第51話 対抗薬
「これは陛下。このような時間にどのようなご用件で?」
「……自分の娘に会うのに、キサマの許可が必要だとでもいうつもりか? オスニエル」
「いやいや滅相もない。しかし、姫殿下のご病気が陛下にうつろうものなら、国家の一大事です故」
(……なかなかうっとおしい話し方するやつだな。俺の時は完全に見下してやがったが……)
己の得意分野……というより仕事の専門性故に、王のような権力者であっても知らないことがあることをいいことに、やけに上からの物言いが鼻に付いた。
身長は王のほうが高いのだが、妙に見下すような雰囲気が気にかかった。
オスニエルを観察するアカツキに気付いた担当薬師は、左手を額に当てるオーバーリアクション。右手でアカツキを指さした。人を指さすなという教育は、デ・ヴァールト家では為されていないらしい。
「おや、そこのキミは先日試験に落ちた平民君じゃないか。こんなところで何をしている?」
「……」
何をしているも何も、無許可でこんなところまで来れるわけもないのだから、誰か関係者が連れて来たに決まっている。そんなこともわからないのだろうかと、彼の頭の中身と、姫殿下の担当なのだからそこそこ偉いのだろうと推察される故に、王国の人材管理に本気で心配になるアカツキ。
何と答えたものかと思っていると、最強の後ろ盾が答えてくれた。
「俺がレムリアを見てくれと、頼んで連れて来たのだ」
「……どういう意味ですか?」
「一年以上も専属でいながら、全く結果の出せないお主に、愛想が尽きたということだ」
至極当たり前の話である。研究バカのゲーアノートは、人事的なことをすべて他者に丸投げしていた。なので、実際にはオスニエルが優秀かどうかは知らないのだ。ただ『誰が一番優秀か?』の問いに出てきたのがオスニエルの名前だったので、そのまま推薦し、それを受けたオスニエルは、塔へと出入りするようになった。それをグレンが知ったのはつい最近の話だ。ゲーアノートは少々めんどくさがりでアレなのである。
「……伝染の可能性があるので、出入りはお控え願ったはずですが」
「そちらの側付きとて、毎日おるそうではないか。ならばその可能性は低いのではないか?」
報告は逐一上がってくるので、そういった話も知ることになる。そういうと端のほうで、姿勢を正し存在を消しているような女性がピクリと反応したが、口を挟むことはない。王と貴族の話に、許可もなく割って入ることなど侍女として許されるはずもない。
それに対しオスニエルは、さも当たり前のように返事をする。
「彼女も私も、それに対する対抗薬を飲んでいるのです。なので感染する心配はありません」
その言葉にアカツキは疑問を抱く。
(どんな病気か分からないのに、対抗薬はあるのか?)
対抗薬とは、病気の予防に際し飲む薬のことで、病気一つ一つに対して、飲み分けるものである。例えば周りで風邪が流行っているなら、風邪の対抗薬を飲むというふうに。種類も多岐にわたる。従ってその説明には明らかに違和感があった。
(どの対抗薬を飲めばいいか分かっているのなら、そもそも病気が一年も長引くはずがない。伝染しないことが分かっているのなら、そんな説明をする必要がないし、そもそもこんな塔に隔離する必要がない)
同じ疑問をゲーアノートなら気が付くはずだと、そちらを見ればやはり「?」をうかべたような顔をしていた。
あちらもこちらを見て何か思ったのか口をパクパクさせ始めた。グレンとオスニエルの会話をそっちのけで。
「――――――――」
「―――――――」
アカツキには全く読み取ることはできなかった。田舎の薬師に唇を読み取るような技術はない。
徐々にジェスチャーが大きくなってきたところで、グレンとオスニエルがこちらを見ていることに気が付いた。
「……どうした? アカツキ君。何かあったのかね?」
「え、ええっとぉ……そのぅ……」
どう説明したものか迷うアカツキ。どちらにしてもオスニエルを追及するような話になってしまうからである。貴族相手にそんなことをすればエライことになってしまうことくらいわかる。デ・ヴァールト家そのものにいい印象を持っていないアカツキは、それを言った先が縛り首だろうと余裕で想像できた。
流石にそれは忍びないと思ったのだろう。王国最高と言われている薬師が口を挟んだ。
「オスニエルよ、一つ聞きたいのだが」
「なんなりと」
キザにポーズをとり余裕のオスニエル。しかし、それはあっさりと崩れ去る。
「キサマ、姫様が何の病気なのか分かっておるのか?」
「分かっていれば、一年以上もこのままなんてありませんよ」
「ならキサマは何の対抗薬を飲んだというのだ」
「……」
あっけなく化けの皮がはがれるオスニエル。ごまかしようもなく動揺しているのが、ありありと態度に出ている。そもそも貴族のくせに腹芸が下手すぎる。
ごまかそうにも、すでに『対抗薬を飲んだから、ここにいてもいい』と明言してしまっている。それはすなわち、何の病気かは判明しているということだ。にもかかわらず、未だに姫の容態はそのまま……どころかむしろ悪化していると言ってもいい。
分かっているのに、放置しているのだとすれば、明らかに王家に対する翻意があるととられても仕方がないということになってしまう。
「あの……ええと……そう!」
ひらめいた! とばかりに拳で掌をポンとたたく。
「先ほど、そう! 先ほど判明したのです! この病は伝染しないものだと!」
「「「「「「……」」」」」」
この男は悪巧みには向かないようだ、とほぼ全員が思ったが、何かしら事情を知っていそうだったので、グレンは泳がせることにしたようだ。
「そうか。なら我々がいても問題はないな」
「は……っ。左様でございます」
悔しそうに拳を握りしめるオスニエル。感情豊かな青年である。場面によってはほほえましいだろう。
そんな彼に追い打ちがかけられた。
「少々内輪で話があるのだ。悪いがお主とそこの側付き。塔から出てくれぬか?」
「塔から!?」
「なんだ? 盗み聞きするつもりだったのか?」
「めめめめ滅相もありません!」
首がねじ切れるんじゃないかってくらいに、ぶんぶん振るオスニエル。頭に血が昇りそうだ。
「なら行け」
「はっ! おい、行くぞ」
「……はい」
そう言ってオスニエルと、置物のようだったダリアは部屋を出て行った。廊下に響く足音が聞こえなくなってから、グレンは今まで黙っていたレムリアに近づき、しっかりと抱きしめた。
「レム」
「……」
「遅れてすまなかったな」
「……さみしゅうございました」
レムからもグレンをぎゅっと抱きついた。ソフィア妃も近づいて、三人で抱き合った。それを見て、母親がいた記憶がないアカツキは、口からポロリと言葉がこぼれた。
「……いいなぁ」
「あん? お前姫殿下に抱きつきたいのか?」
「いやいや! 何言ってんの?」
ぼそりとつぶやいた言葉を、アレジに聞かれていたらしいアカツキは、顔を真っ赤にして否定する。本当に無意識に出てしまった故に、間違いなく本音ではあるが、対象は姫ではない。
「今は仮面を被っておるが、たいそう美しい方じゃ。素顔を見れば普通にそう思ってしまうかもしれんな」
「アンタまで何言ってんだ!」
先ほどの追及場面とはうって変わり、ほのぼのしい空気が流れていた。
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