは禁書庫へと入っていった。内心ビクビクしながら。
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