第52話 核心

「コホン……取り乱してすまぬな」

「いえ……家族と久しぶりに会うことの感動は、僕にも分かります……ウチは父親が失踪しましたので」

「……早く見つかるといいな」

「……お気遣いありがとうございます」


 グレンは人目もはばからず家族で抱き合ったのが恥ずかしかったのか、少々バツの悪い顔をしていた。表情を変えず、それでも満足そうな顔をしているのはソフィア妃。仮面の王女はどういう顔をしているかはわからなかったが、瞳の輝きは満ち足りた雰囲気を醸し出しているようにもアカツキには見えた。


「さて……邪魔者も消えたことだし、アカツキ君」

「はい」

「娘……レムリアを見てはくれぬだろうか」

「……微力を尽くします」


 流石にこのタイミングで、「NO」という度胸はアカツキにはなかった。相手が付き合いの長いアレジならともかく、今日初対面のグレン王にそんなことを言えるわけもない。






「お手を拝借してもよろしいでしょうか?」

「……ですが」

「ご病気が伝染することはないと、担当薬師が保証してくれましたよ」


 ニコリと安心させるように笑顔を見せるアカツキ。当然手は差し伸べたままだ。しかし、当のレムリア殿下は、思いもかけない爆薬を投下する。


「……あのようにあの者は申しておりましたが、実際には『伝染るから、私に触るな』とおっしゃっていたのです」


 担当薬師を信頼していなかったのか、『あの者』と表現するレムリア姫の思わぬ暴露に、ゴウッと目に見えない圧力のようなものが、グレンとソフィアから感じられたアカツキは、懸命にもすかすことに成功した。


 がしっとレムリアの両手を祈るようにつかむと、グイッと引き寄せた。


「あっ……」

「大丈夫。あなたの良心は痛むかもしれませんが、僕は大丈夫」


 ただ見る。レムリアの瞳を。必ずなんとかするという意思を込めて。何度も大丈夫と相手と己に言い聞かせた。


「……」

「あらあら」


 決して、後ろからのプレッシャーに負けたわけではない。






 レムリアの手を握ったまま、アカツキは深く呼吸を一つ行う。相手の体内を探るために剄を練る。そうして指先から糸状の剄を相手の体に送り込み、体の状態を把握する。


「……? うん?」

「どうした? アカツキ君。! まさか! レムの身に何か……!」

「ああぁ、いやいやいや! そういうわけじゃないです! はい」

「そうか? ならいいんだが……」


 グレンの目は絶対そうは言っていない。「キサマ、何かあれば……わかっているだろうな?」。そんなプレッシャーが、背中のほうからひしひし伝わる。


 親バカ極まれりといったところだが、アカツキはそれどころではなかった。


(異様に増えた剄は、デイモンさんのとこでもあったが……)


 吹き荒れる庭先のことを思い出していたアカツキだが、驚いたのはそこではない。


(丹田だけじゃなく、右手からも剄が噴き出している?)


 力がわき出る感覚が臍下からだけではなく、右手の中心からも感じる。それにアカツキは戸惑った。

 このまま、レムリアに剄を送り込み、探っていいか迷っていたが、またも助言をくれたのはアレジだった。






「アカツキ。お前”第弐門”が開いてるだろ」

「……なにそれ?」

「前に旦那に聞いたことがあるんだよ。その力の源はどこから来るんだって」


 力を身上とする冒険者のアレジが、そういうものに興味を示すのも、ある意味必然だった。渋るセキエイにアレジが聞けたのは、『人には第壱から第漆までの力の門』があって、臍下丹田、左右の手、左右の足、心臓、頭の中心の七つの部位に、力が溢れる門が存在するということだった。右手が第弐門ということらしい。


「確か……門が解放されるほどに、オーラのようなものが濃くなってくるって言ってたな。お前、前に見た時は靄のようなものしか出てなかったのに、今はもう目に見えるくらいうっすらとオーラが溢れてるぞ」

「……自分ではわからないよ」


 そもそもなんでこんな力が急に溢れだしたのか、アカツキにはとんと覚えがない。


「だいたい、なんで急にこんな力が……?」

「ナーガ達と戦ったろう」

「そうだけど……なんで断言できるの?」

「旦那が言ってたからな。『門を開くには、極限状態に身を置くことだ』って」


 生きるか死ぬかの状態で、それでも剄を練り続けるのが、門を開くための条件ということらしい。そう言った意味では、いつぞやのナーガ夫妻との戦いは、確かにそれを満たしていたということになるだろう。


 どうにも実感が湧かず、さりとて己が感じる感触は、確かに以前よりはるかに多い。右手を見つめ、吹き出る力を見てぼんやりしていると、背中からアレジとグレンの会話が聞こえてきた。


「周りから見れば間違いない。陛下も見えるだろ?」

「お、おぉ……前はこれよりも薄かったのか?」

「向こう側がゆらゆらと見えるくらいだったな」


『白っぽい何かが溢れているように見える』というのがグレンの感想だったが、アカツキに実感はない。が、力が強くなっただけで、別段、質に変化はないとアレジは言う。合っているかどうかはわからないが、そもそも答えを導き出すことはできないので、開き直っていつものように相手の体内を探ることにした。何かあったらアレジのせいにしようと心に決めて。


ソフィア、ゲーアノート、エドアルドは、自分の得意分野ではないのか、目の前で起こることに注目しているのみである。


「それでは行きます。力を抜いてくださいね」

「は、はい」


 警戒心はあるのだろう。手を握られ、少し引き気味になるレムリア。少々力が強くなった剄を極力絞り、レムリアの中へと浸食させていった。






(……こいつはひどいな)


 心臓や脳こそ無事なものの、主要な器官は軒並み瘴気に汚染されていた。剄が瘴気に触れれば、反発を起こし体内にダメージを与えるため、アカツキは慎重に探る。


(……)

(………)

(…………ん?)


 一番確認しなければならなかったのは、排泄器官。異物であり、毒素である瘴気は、当然体内の働きによって、尿、あるいは便となって体外へ排出される。その中で特に汚染がひどいのは、『胃』そして『腸』だった。


(血管もわずかながら、汚染が進んではいるものの、まだ何とかなりそうな感じだ。しかし……)


 さらに調査を進めるべく、一番瘴気が濃い胃と腸へと糸を伸ばしていく。


(! コイツは……)


 アカツキは核心へとたどり着いた。






 ―――病気ではないということに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る