第49話 証明
「……」
「……」
部屋の中に静けさが広がる。手を組んで顎を乗せ、アカツキをやや見上げるように見るグレン。どんな些細な表情も見逃さないように瞬き一つしない。
(……こりゃあ、下手にウソつくとか考えない方がいいなぁ)
別に隠すようなことでもない。どうやら普通の薬師ではないというのは、試験の時から薄々わかっていたことだ。ただあまり聞かないはずの、『煉丹術』という言葉をグレンが知っているというのが気にはかかるのだが……
(まあつつかないほうがいいんだろうなぁ)
セキエイも『偉い人と話すときは、聞かれたことだけ答えればいい』と言っていたことを思い出す。
(だいたいあの親父は、何者なんだろうな?)
と、頭に今更な疑問が浮かびはしたが、とりあえず目の前のお方の質問に答えるのが先だと、グレンの質問に正直に答えることにした。
「はい。本当です」
「それはどのようなものなのだ?」
「えっ?」
「ん? どうした? アカツキ君」
「あぁ……いや、そのぉ……」
頭をかき視線をずらすアカツキ。意外な質問に、後ろめたいこともないのにうろたえてしまった。
そんな時、救いの手が外部より入る。
「アカツキ。普通に思った通り話せ。別に後ろめたいことなんかないだろ」
恐らく双子の姫様と遊んでいたアレジが、合いの手を入れてくれた。なんだか面倒見が良い。なつき具合も結構なもので、ひょっとしたら以前からの知り合いなのかもしれない。
「そうだね……すみません、取り乱しました」
「あぁ、かまわんさ。だが、どうしてか聞いてもいいかい?」
「そんな大した話じゃないんですが……ただの薬術なんですよ」
「うん? ただの?」
「そうなんです。今まで薬剤錬成なんて聞いたことがなかったもので、自分がやっていることが世間の当たり前だと思ってたんですよ」
実際薬術の手ほどきを受けたのは、セキエイからのみであり、村長の嫁(婆さん)が薬を作っていたなんてのは、村から出るときに初めて知ったのである。気が付けばすでにセキエイが村の調剤を一手に引き受けていたため、ポーションも試験の時に初めて見たし、それが作れないと国家薬師と認められないということも初耳だった。
なので、どのようなものと聞かれても『薬術です』としか答えようがなかったとアカツキが言うと、「なるほどな」というグレンと別の角度から「どういうことじゃ?」という声が聞こえてきた。
爺さんのような声を出したのは、先ほど入ってきた四人のうちの一人。名乗ってはいないが、王宮住まいの正式な肩書は『国家認定薬剤錬金術師』の『ゲーアノート』だった。
「どうした? ゲーアノート」
「どうもこうもあるかい。おい小僧」
「は、はいっ」
顎に手をやり、観察するようにこちらを見るゲーアノート。視線をずらし、身をよじるアカツキ。とても居心地が悪く、そわそわする。
「お前さん、ポーションが作れないと国家薬師になれないと言ったか?」
「え? はい。そう言われましたが」
「誰にじゃ?」
「誰って……試験官殿ですが?」
そう言って思い出したのは高慢ちきなねじれ金髪のオスニエル。あの見下すような目を思い出し、再びムカつきが起こる。
「おい、エド。今回の試験官は誰じゃ?」
「オスニエル=デ・ヴァールトですが」
「ちっ、あやつか」
あちらも煮え湯を飲まされているのか、ゲーアノートの顔が歪む。四人のうちのさらに一人も名前が判明した。そして懐をごそごそしたと思ったら、一つの丸薬を取り出す。
「これはお主が調剤した物じゃな?」
「……えぇ、そうですけど……なんでここに?」
確かあれは机の上に置いたままだったなと思いだすアカツキ。ニヤリとゲーアノートが笑うと、こう言った。
「これを回復薬だと証明できれば、キサマに免状くれてやろう」
「えっ?」
