第59話 どうにかしてやりたくなるのは、おかしな話なのか?
「いったい何があったの? 話してはもらえない?」
「……家族が……人質に……」
「なんですって……?」
レムリアが優しく問いかける。すでに観念しているのか、ダリアはポツリポツリと白状し始めた。
ちなみにダリアの今の状態は、軽く後ろ手に縛られ、正座で喋らされている。もう抵抗はしないだろうというアレジの判断から、ぎちぎちに縛るというのは回避された。
―――一年ほど前、たまには家に顔を出そうと暇をもらい、王都内にある実家に帰ったところ、家族どころか使用人すらいなかったこと。
―――途方に暮れていたダリアが、置手紙を発見したこと。
―――手紙に書かれていた指定の場所に行くと、ローブを被った人物が毒物を渡してきたこと。
―――そして、それをレムリアに飲ませないと、家族や使用人郎党の命はないと脅されたこと。
「……私は悩みました。ですが、今の姫様の状態を見れば分かると思いますが、それを実行したのです。家族と姫様を天秤にかけ、家族を選んだのです」
告白は以上だったのだろう。やがてポロリポロリと涙を流し始めるダリア。悔恨、後悔など言い方はいろいろあろうが、自分のしたことを悔やんでいることは間違いない。
それを見たレムリアは、無防備に近づく。アレジもアカツキもそれを黙って見ている。もうダリアにはどうすることもできないからだ。
近づいたレムリアは、両肩にポンと手を置くと、泣き続けるダリアと見つめあう。
「姫、さま……?」
「許します」
「え゛、っ……?」
一瞬何を言われたのかわからないダリア。涙、鼻水、よだれと女性としては見られたくないであろう三段コンビネーションを炸裂させながら、レムリアを見る。
アカツキは「うわ、きったねぇ」と、まあまあひどいことを思っていたが、今の雰囲気にそのようなことを言い挟めるわけがない。よって賢いアカツキは、その想いを外に出すことを封じることにかろうじて成功した。
アレジは年の功で、「困った時は黙る」を実行。雰囲気を破壊することは避けられた。
周りの男どもがそんなことを思っているとは露ほども思わず、レムリアはダリアを説き伏せる。
「私とて、家族と国民、どちらかを取れと言われたら、迷わず家族を取ります」
「……?」
「「……?」」
レムリアの発言に誰も理解が及ばず、かなりの時間空気が凍った。一番早く動き出したのは、さすが年の功、アレジである。
「いやいや! いやいやいや! ちょっと待とう、姫さん!」
「? なんですか? アレジ様」
一体何をそんなに騒いでいるのかとばかりに、きょとんとしているレムリア。仮面があるので全然かわいくない。事の重大さに気づいていないようである。
「一応聞くけど、姫さんは王族なんだよな?」
「何をバカなことを。そんなの当たり前じゃないですか」
馬鹿なことを聞いていると思うが、『オッケー、俺の勘違いじゃない』とアレジは己に言い聞かせる。
「王族だったら、普通民のために死ぬとかそういうこと言わない?」
「なんでですか。こんな私をずっと養い続けてくれたのですよ? どちらを取るかと言われたら、当然家族のほうです」
言い切った。レムリア殿下は言い切られた。
「マジかよ……」
「まあ、分からないでもないよ、アレジさん」
「マジかよ!?」
アレジに味方はいなかった。
「……俺がおかしいのか?」
シリアスは吹き飛びかけるが、次のレムリアの発言で、流れがマトモだったと気づくアレジ。
「……王族だって人間なんです。私も父や母、兄や妹に囲まれて育てられてるんです。そこには愛があったんです。それを唐突に何が何だかわからない理由で、壊されようとしているんです。あって当たり前のものが。私はそれを肌で感じました。この一年で」
「びめ゛、ざま゛……」
自分の主君が大切にしているものを、己の都合で壊そうとしていたことに、今更気づくダリア。だが、レムリアはダリアを見て首を横に振る。
「でもね、ダリア。それは、今この状況だから、そういう風に思うことが出来たの。アカツキ様のおかげで、治る可能性も出てきたことだし。もしこのまま朽ちていったなら、私はきっと女神を恨みながら死んでいったでしょうね」
「う゛う゛……」
もう言葉にすることが出来ないダリア。ただただ泣いている。レムリアはそんなダリアの背中をさすっている。まるで「大丈夫」と言い聞かせているように。
しばらくその状態が続く中、アカツキがアレジに話しかけた。
「なぁ、アレジさん」
「なんだ?」
ちょっと自分がおかしいのか不安だったアレジだったが、さすがに弟分相手におろおろするのはカッコ悪いと、取り繕う。
「さっき言ってたろ? 『冒険者とは対価を必ず受け取るものだ』って」
「そうだな。その通りだ」
「でもさ」
「うん?」
―――今こんな風に泣いてる人がいるのが、我慢できないんだけど。
アカツキはそう言い放った。
「俺と違って、家族がちゃんといるのにさ、そんな所に面倒事持ち込んで、言うこと聞かせる? そんなふざけたことするやつ、ぶん殴ってやりたいんだ」
「アカツキ……」
アカツキは母のぬくもりを知らない。そのせいかはわからないが、リディアの母『モニカ』や王妃『ソフィア』に対し、なぜか来るものを感じていた。思えばあれが母を求めていたのではないかと、アカツキは己を分析する。ついでに親父も理由も言わずに失踪している。
「対価とか利益とか、本当は冒険者として求めなくちゃいけないのかもしれないけど」
「……」
自分の言っていることがわがままだとは分かっている。だけども、と右拳をグッと握ると、右手に開いた門を中心に、剄が溢れだす。
「どうにかしてやりたくなっちゃうのは、おかしな話なのかな?」
「……へっ」
剄を纏うアカツキ。以前よりもはっきりと見えるほど濃くなっている。アレジはそれを見てニヤリと下品に笑う。急に光り出したアカツキを見て、美しき主従関係を描き出していた、レムリアとダリアは唖然としている。
「いんや。おかしくねえよ。女のために体張るってのは、男になるための第一歩だ。他のやつはどうか知らねえが、お前がそうしたいなら一つのってやるよ」
「……いいの?」
下級貴族とはいえ、貴族の失踪事件である。そんなところに首を突っ込もうとするアカツキをマトモな大人なら止めるだろう。だが、アレジはそういった『普通』をすっ飛ばすほどの人物であり、一言でいうなら、『マトモじゃない』男である。
「かまわねえよ……姫さん」
「なんでしょう?」
「今起きた一件、侍女が姫様に『相談』しに来たってことでいいな?」
「! ……はい!」
「姫様!?」
「あなたは、どうすることもできなくなって、ここへ相談に来たのです。いいですね?」
有無を言わさぬ表情。ここで口裏を合わせようというのだ。しかし、ダリアには一つ懸念が。
「ですが……私は牢に囚われていたのですが……」
「なに。獄卒が鍵をかけ忘れてたんだよ。そうだよな? 姫さん」
「ええ。ですからあなたがここに来たのはしょうがないのですよ。悪いのは獄卒さんです」
「……マジかよ」
自分で彼女の味方がしたいと言っておいてなんだが、この茶番は見るに堪えないものがあると感じたアカツキだった。
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