第54話 姫の回復への道のり

「と、いうことは、だ」

「まぁ、そういうことでしょうね……」


 全部口にせずとも誰にでもわかる。グレンは怒りのあまり、とても人には見せられない顔になっているし、ソフィアなどシャーリーな支えていないと、今にも倒れこみそうだ。


「オスニエルとダリアを呼べ」

「はっ」


 グレンが誰にともなく告げると、ゲーアノートの無言の視線を受けたエドアルドが、当の外へと向かって行く。


 扉がパタリと閉まると、グレンはゲーアノートを睨む。


「此度の件は、お前の怠慢ゆえのことだと理解しているな?」

「……返す言葉もございません」


 言葉使いを正し、ただ静かに頭を下げたゲーアノート。王国最高の薬師と呼ばれ、研究に余念がなかったが、それゆえに人事のことなど二の次。汚職がはびこる土台としては、申し分ない環境が出来上がってしまっていた。


「まあ、お前の処遇はこの際後に置いておく。それで、アカツキ君」

「はい」

「レムは治るのか?」


 結局のところ、グレンが気にしているのはこの一点に尽きる。レムリアを含めた全員の視線が、アカツキに集中した。

 アカツキは顎に手をやり、言葉を慎重に選びながら話し始める。


「……これ以上の侵食を防ぐことは可能です。時間をかければ完治もできるでしょう」

「そう「ただ、あっ、すみません」……こちらこそすまぬな。続けてくれ」


 続きを話そうとした時に、グレンの発言とかぶり恐縮するアカツキ。今のグレンを見ると、紛うことなき王の気配を醸し出しているので、先ほどのような気安い感じを出すことはできなかった。グレンからすれば、今のところ何とかできるかもしれない唯一の人物であるため、首を飛ばすということなど考えようはずもないが、今のグレンならやりそうというのがアカツキの持った感想だ。


 とりあえず一命は取り留めたようなので、続きを話す。


「ただ、時間と言ってもかなり要すると思われます」

「……具体的には?」

「正直言って分かりかねます」

「……簡単ではないということだな?」

「そう受け取っていただいても構いません」


 体力があり、侵食されてすぐであれば、そんなに時間は取られないはずだが、ほぼ一年間瘴気入りの食事を食べさせられたのだ。おまけに塔に閉じ込められ、体力も低下し続けている。並の成人をはるかに下回るはずだとアカツキは続ける。


「ただ……方法がないわけでもないです」

「なんだと!」


 グワシとアカツキの胸ぐらを掴み、言い寄るグレン。アカツキがこぼしたわずかな希望に縋りつくように、答えを求めてくる。


「どうすれば! どうすればよいのだ!」

「う、ぐぐ……」

「あなた!」

「陛下!」


 首が締まり、息ができないアカツキ。突き飛ばすことは可能だが、悪感情などあるわけもないのでそんなことするわけにもいかない。それを見て、ソフィアとシャーリーがグレンにとびかかり、引きはがそうとする。


 冷静さを欠いていたことに気が付いたグレンは、鼻息荒いままもアカツキから手を離した。アカツキは息も絶え絶えである。


「ハァ、ふぅ……フゥゥゥゥ……すまぬ、アカツキ君」

「ハァ、は、い、いえ、大丈夫です」


 たがいに深呼吸し、落ち着きを見せるともう一度仕切り直した。


「それで? どうすればレムは救われるのだ?」

「……龍の魔力を浴び続けて変質した『亜種のシンダ根種』で作った解毒薬ならおそらくは……」

「そんなものを使用すれば、人間ははじけ飛んでしまうと言われておるぞ? 少なくとも錬金術で作った龍の亜種系は、錬成禁止の代物となっておる」


 錬金術師の間でも、龍の亜種系の植物のことは知れ渡っているようだ。ただし禁止薬物としてだが。

 シンダ根種とは、通常の解毒薬を作る際に使用する植物なのだ。普通のものならばどこの森に行っても採取できる類のもの。しかしそれでは、瘴気に犯された毒には効果がない。

 龍の魔力を浴びた植物は通常のものよりも、効き目がはるかに高くなる。しかも人体に対し無害なのだ。効能が強すぎるというデメリットがあり、下手をすれば内側からはじけ飛ぶという信じられないほどの効能を持つ。なので、煉丹術を使用し体力のない人用にアレンジを施し、さらにレムリア個人に対して、無駄が一切出ないようにカスタムする必要があるとアカツキは説明した。


 信用されるかどうかは、分からなかった。そもそも今日初めて会った相手なのだし。しかし、先ほどの血塗れパフォーマンスが功を奏したのか、反対意見らしいものは一切出なかった。


「ふむ……アカツキ君や」

「なんでしょう?」

「事が無事に済んだら、ワシにも一手ご教授願えんだろうか? どうやら、『国一番』と言われ慣れて、知らずに天狗になってしまっておったようじゃ」


 歳のわりに背筋がピンとした老人だと思っていたが、今のゲーアノートは年相応のおじいちゃんになっていた。なんというか先ほどまでの覇気がまるで感じられない。とりあえず全部終わってからだということで、話は続く。


「龍、か……アレジよ」

「あぁ……探せば結構な割合で居るんだろうが、現在居所が確定しているのは一体しかいない」

「やはりあそこにしかおらんか……」

「そうだな。エルフドワーフホビット対立同盟のちょうど中心に位置する無緩衝地帯にいる『レッドドラゴン』がいるな。各部族の『勇者』が見張っているが、今のところ行動を起こす兆しは見えないらしい」


 アカツキは知らなかったが、周りの様子を見ると割と有名な話のようだ。またも『勇者』という言葉が出てきて、辟易とするアカツキ。わりとどこにでもいるようである。


「まぁ、そこには俺とアカツキで行ってやるよ」

「えっ? 俺も?」


 青天の霹靂とでも言おうか、「ウソだろ?」という顔でアレジを見るアカツキ。


「なに驚いてんだよ。おれにその、なんだ? し、し……」

「シンダ根種」

「そう、それ。採取の仕事なんてほとんどしたことねえから、どれがどれかなんて区別付かねえよ」

「そんなんでランクSなんかやってられんの?」

「買えばいいだけだ」

「そっすか」


 流石ランクS。考え方も豪快である。


「後は……まずは後顧の憂いを断っておきたいですね」

「無論だ。そうこうしているうちに、奴らが来たようだぞ」


 いない間にまた瘴気を食わされてはたまったものではないので、とにかくこの事件を解決するのが先だということで一致した。


 連れてくるまでに結構時間がかかったようだが、廊下を歩いてくる足音が人分。音が聞こえなくなると、扉をノックする音が聞こえた。


「エドアルドです。お歴々をお連れしました」

「入れ」

「失礼します」


 エドを先頭にオスニエル、ダリア、そして最後にレビンが入ってきた。数が合わなかったのはレビンが後詰として付いてきていたからだった。


 オスニエルとダリアの顔色が悪い。語るに落ちるとはこのことだろう。自白したも同然である。

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