いったい何度「えっ?」と言ったのか。結構な数言った気がするとアカツキは思ったが、それをよそに、グレンがゲーアノートに問いかける。なんだかう○こみたいだなとその場の皆が思ったが、賢明なことに口には出さなかった。
「そんな特例良いのか?」
「かまわんじゃろう。薬師は薬を作れてナンボ。例え系統が違っても、効能があればよいのじゃから。陛下もその方がよかろう? して、小僧。どのように証明する?」
グレンに疑問形で話ながら、返事を聞かずにアカツキとの会話へと戻る。挑むように言われ、若干火が付くアカツキ。薬を受け取ると、アレジに話しかける。
「……アレジさん。ナイフ持ってる?」
「持ってるわけねえだろ。ここは王城だぞ」
当たり前だが防犯意識は高いため、基本外部のものは刃物を場内に持ってはいることはできない。基本だが。
「あ、そうか……」
「ではこちらを」
「あ、ご丁寧に……ええと……」
「セバスと申します。以後良しなに」
「これはご丁寧に……」
執事の名前を知らなかったアカツキは、自己紹介を受け丁寧に挨拶をする。セバスの中で、若干評価が上がった。
なぜかセバスが懐より取り出したのは銀のナイフ。ナイフと言っても食器のナイフである。
頭に「???」を浮かべながらも、匂い、味を確認し、確かに自分が作った丸薬だと確認できたアカツキは、預かった食器のナイフで手首を切った。
「なっ!」
「きゃあっ!」
「小僧! 何をしておるか!」
ドバドバと血が溢れ、床に敷かれたカーペットに染み込んでいく。各人悲鳴なり怒号なりを発しているが、われ関せずとアカツキは丸薬を一飲みにした。
すると気持ちが悪くなるくらい手首からあふれていた血が瞬く間に止血。おまけにうっすらと皮膚まで再生されてきている。
「なんと……」
「コイツは……」
「どうなったの? アカツキくんは平気なの?」
王家の女性陣は、アカツキの手首から血が噴き出した瞬間に目をつむっていたため、再生の瞬間は見られなかった。
「どうだ? 陛下。これが俺たちランクS冒険者が、アカツキや旦那のところへ通った理由だよ」
「なるほど……どれほどの効能があるのだ、アレジ?」
「見たところそれは一般的なやつだな、アカツキ?」
「うん。カスタムしてないやつ」
「カスタムとな?」
結構な量出血したはずだが、何事もなかったかのように話を続けるアカツキ。寧ろ周りが気を使うほどだったのだが、アカツキがそれに気づいた様子はない。
自分の知らない事なのか、好奇心を隠そうともせず話に混じってくるゲーアノート。それに対してなぜか景気よく答えるアレジ。
「フルカスタムっつってな。事前調査は必要になるが、個人個人に適した最高の回復効果を持つ奴があるんだ。最高級品はどてっぱらぶち抜かれても、気持ち悪いくらいの再生が始まるぜ。その代わり体力をごっそりもっていかれるけどな。あ、あと四肢切断なんかには効果ないぞ」
「なんとまぁ……」
「事前調査とはどのようなものなのですか?」
陛下の感嘆の声に続き、デイモンの疑問にアカツキが答える。
「あれですよ。リディアにしたやつ」
「おぉ……アレを男にもするのかい?」
「厳密に言えば違うんですけど、あんな惨劇は起きません」
あれは丹田を刺激する時だけだと説明すると、なぜかデイモンはホッとしていた。
ちょっと賑やかしくなった場で、こっそりと密談する二人がいた。
「是が非でも取り込むべきじゃぞ」
「うむ。わかってはいる、のだがな……これはお前のせいだぞ、ゲーアノート。給料から差っ引くからな」
「う、む……仕方あるまいて……それに関しては……すまん」
茶を飲んだり、菓子を食べたりする場所が血塗れである。ソフィアはグレンを睨みつけ、双子は我関せずとそっぽを向いていたが、サロン内の血の匂いはそうそう消えることはなかった。
後日、清掃担当の侍女が卒倒したのは言うまでもない。
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