勇者その9 オルトロス戦リザルト《後編》
「うーい……っく。飲んでるか? バきゃやりょうこのやろ」
「あなたねぇ……」
みっともなく千鳥足で、シャロンたちの側までやってきたルシード。両脇にはルシードに壊されなかった、お気に入りの慰み隊の美女。ただ、好意など欠片も持っていないようで、酒臭さと嫌悪感で他人にはとても見せられない顔になっている。もちろんルシードに声をかけられれば、誰もが引き付けられる作り笑いを浮かべる。さすがは高位貴族の娘たちである。内心を悟らせない。ただシャロンたちには丸わかりであったため、脇が甘いとシャロンは二人を評価している。
めんどくさかったが、相手をしないとさらに面倒になるので、シャロンが代表して、ルシードに尋ねることに。
「で? 何の用かしら?」
「おえのきぇんがよ」
「はぁ?」
「俺の剣」とたぶん言いたかったのだろうが、べろんべろんすぎて舌が回っていない。フィオナなら解毒できるが、はっきり言って関わりたくない。分かってやるのも癪なので、シャロンはわからないふりをした。
「別に今も明日も変わらんのではないですか? 今日は久しぶりに戦ったのだし、ごゆっくりなされては?」
誰も相手にしたくなさそうだったので、割とまじめなロクサーヌが口を開いた。ロクサーヌもすでに、子種うんぬんはどうでも良くなっているので、ただただ鬱陶しく感じているだけである。フィオナは胸を見てくる視線がやはり不快なので、同上。
実際、傍若無人に振る舞うルシードに、味方などこの場にはほとんどいない。ただ、『女神に選ばれた勇者』という肩書に人々は怯えているだけである。そんなことを知りもしないし分かろうともしないルシードは、「んー……」と意味もなく顔を近づけてくる。
(くっさ!?)
碌に歯も磨いていないのか、口臭がひどい。そこに酒が加わってさらにキツイ。おまけにちょっと体臭もヤバい。こんな男に抱かれ続けたらそりゃあ気も病むと、様子がおかしくなった令嬢たちの冥福を祈るロクサーヌ。ちなみに心が死にかけている者はいるが、誰も命までは取られていない。
「……」
「……」
「「「「「「……」」」」」」
全員が無言に陥る。
「そりぇもしょうでゃな!」
げらげらと笑って、令嬢を引き連れ従者たちから離れていくルシード。さすがにこれから一発というわけにはさすがにいかないだろうが、あんなでも身をささげ続けなければならない貴族社会というものに、フィオナはとても付いて行けそうにないなと、女性たちの苦労に思いをはせる。
その場に残された三人は、げんなりとため息をついた。
「あの方たち凄いですねぇ」とフィオナ。
「まったくだわ。そこまでして勇者との縁ってほしいのかしら?」とこちらはシャロン。
「……まぁ、分からないでもないですけど。もう、そんな気はちっとも出て来ません」
家のためにその身を投げ出そうとしていたロクサーヌ。女神の力を得て本当に良かったと思う瞬間だった。
「レナエルさん、ご無事でしょうか?」
「わざわざこんなとこまで、新しい神託が降りたって言いに来てたわね。大丈夫じゃないかしら。伊達に側付きなんかやってないでしょ。こっちはまぁ、危うくえらいことになりそうだったけど」
「……まさか災害種を討伐すると、死体から瘴気が噴き出すとは知りませんでしたからな」
「誰も成し遂げたことがないことだしね。むしろレナエルが間に合わなかったらと思うとゾッとするわ」
ちらりと洞穴のほうを見れば、三歩先も見えないほどの瘴気にまみれていた。あのようなところに居れば、ただでは済まない。どういうわけか洞穴の外には出てこないようすで、何かあればすぐ対応できるようにここで宴を繰り広げていたのだ。結局、それも徒労に終わったが、おかしな現象である。
―――災害種を討伐しだい、すぐにそこを離れること
突撃しようとしたまさにその時、馬で駆け込んできたのが聖女の側付き『レナエル=マイヤール』。災害種の素材など、珍しい物も手に入れられるチャンスだったのだが、そういうことであれば仕方がないと、討伐してすぐにパーティは洞穴を飛び出してきた。幸い、住処までは一直線であったため、出るときにも問題はなかったが、残りの場所でもそう言った幸運に恵まれるかどうかは、行ってみなければわからないと、先のことを考えれば不安になる一同だった。
わざわざその一言を言うために、馬を走らせてきたようだ。それを告げると、討伐を見届けることなく、聖地へととんぼ返りしていった。忙しい娘さんである。
「何かお急ぎでしたね」
