第55話 白状
「……なぜ呼ばれたか分かっておるだろうな」
「……」
「だんまりか。こんなずさんな計画、良くバレないと思ったものだ」
―――よく言う
アカツキの感想だ。アカツキをデュークがたまたま連れて来なければ、バレなかった可能性はかなり高かった。そもそもレムリアも死んでいた可能性が高い。しかし、賢明なアカツキは口を閉ざすことに成功した。断罪するなら「なんでもお見通しだ!」という体で居たほうがいいだろうからだ。
「レムリアの食事に瘴気に汚染された材料が入っていた。心当たりは?」
いきなり核心に切り込むグレン。手を後ろに組み、うなだれるオスニエルとダリアの前を、行ったり来たりしている。騎士二人は、何か行動を起こした時に備え、後ろで武器を持ち直立している。
「恐れながら、陛下」
「なんだ? オスニエル」
下を向いたままだったオスニエルが、意を決したように言葉を紡ぐ。その瞳には力強さが宿っていた。少々危ない光も宿っているような気がするが。
「私はそもそも食事が作れません。まして瘴気入りの材料を調達することなどできるはずがありません」
「ウソですっ!」
「控えよ侍女。この私を誰だと心得る?」
随分と偉そうなオスニエルだが、そんな男に噛みついた侍女の様子が気になるグレン。しかし、流れを切るのもあれなので、グレンは頭にとどめておきながら、オスニエルにツッコミを入れる。
「ただの子爵の息子ではないか。何を偉そうにしておる」
「ですがっ! 父上はゲーアノート様の覚えが良い。我が国の国家薬師のナンバーツーですぞ! その方に選ばれたこの私が、ただの子爵の息子のはずがない!」
なんだそれは、とアカツキはあきれた。薬師の腕と父親の身分など一切関係ない。そんなことを言うなら、アカツキの父親は失踪していて消息不明である。それでも例外で免状をもらえるのだから、腕さえあれば身分など一切関係ないといういい例である。
そもそも傷を癒す手段を身分で見るなど、国の運営としては一切ありえないということが分からないなんてアホすぎると、アカツキは忌憚ない意見を思い浮かべる。口に出していないので全く問題ない。オスニエルを見る目はとても冷たいであろうが。
やれナンバーツーに選ばれた自分は優秀だの、きっと侍女が犯人に違いないだの、見苦しくあがき続けるオスニエル。
とうとう痺れを切らしたグレンは、本丸に踏み込んだ。
「……とにかく。未だ体に残っている瘴気が腹に一番溜まっているのだ。であるならば、食事に瘴気入りの食材が入っていたに違いないだろうが」
「うっ、ぐぅっ……」
本当に腹芸の下手な男である。のけぞるオーバーリアクションを取ったために、「何か混ぜました」と言っているようなものだ。
ここでグレンは、攻め手を一旦引く。ついでに飴を与えることにする。
「ここで白状するなら、首までは取らんぞ。精々罰を与えるくらいだ」
「……本当ですか?」
わずかに……本当にわずかに考えた後、乗って来たオスニエル。チョロすぎる。
ちなみにグレンはどんな罰か言ってない。終身、鉱山労働ということもあり得るのだ。「精々国のために役立ってから死ね」ということも十分考えられるのだが、オスニエルにそれに気付いた様子はない。
(……本当にコイツが犯人なのか?)
アカツキは目の前の問答を見て、どうもちぐはぐな印象を受けた。言い訳がしょぼく、簡単にエサに食いついてくる。もしも、アカツキが運び込まれてこなければ、行きつく先は『王族殺し』である。どう見ても目の前の男が、そんな大それたことを行えるとは思えない。
そうこうしているうちに、話は自白の方向へと移っていくようだ。やはりこいつが犯人で間違いないのか? と流れを見守る一同。
「……姫様に好かれたかったんです」
「はぁ?」
完全なる疑問形。何ひとつ理解できないという「はぁ?」だった。発したのはグレンである。
「いつぞやの夜会で初めてお目にかかった時、雷が落ちたのです」
「うん……???」
全く理解できないグレン。というより誰も理解できない。どこをどうとれば、『瘴気を食わせる』という行動につながるのか。
オスニエルの独白は続く……
「誰にも治癒できない病を、私が颯爽と回復することが出来たなら……」
「……レムがキサマに惚れると?」
「……はい」
壮大なマッチポンプを計画していたようだ。まさに自作自演の極みだが、そうするなら……
「だが、未だレムは病に悩まされているではないか」
グレンは、この後どうするか既に決まっていることを伏せて、話を続けた。それに対する答えは、一同をさらに疑問の渦へと放り込むことになった。
「解毒できる手段がある中で、手段が確保でき、なおかつ珍しいものを投与していました。しかし、いつの間にか本当に手に負えなくなってしまったのです」
もう、ここまでやれば、自分の首どころか、一族郎党まで道連れにされても文句は言えない。こめかみをヒクつかせながら、グレンはなお話を進める。
「……続けろ」
「……抵抗力が弱くなったのか、体力が落ちたのか、ここというタイミングで、飲めば治るはずの解毒薬を飲んでいただいたのですが、全く効果がなかったのです。これはおかしい!」
突如オスニエルはヒートアップ。
「父上に言われたはずの薬を投与しても、一向に良くならない! これは本当におかしな病気にかかったのだと考え、塔に隔離を提案したのです!」
「それで、ここにレムを移したというわけか?」
「そうです!」
「その治療が今まで続いていたと?」
「……そうです」
(なるほどなぁ……愛ゆえにってやつか……うん?)
そんな一言で片付くはずはないが、まぁそういうこともあるんだろうなとアカツキは軽く考えていた。しかし、これはアカツキが世間知らずなだけで、普通、想い人に毒を盛るなんて考えるはずもない。常識に照らし合わせてもアウトである。
「では認めるのだな? オスニエル=デ・ヴァールトがレムリア=リーネットに毒を盛ったということを」
ここまで詳細に語って、「いや、違います」は通じないだろう。予想通り、観念したようにオスニエルは、白状した。
「はい……私が侍女ダリアに命じて、その食事を持っていかせました」
「……そうか」
厳格な表情で黙り込むグレン。取り調べは後の機会ということで、オスニエルはエドとレビンが両脇を固め、部屋から連れて行った。話の補てんということでダリアにも取り調べの要請があり、潔く受け入れたダリアは、何の抵抗も見せることなくシャーリーと共に部屋を後にした。後程、騎士団詰所で詳しい話を聞かれる予定だ。
(……)
「どうした? アカツキ」
「え? あぁ、アレジさん……ちょっと、ね」
「……何か気になることでもあるのか?」
「まぁ、気になることというか、違和感というか……」
「話してみろ」
「……気のせいかもしれないんだけど」
「他のやつが聞けば、お前の気が付かない何かに気が付くかもしれない。ここには伊達に歳食ってないのが何人もいるんだぜ」
部屋に残っているのは、アカツキ、アレジ、グレン、ソフィア、デューク、ゲーアノートにレムリア。
ぐるりと見渡すと、確かに魑魅魍魎を相手にしてきたお歴々がいることにアカツキは気付かされた。
腹に抱えて、もやもや悩むより、吐き出して意見を聞く方がずっと健全だと思い、アカツキは第一声を発した。
「オスニエルの話に、『瘴気』の話が一度も出て来てないんだよ」
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