第57話 今後

「とりあえず、だ」


 よっこいせとおっさん臭い掛け声とともに、石畳の上に座り込む。お前も座れと言われたので、素直に従うことにしたアカツキだったが……


「……ケツが痛い」

「さっきも言ったが、お前ももう冒険者なんだ。いつも環境が整ってるわけじゃないんだし、少しは慣れろ。今回は命の危機もほぼない。最高の鍛錬環境だな」


 わははとでかい声で笑うアレジ。苦虫をかみつぶしたような顔をするアカツキだが、はたとあることに気が付いた。


「……薬師の免状もらえるんだし、別に冒険者じゃなくても良くない?」


 次の試験まで、することがないならとリディアに勧められた冒険者稼業。しかし、まだ仮とはいえもらえそうな感じなので、あまり冒険者に執着しなくてもいいんじゃないかとアカツキは考えるのだが、アレジにとってはそうでもないらしい。


「なんでさ」

「各国の行き来が自由にできるようになるんだよ。ただの薬師じゃたぶん、出入国に時間かかるんじゃないか?」


「知らんけど」と心の中でつぶやくアレジ。確かに、リーネット国内で採取できないものが必要になった場合、身軽に動くにはちょうどいいかもしれないと、アカツキは思う。


「それに、ババァが手ぐすね引いて待ってんぞ」

「ババァ?」

「ギルドマスターだよ」

「……」

「どうした?」

「会ったことないよ」

「うん? ……あ、そうか。あん時いたのは殿下達とラリー達だったな」


 結果的に問題なかったが、あの時はえらくひやひやしたなとアレジはアカツキに言った。


「お前をここに運び込んだ後、ババァと話してな。ちょっと上目の『D』で、お前のランクはまとまった。見習い卒業だ」

「わぁ♡ おめでとうございますっ」

「おぅっ!?」

「? どうされました?」


 いきなり声を掛けられ、驚いて後ろを振り向くアカツキに、きょとんと小首をかしげる仮面の王女。きょとんと言っても「たぶん」と言う話だ。あのグレンとソフィアの娘なのだし、たいそう綺麗なのだろうと想像はできるのだが、なにせかぶっている鉄仮面が何故かドクロじみたデザインをしているため、全然かわいくない。

 完全に部屋の中だったことを忘れていたアカツキは、仕方がないのでお礼を返した。


「ありがとうございます、殿下」


 丁寧に頭を下げるアカツキ。「いえいえ」とベッドの上から頭を下げ返すレムリア。仕草にいちいち気品があり、少し気後れしている。レムリアは、自分を蝕む病がうつるものではないと知り、アカツキたちには分からないが、声のトーンがかなり上がっていた。


「まぁ、とにかくだ。持っておいて損はない。よく似たものに『商業ギルドの会員カード』ってのがあるが、お前別に商売する気ないだろ?」

「薬を売るのが商売って言うなら、する気があるってことなのかな?」

「お? ん~……なんだかややこしい話になりそうだな。とりあえずその辺はゲーアノートのジジィに聞け。プロなんだし知ってんだろ」


 完全に丸投げたアレジは、話をまるっと別のものに切り替えた。


「で、だ。こっからは姫さんも関係あるからな。ちゃんと聞いとけ」

「は、はいっ」


 返事をしたものの、カチコチになるレムリアだが、アレジは苦笑すると、「そんなに構えなくてもいい」とほぐしにかかるが、自分のことだからか、一向に改善する気配がない。

 そっとため息をつくと、レムリアを放置して、アカツキと話し始める。実際に動くのはアカツキとアレジだからそれでいいだろうという判断だ。


「じゃあ始めるぞ。姫さんの瘴気の事件が終わり次第、俺たちは亜人領域に向かう」

「? E・D・Hとか言ってなかった?」

「なんか言いにくいんだよ。だから現場をうろつくやつは亜人領域って言うんだ。まあ通称ってやつだな」

「ほーん……」

「まあ細かいことは……別に知らなくてもいいから省くが、ゼファーのやつがいると助かるんだがな……」


『風神』ゼファー。アレジと同格のランクS冒険者で、アカツキのお得意様の一人である。


「なんで、ゼファーさんがいるといいの?」

「アイツ、亜人領域の出身だからな。トルギスのやつも」

「……そりゃそうか。兄弟だもんね」


『風神ゼファー』と『雷迅トルギス』。兄弟でランクSと言うのはこの二人だけである。ゼファーはちょくちょく顔を見るが、セキエイがいなくなってからは、トルギスの顔を見た覚えがアカツキにはない。


 いれば道案内にちょうどいいと言うが、今居所が分からないのでとりあえず保留ということだ。見つかればそれで良し。ダメならしょうがないとさっくり割り切るアレジ。


「まあ、とにかく亜人領域で目指すのは、中立地帯『デザート・トライアングル』。その中心に『レッドドラゴン』はただ、いるのみだ」


 レッドドラゴンの存在感に、野性を持つ生き物は抵抗する気を失い、居心地のいいところを求めて亜人領域をあちこち動き回る。場合によっては表に出てきて、討伐対象となったりするようだ。そして、そこにはレッドドラゴンのみが佇んでいる、ということらしい。


「そこなら、レッドドラゴンの漏れ出る魔力を、たっぷり浴びた植物なんかもあるだろう。姫さんの治癒に必要なものもあるかもしれない」

「多分あるんじゃないかな。シンダ根種自体、結構な割合で森で見掛けるしね」

「なら問題ないだろう。別に土地が死んでいるわけじゃないからな」


「デザート」と付くものの、砂漠という意味ではなく、人がいないという意味で使われているとアレジは話した。


 が、直後渋い顔をするアレジ。何かを思い出したのか、非常に嫌そうな顔をしている。


「……どしたの?」

「何か嫌なことがあったのでしょうか……?」


 一人で勝手に七面相を繰り広げるアレジだったが、自分の中で答えが出たのか、割と早く元に戻った。


「あぁ、すまん。多分いろいろあると思うんだよ……だけどまぁ、あろうがなかろうが結局行くんだし、関係ないかなって思ってよ」


 バンバンとアカツキの背中を叩き、「まぁ、気にすんなよ!」と持ち前の豪快さを見せるが、叩かれたアカツキのほうはたまらない。


「いってえな! ちょっと加減しろ! この人外!」

「失礼なやつだな! 兄貴分に向かって!」

「いいんだよ! ランクSがナンボのもんじゃい!」


 やいのやいのと騒ぎ立てる、アカツキとアレジを見て、クスクス笑うレムリア。


(本当に、兄弟みたい……)


 つい先ほどまで、人肌のぬくもりすら遠かったレムリアにとって、言いたいことを気兼ねなく言える二人の関係が、とてもうらやましく思うのだった。


 ただし、のちのちこの時に詰めておけばよかったと思う事柄が二つあった。それは―――






 ―――精霊王に祝福をうけた勇者が、レッドドラゴンを見張り続けているということ。


 そして、


 ―――亜人領域に人間が入るということ。

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