勇者その7 どスケベクソ勇者
「あんのどスケベクソ勇者がっ!」
「姫様! 口が悪いですよ!」
「やかましいっ!」
「とにかく急ぎましょうよ」
ルシードに悪態をつきながら、高速で走るシャロン。窘めるロクサーヌに、追随するフィオナ。彼女たちは走っていた。女神の力は人を救う時には力を発揮するため、こういった時には使えるのだ。火の手が上がってしばらくたつが、だからといって知らんふりなどできるわけもない。
彼女たちはルシード抜きで、村へと向かっている最中なのである。
「あ? 俺は今、忙しい。そんな、んほっとけ、って言って、んだろうが」
窓から顔を出すだけで、淫臭がむわりと外へと漏れて、顔をしかめる三人。今現在も頭が揺れており、なおかつ言葉がとぎれとぎれであることから、今もなお話しながら何かをしているものと思われる。
そんな片手間に相手をしようとするルシードに、シャロンは噛みついた。
「何言ってるのよ! アンタ勇者でしょうが!」
「誰が好き好、んでこ、んな面倒なこと、すんだよ。そんなにた、すけたきゃあ、ふぅ……お前らだけで行って来いよ」
最後のほうは動きを止めたようで、普通に聞こえてきたが、言っていることは最低である。
返事もせずに、シャロンは踵を返す。こんなところにこれ以上いたくなかったのだ。何より一分一秒を争う。
このようなやり取りを経て、彼女たちは村へと向かうことになった。もちろんそれを放置しておくキャラバン隊ではない。ルシードはここから動かないため、残る者と向かう者をすぐに選抜し、村へと向かう者は速度では劣るものの、馬に乗って王女たちを追う。
「……おい。早く馬車を出せ」
「は? しかし、姫殿下達が……」
「かまわねえよ。寄り道してて、もし犠牲者が出たらどうすんだよ。責任取れんのか? あ?」
「……」
キャラバン隊の隊長は悩む。確かにルシードの言も一理あるのだ。ここで半日遅れたせいで、救われるはずだった命が失われるかもしれないということに。
隊長は優秀だったようで、ルシードの案に乗ることにしたようだ。理由としてはシャロンたちが負ける要素が見当たらないということ。魔物の襲撃だろうが、賊の襲撃だろうが、練兵場で見た従者たちの戦いを鑑みるに、そこいらの十把一絡げに負けるはずがないだろうことは、隊長にすらわかる。もちろん救える命は全て救いたい。だからこの場はシャロンたちに任せることにした。
「キャラバンはこのまま進める! 微速前進だ!」
せめて追いつくのが楽になるように、わずかだがゆっくりと進むことしかできることはなかった。
「……さて。俺はこのまま続きといくか……おい、お前ら。いつまでも寝てんじゃねえぞ」
そう言って窓を閉めるルシード。そして再び不自然な揺れと共に、御者の欲求が足りなくなってくる……
「何よ……これ」
「ゴブリン達ですね。かなり美意識にクルものがありますが」
「あれが……」
「うん? フィオは見たことがないか? 比較的何処にでもいるのだが、まとまった数で襲撃してくるのでな。一匹一匹は問題ないが、数でかかって来られると厄介なんだ、これが」
村は焼け爛れ、あちこちで薄汚い布を纏って恥部を隠し、子供が作ったような出来の悪い棍棒を持った七、八歳くらいの子供程度の大きさの、黒目がない鼻の尖った黄色い人型が、うろついている。
ロクサーヌがフィオナに丁寧に説明している所、三人が来ていることに気付いたゴブリン達がイヤらしいニヤケ顔で三人にバタバタと向かってくる。走り方に知性は感じられない。ただ、思うように手足を動かしているような感じだ。
「見える範囲には人はいないわね……フィオ、ブーストかけて頂戴。ロクと私は殲滅するのに突っ込むわよ」
「えっ? 姫様もですか?」
「特に考えることないじゃない。見る限り上位個体に指揮されてそうな感じはないし、ただすり潰すだけで片が付くわよ」
「火系はダメですよ」
「わ、わかってるわよ! そのくらい!」
実は火の手が上がっているにもかかわらず、ノープランであちこちに火球をぶつけようと思っていたシャロン。うっぷん晴らしにちょうどいいとか思っていたのは内緒である。
「じゃあ、土針か氷槍なら問題ないかしら?」
「それでいいと思います。余裕があれば、火がついている家に水でもかけてもらえば」
「了解。じゃあフィオ。強化よろしく」
「はい!」
フィオナは補助や治癒に特化した力を授かっている。杖でぶん殴るくらいはできるが、それをしなければならない時点でアウトなのだ。
「ブースト!」
杖の先に力を流し込むようにして、キーワードを唱えると杖の先から何やら飛び出し、シャロンとロクサーヌを光で包む。光が途切れれば、もう一度かけ時というのは、
「いつものことだけど、この力が体の中を巡るのって気持ち悪いわ」
「仕方ないですよ。違和感アリアリですけどね」
「ハァ…… さあ! 行くわよ! ロク!」
「はい!」
補助を受けた二人は、村の中へと突っ込んでいった―――
「……ただいま」
「お、お帰りなさいませ、姫様! お疲れ様でした!」
「……本当に疲れたわよ」
入り口からは見えなかったが、結構な数の死体が、村のあちこちに散らばっていた。それも男ばかり。かろうじて生き残ったわずかな男たちに詳しい話を聞くと、女は大人子供を問わずにすべて連れて行かれたのこと。何か索敵できる魔術はないのかと索引を探ると、魔力を辿る魔術があったのでそれを執行。
二度の強襲によって、ゴブリン達は始末された。幸いなことに、誰も苗床や食料になっている者はおらず、村を焼かれただけで全員無事だった……のだが。
「なんでもっと早く来てくれないんですか!」
「あぁ……畑が……」
などと、命が助かると皆、身勝手なことを言い出す始末。
(命あっての物種って言葉……知らないんでしょうね)
結局ロクサーヌが、「お前達、この方がどなたか知らないからそんなことが言えるのだ」とシャロンの正体を暴露。全員が土下座で許しを請う事態に発展。
ため息とともに、シャロンは一筆書いて、
「どなたか王都の城まで行って、これを渡してちょうだい」
と、魔力を込めたサインと、村の補助よろしくといった一言を添えたメモを残して、先行するキャラバンと合流したのだ。
このようなちまちました出来事を、従者たちはストレスを溜めながら続け、やがて辿りついたのが『ナフゼーン洞』。
双頭の魔犬『オルトロス』が、居座っている巨大な洞穴である。
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