「まあ、側付きが側を離れるなんて普通はないから。例外はルシードの時くらいじゃない?」
「そう言えば、あの時はおひとりで動かれてましたね」
聖女の側付きのことを、肩書きだけでなんとなく仕事内容を想像する三人。しかし、彼女たちは知らない。現在、聖地が聖女や教皇の危惧している通りの騒動が起ころうとしていることを。
夜も更けてきたことだしと、宴を切り上げると、さすがのルシードも気疲れと酔いもあってさっさと寝てしまう。従者の三人もすぐに床に着き、キャラバン隊も後片付けを済ませると、見張りを残しさっさと眠ってしまった。
皆が寝静まった頃、ナフゼーン洞内。オルトロスが倒れている場所に、黒いローブを着た人が死骸を見下ろしている。
「……どう? 死んだふりをしている気分は?」
声からすると女性のようだ。他人が見れば、何をやっているのかとその者の正気を疑うような光景だが、返事をするように唸り声が聞こえてくる。うつ伏せの状態で倒れ込んでいたオルトロスは、どうやら生きているようだ。
ルシードの一閃で片方の頭の首を斬り裂かれ、ちょうどいいからと傷口から瘴気を放出。神託のことを事前に聞かされていた彼らは、即離脱したというわけである。それを知っている者から見ると、テンションあがりすぎでべろべろになったルシードは、もはやただのピエロである。
『……どうだろうな。獣の身としては、死んでいるかどうかを確認することなど、当たり前なのだが。どうしてどうして、あやつらは愚か者のようだ』
頭に直接響くような声が女性には認識できている。どうやらオルトロスは対話できるほどの知能があるようだ。完全に小バカにしたような気配を女性は感じていた。
「まぁ、女神の力を与えられただけの存在だしね。うまく神託も伝わったようだから」
『なるほど。うまく騙せたわけだな』
「『……』」
ちょっとした小話をした後、沈黙が二人(?)を包む。それを破ったのはオルトロス。
『さて、使者よ。我の肝を持っていくがよい』
「……未練はないの?」
『何。かの怪物を封じるために我の瘴気が必要だっただけの話だ。残りの四人も封陣のなかで、瘴気を出すだけの簡単なお仕事に、飽き飽きしていただろう。そろそろ輪廻の輪に戻りたいと思っていたところよ。もっとも次の転生先は人種にしてくれると、カリーナ様はお約束してくださったのだ。楽しみで仕方がない』
「そう……」
聞く人が聞けば、ルシードよりよほど賢い印象を受けるだろう。それほどに落ち着き、知恵あるものの話し方をしている。会話の中身には、かなり問題がありそうな事柄がたくさんあったが、この二人には全く違和感はないらしい。
コロリと可愛く寝返りを打ち腹を見せると、オルトロスは一つ、女性に嘆願をした。
『生きたまま腹を裂かれるのは、覚悟が決まっていたとしても少々つらい。できれば、残りの首を落としてからにしてくれんか?』
「……承ったわ……名前、あるのかしら?」
『女神さまより『シェダル』の名を頂いている。空に輝く五つ星を構成する一つらしい。くくっ、化け物と忌み嫌われ続けた我らには過ぎた名だが、我は気に入っているよ』
そういうとオルトロスことシェダルは、目を閉じ沙汰を待つ。その時が来たと女性は己の名を告げる。
「礼には礼を。私の名は『―――』よ。魂に刻んでいってくれるとうれしいわ……さよなら。世界の礎となった五つ星の一角よ」
そういうと何処から取り出したのか、大ナタを振るい首を落とし腹を裂き、血まみれの肝を手に入れる。そうしてしばらくたつと、灰が空気に溶けるように、シェダルの大きな体はサラサラと端から崩れていった。
「……いい男だったわね。人に転生したら、追っかけまわしてやろうかしら」
「まあ、私が生きている頃に生まれ変わるかどうかわからないんだけど」と踵を返す。
「後は……ハルピュイアの喉仏に、メドゥーサの眼球、ミノタウロスの角に、ヒュドラの血。この辺は勇者たちが何とかするだろうし。ついでに世界樹の天露、だったかしらね。ヒュギエイアの杯はもう遺跡から見つけてあるし……あとはアカツキに頑張ってもらうだけね」
そう呟き、多少どころかかなり面倒を見ている、恩人の少年のことを思い出すとふふっと笑う。
「久しぶりに会いに行ってみようかしら。得物も心もとなくなってきたことだし」
そう言うと腰にぶら下げている『鞭』をポンと一つたたき、洞穴を後にした。
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