第53話 診断結果

「ふぅ……」

「あっ……」

「? どうかされましたか?」

「いっ、いえ……なんでも……なぃですぅ……」


 作業を終えたアカツキは、レムリアの両手を離した。用もないのに手を取ったままだと、親バカと化したグレンから、どんなプレッシャーを受けるか分からないからだ。


 一方で離された手を名残惜しそうに、そのままの状態で維持するレムリア。口では「なんでもない」と言いながらも、顔は見えないが未練たらたらの態度である。


 予期せずして、二人は見つめあうことに。仮面の王女と田舎の薬師。どんな物語にも出て来そうにないカップリングの二人は、外部からの咳払いによって正気に返った。


「ウォッホォン……」


「エーッホ、ウエッホ、オエッ……」


 年相応の咳をするグレン王がそこにいた。いくら若作りでも、そうした仕草に歳は出るものである。どうやらいい雰囲気を邪魔したのではなく、ただ痰が絡んだようだ。もたもたしているグレン王の背中をさすってあげているソフィア妃に、アカツキはほっこりした。






「して、首尾はどうだ?」

「……別にそんな威厳出さなくてもよろしいのではなくて?」

「ならん! 余は王である! この国で一番偉いのだ!」

「……ごめんなさいね、アカツキ君。この人、レムが絡むと途端にこんな感じになるのよ」


 初めて会ったときは、どうしていいか分からなかったはずのアカツキは、いなかったが親戚のおじさんのような感触を抱いていた。もちろん不敬なのでそんなことは口にはしないが、出てくる言葉には、親しみがにじむようになっていた。


「ああ、いや……見なかったことにしようと思います。王は威厳たっぷりだったと、デイモンさんにこれでもかと説明してやりますとも!」


 グッと拳を握って宣言したが、


「……デイモンは知っているわ。だけど、彼は彼で緊張しいなのよね……」

「あ、そうすか……」


 力強かった拳は、へにょりと折れ曲がってしまった。王妃の言葉を聞いて先ほどのデイモンの様子を思い出す。


(……陛下のアレを見て、あれだけ嫌がってたってことは、相当だな)


 適当な理由をつけて逃げ出すのも無理はない。


 そんな喜劇じみたやり取りを、王族と平民が行っていると、


「ふふっ……」


 仮面の口元に手の甲をやり、体を震わせるレムリアの姿があった。


「おぉ……レムが、レムが笑ったぞ!」

「はいはい」

「おいソフィー! もうちょっと、こう……なんかあるだろ!?」

「はいはい」

「なんか冷たい!」


 やいのやいのとアカツキたちがやっていると、さすがにしびれを切らしたのか、今まで全く発言していなかった宰相シャーリーが、ついに口を挟んできた。


「いいかげんにしろ、グレン」

「はい」


 一言で片が付いてしまった。グレンとシャーリーはどういう関係なのか非常に気になったアカツキだが、事態は留まることを許さない。


「アカツキ」

「はっ」

「状況を説明しろ」

「はっ」

「……いつの間に騎士になったんだよ、お前は……」


 正式に習ったわけではないので、なんとなくで敬礼をしたアカツキ。一言で飼いならされてしまったアカツキは、アレジのツッコミに返事をすることなく、レムリアの現状について、話すことになった。






「かなり危ない状態です。胃と腸の瘴気汚染が一番ひどく……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、アカツキ君」

「は。なんでしょうか?」


 流石に真剣な話をしているときは、敬語で話すアカツキ。ストップをかけたグレンに嫌な顔をすることなく、話を促す。


「胃と腸とはなんだ?」

「えっ……あぁ、そうか……」


 アカツキの知識は、実地でセキエイから教わったものだ。具体的に言えば、盗賊の亡骸を解体したのである。


『どうせ死んでいるんだから』


 そう言って、亡骸を掻っ捌いたセキエイは、血まみれになりながらアカツキに体内の臓器の説明をする。当然吐き気に襲われそれどころでは無かったアカツキだが、『覚えるまで何度もやるぞ』と言われて、頭をフル回転させたのは、かなり年月がたっても新鮮な思い出として簡単に思い出せた。何体もの亡骸が、アカツキの知識と経験となった。死して償いができる稀有な例である。


 人の体にある食べ物を消化して腸に送る箇所を『胃』といい、消化された物から人体に必要な栄養を体内に吸収し、その搾りかすを便として置いておく箇所を『腸』というと説明した。


「要ははらわたのことだな」

「……まあ、そうですね」


 かなりザックリとした端折りかただったが、別に間違っていないうえ、知ってても知らなくてもいい知識だったので、まあそれでいいやと細かい説明を省くアカツキ。


「その部分が、一番瘴気に犯されていました」

「……ということはどういうことなのじゃ?」


 くだらない寸劇に加わるのを良しとしなかったゲーアノートは、ひっそりと気配を消していたが、話が病のことに及んできたため、口を挟んできた。逆に自分の分野ではないとシャーリーやアレジは、口をつぐんで大人しく話を聞いている。

 エドは、ただゲーアノートのお付きとしてきているので、口を挟む気がない。


「あんまり言いたくないんですが……」


 この事実が差すのはただ一つなのだ。なので、気が進まないアカツキだったが、こんな時に限って、王はしっかりと仕事をした。


「話せ」


 ただ声を発するだけで、異様な圧力を放つグレン。まして娘がかかっているとなっては、どんな情報でも欲しいだろう。ソフィアも悲痛な顔でアカツキを見る。

 その感情を正しく読みとったアカツキは、ためらうことなく話した。


「……今も続けて、瘴気に汚染された食事をとっているということです」

「な……なんだと……?」

「濃度が高ければ、死にますのでかなり薄いものですが、姫殿下には今もなお、瘴気入りの食事が提供されているのは間違いありません」


 少量の毒なら、調子を崩すだけで、体内に存在するあらゆる器官が動き、便、あるいは何かしらの体液となって、外部に排出されるものである。原因がなくなれば人の器官は、再生していくものだ。つまり、今も一番濃く影響を受けているとなれば、連続的に体内に取り入れているということになる。致命的なことにならないように、量が調整されている所が何ともいやらしい。


「……すると、姫が調子を崩しているのは、ご病気などではなく……」


 ゲーアノートもアカツキが考えているところまでたどり着いたのだろう。


「はい。なものだということです。犯人が存在する類の」


 今が夜ということもあるが、塔内からすべての音が消え去ったような錯覚が、その場にいる全員を襲った。

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