番外その8 影機関のお仕事

 リーネット国王グレンには、代々受け継いできた『影機関』が直轄として付き従っている。できるだけプライベートを覗き見しないという、優しいというより甘い方針の元、それらは運用されているため、常に動いている……というわけではない。

 しかし、火種などそこかしこに転がっているため、それなりに仕事はあるという現状の中、とあるオーダーが持ち込まれた。


「子爵子息『オスニエル=デ・ヴァールト』、並びに侍女『ダリア=クレイ』男爵令嬢を監視せよ、か……」

「どうもレムリア殿下に一服盛ったらしいぞ」

「なんと……だがあのデ・ヴァールトの息子殿だからな。何をやってもおかしくはない」

「ちがいない」


 ぼそぼそと話し続ける影二人。現当主ハーマンとセットで悪評が絶えないので、やってもおかしくないという、非常に不名誉なことが、普通に受け入れられている。


「だが、あのダリア嬢が、姫様に盛るなどありえるのか?」

「身分を越えた友人ゆえな。立場も身分も乗り越えたほほえましい関係だったはずだが」

「それゆえ我らにオーダーが入ったのであろうよ」


『真意を探れ』


 そういうことだと二人は受け取った。片やオスニエルを、もう片方はダリアを監視するため、二人は風景に溶け込んだ。あとに残るのは、全く変わり映えしないいつもの風景―――






(! こちらが当たりか……)


 別れた二人は、それぞれの牢へと向かった。牢は王城の地下に存在し、いくつもの詰所を抜けた先にあるのだが、それをものともしない存在が、牢の前に立つ。

 影は詰所が何をしているのか気になったが、明らかに当事者らしき人物の接近に目を離すわけにはいかない。


 そんな中、牢の中の人物が口を開く。とても恨みがましい表情で。


「何をしに来たのです? すでに計画は失敗したわ」

「もちろん知っていますよ。だから、ここに来たのですから」


 薄暗い電燈の魔道具では、到底顔を窺うことは出来ない。しかし、明るかったとしても、顔を見ることは出来なかっただろう。口調からするとやや楽しげ、といったところか。声もちょうど中くらいで、どちらでもいけそうな感じだ。

 すっぽりと頭からフードをかぶった、黒いローブの人物。背丈からするとどうやら男性のようだが、背の高い女性もある程度の頻度で見掛けるため、一概には言えない。


 ―――性別不明の怪しい人物


 そうとしか言いようがなかった。こう言った場に来るには、非常に合った人選といえる。






「……家族は無事なのかしら」

「安心なさい。あなたが裏切らない限り、こちらから手を出すようなマネはしませんよ。あなたが友人であるレムリアを裏切ったようなマネは、ね」

「このっ……」


 完全に首輪を嵌められ、いいように転がされるのはダリア=クレイ男爵令嬢。身分を越えて、第一王女と親しくなった奇跡の人である。

 高位貴族であれば、周りもそれ相応にガードが固いものだが、没落したとて代わりの居るような低位貴族であれば、ガードも甘い。そういったところへ、分不相応な関係性を持つダリアが、王家へ害意を持つ者に狙われたとて、そうおかしな話でもない。むしろ、率先して狙われることだろうことは容易に想像がつく。このような状況になってから気付いたのは、ダリアにとっていいことだったのか悪い事だったのか。


「それで? 家族を返してもらうために、私はどうしたらいいのかしら。もうあなたにもらった薬を混ぜようにも、姫様の侍女は解雇されるでしょう。姫様とて私をもう信用してはくれないわ」


 さっきの断罪劇で、オスニエルは自白をした。自分が薬を混ぜて、姫様に投与していたと。しかし実際は、オスニエルはダリアに薬を渡し「食事に混ぜろ」と言うだけ。実際に食事に混ぜたのはダリアなのだ。そのタイミングで、ローブの人物からもらった薬を混ぜ込んだ。良心が傷まないわけはなかったが、家族を救うため友人を犠牲にした。

 間を置くことなく、レムリアはオスニエルの手に負えない病にかかった。その時から今まで、針のむしろに座りながら延々と薬を盛り続けた。


 そのことにレムリアが気付かないはずがないとダリアは言う。


 しかし、ローブの人物はくつくつと噛み殺したように笑う。


「問題ありませんよ」


 そういうと牢屋の格子を両手でつかむと、ぐにゃりと人が抜けられる程度に格子が曲がった。


「さあ、お逃げなさい」

「は?」

「お逃げなさいと言っているのです。家族を助けたいのでしょう?」

「くっ……!」

「詰め所の兵士は無力化してあります。存分に王城内を駆けてくださいね」

「……走り回って、それからどうするのよ?」


 言うことを聞くしかないダリアは、ローブの人物の指示を待つ。


「これを」

「……」


 差し出されたのは、何の飾りもない一本のナイフ。無言で受け取ると「それで?」とばかりにローブの人物を睨みつける。


「今はちょうど姫殿下の護衛もいないでしょう。それで、レムリアを殺してください」

「なっ……!」

「できなければ、貴方のご家族は帰らぬ人となるだけです。どちらもなんてムシのいいことを考えないことだ」


 確かに、入り口に詰めていたレビンとゲーアノートの護衛だったエドアルドがいない以上、今、塔にはレムリアのみがいるということになる。元々伝染病扱いだったために、出入りする人物はオスニエルとダリアのみとなっていたからだ。


「さあ! 行きながらお考えなさい。家族を取るか、友を取るか! 私は高みの見物といきましょう!」


 両手を大げさに広げ、舞台役者のように宣言するローブの人物。迷っている時間が惜しいとダリアは走り出した。城の衛兵につかまってしまえば、。たどり着くまでに妙案が浮かんでくることに、ダリアは一縷の望みを託す。


 ローブの人物はポツリと心の内を、現実へと漏らす。


「身分を越える友情を感じている相手に殺される。さぞかし、上等な瘴気を生み出してくれるでしょう」






「……さて」


 ダリアの背中を見送ると、ローブの人物はとある方向を見る。どちらに行こうか迷っていた影は、その一瞬を突かれた。


「覗き見は感心しませんね」

「!?」


 ローブの内側から、一本のナイフが突き出ていた。その切っ先は、影の胸へともぐりこんでいた。ほんの一瞬の出来事だ。

 影は目を見開きながら、物音ひとつ立てないまま倒れ込み、地下牢は静けさを取り戻す。


「……私もまだまだですね」


 絶命を確認するも、まだ血は流れ続ける影を担ぐと、ダリアの後を追うようにローブの人物は階段を上っていった。


 この人物の今回の行動におけるミスは二つ。


 一つ目は、情報源がどこかはわからないが、ローブの人物はアカツキとアレジが、レムリアと共に塔にいることをこと。


 そして、もう一つはダリア側を見張った影が消息を絶ったことにより、事件の中心がダリア側にあるということが露見したことである。

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