勇者その8 オルトロス戦リザルト《前篇》

 ナフゼーン洞に関する情報は、驚くほど少ない。というのも、五大災害種がアンタッチャブルな存在となってからは、そこにいることは分かっていても、誰も討伐しようとは思わなかったからである。


 余計なことをして、世の中に災害を解き放つわけにもいかず、表・裏のあらゆる組織が、そこに何かをすることを避けたのだ。


 そこに確かにいるのに、詳しいことは何もわからないというのが災害種というものであった。


 そんな場所に、神託を受けた四人の選ばれしものがいよいよ挑む―――






「……見た目は普通だな」


「いよいよ俺様の出番だな!」とほざき、ついに表に出てきたルシード。とにかく飯を食う時以外はとにかくまぐわっており、ルシードと関係を持ちたいと思っていない者からは『淫獣』扱いである。


 家の都合で慰み隊に入れられた娘など、呆然自失で前後不覚、ほとんど廃人になりかかっている者や、合意の上だというのに男性恐怖症を発症した娘もいる。勇者と縁を結びたいという親の思惑で、覚悟はしていたのだろうが、行為の内容が想像以上で、目的を達成できずに家に帰された娘も数名現れていた。もっとも、多少の金子をもらって実家に帰ったところで、すでにキズモノ。あまりいい人生を送れるとは言えないだろうと、キャラバンの男女を問わず、同情することしかできなかった。


 そんないろいろとすっきりしているルシードに向ける、女性陣の目線は冷たい。


「……んだよ」

「別に。さあ、行きましょうか。あなたたちは外で待機していてください」

「えっ? とんでもないですぞ、姫様! 我々も―――」

「ダメです。誰も入ったことがない場所ですよ? 無駄死には許しません」


 幾ら十一歳とはいえ、幾ら王家に来たのがほど前とはいえ、姫は姫。発する言葉には、確かな圧力があった。勇者たちの先鋒を切ろうとしていた騎士たちは、不意を打たれる。だが、ここへ来るまでの露払いならともかく、侵入禁止を言われ続けていた場所に、先陣を切るにはいささか力が足りない。少なくとも何もわからない状態で突っ込んでいったところで、確かに無駄死には避けられないだろう。


「……ご武運を」

「私、今お腹一杯ご飯が食べたい気分です。ちゃんと用意しておいてくださいね」


 そう言うと、真っ先に洞窟内に向かいだす。続くは、ロクサーヌ、そしてとうとう来たかと若干気後れしながらフィオナが続く。きょとんとしていたルシードは、わずかな間呆けていたが、すぐに正気を取り戻し、彼女たちの後を追った。なんというかカッコ悪い。


 騎士たちは、後姿を祈るように、そして敬意を持って姿が見えなくなるまで、不動を貫いた。






 ―――ドンチャカドンチャカ♪


 シャロンの要求通り、おいしいご飯が用意された、ナフゼーン洞すぐそばの広場。一体めの退治成功を祝う宴が繰り広げられている。


「……なんなのかしら。なんというか不毛だったわね」

「まぁ……誰もケガをしなかったのですし良かったのではないでしょうか」

「せいぜい勇者様の剣が折れたくらいですものね」


 彼らには確かに力が備わった。しかし、その力を使いこなすことが出来るかどうかは別の話である。ロクサーヌは稽古を欠かさず、刃筋を立てて斬ることが出来るように、力に溺れないように常々気を使っていた。なので、城の宝物庫から借り受けた、そこそこの魔剣でも折らずに済んだのである。


 ところがルシードがここへ来るまでの実戦といえば、王都に帰ってきた一度きり。しかも命の危険など微塵もない模擬戦である。ただ思いのまま木剣を振れば、相手の兵士は「うわー」「そんなばかなー」と、大根芝居でルシードを持ち上げた。勿論兵士側は真剣に立ち向かっていたが、やられた時のリアクションは大げさであったと言わざるを得ない。女子たちは、


 ―――へたくそやな


 と、バレバレであったが、節穴な目を持つルシードには、効果抜群だったようで、悪い方に影響が出てしまったのだ。盛大に気持ちよくなった結果として「俺はやれる!」という間違ってもいないが、正しくもないという認識が備わってしまった。


 結果としてオルトロスに斬りかかった際、表面の毛に変な角度で刃が入り、ぽっきりとど真ん中から折れてしまったのだ。


ちなみに与えられた剣は、王国最高峰といわれる剣『エクスカリバー』と言われている。だが、簡単に折れてしまったところを見ると、実はニセモノでした、と言われても違和感はないが、そこのところの真偽を知る機会は、永久に失われてしまった。






「にしても……中はあんまり……なんて言うんでしょう……一本道? でいいんでしょうか……?」

「それでいいんじゃないかしら。迷宮化していることも覚悟していたのだけれど……」

「まっすぐ行ったところにオルトロスがいただけですからな」


 騎士たちと感動の別れをした後、ひたすら前に進むと普通にオルトロスは寝ていた。サイズ的に見上げるようなものだったが、こちらに気付くとすっくと立ち上がり、


『ほぅ……貴殿らがカリーナ様が言っていた勇者たちか』


 と話しかけてきたのである。


 こちらが返事をする間もなく、双頭から同時に炎のブレスを放ってきたので、すぐに戦端は開かれたのだが、よくよく思い出してみればおかしなことがあるような気がした。


 違和感を持っていたとフィオナが言うと、シャロンは即座に答える。


「フィオ。そんなの決まってるじゃないの」

「え?」

「オルトロスが人語を解したことですね」

「違うわよ。『カリーナ様が言っていた』ってところよ」


 ロクサーヌが『私は知っていましたよ』とばかりに、会話に入ってきたがポイントがずれていた。それをシャロンが修正する。ロクサーヌはかなり恥ずかしそうだ。一方フィオナは違和感が解消され、すっきりした顔をしていた。


「言われてみれば……」

「これじゃあまるで


 うっかり口にしたシャロンだが、何だかそれがえらくカッチリはまった気がしていた。

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