第47話 近衛の意味

「な、なぜ……?」


 敬語も忘れ、呆然とするマイア。手にした地位が己が手からこぼれ落ちようとしていることに、ようやく気付く。侍女のカッコをさせられている事など比較にならない罰である。


「なぜ? と聞かれてもな。ノブレスオブリージュも理解できぬ者に、騎士の見本たる近衛など任せられる訳もあるまい」


 王太子の近衛が女性だけというのは本来ならありえない。次の王なのだから、現王に付くガードの次ぐらいの実力者でなくてはならないはずだ。

 そうではないというのは、これがリーネット王家のしきたりだからである。


【護られるだけの王妃などいらぬ】


 そういった教訓が王家にはあった。ただし、それを口外することはない。それを見越して、対策を講じられる可能性があるからだ。ただしこの言葉は、かなりマイルドにされている。






 百年ほど昔、何代か前のリーネット王が、『筋肉で筋張った女は可愛くない』とバカな事をのたまい、「フォークやナイフより重いものなど持ったことありません」みたいな、蝶よ花よと育てられたたいそう美しいの公爵令嬢を王妃に迎えた事がかつてあった。


 性格的にマトモであればそれでも良かったのだが、そんなろくな傷もつかずに育った娘がマトモに育つわけもなく、化けの皮は婚姻が成立し割とすぐにはがれることとなる。

 国庫の浪費に始まり、気に入らない侍女イビリ。挙句は献上品の良し悪しで、国の重要なポストを能力のない貴族に割り振る始末。汚職が平然と行われ、マジメなものがバカを見た。王家の目が届きにくい辺境などに至っては、国土の売却まで行われていたほどである。


 ではその時、当時の王は何をしていたのかといえば、なんと王妃に一服盛られ、王妃の意見に頷くだけの傀儡に成り下がっていた。贅沢はともにしていたようだが。

 王妃の一声で怪しい錬金術師が王城に召喚され、良薬を生み出す過程で禁止指定された薬物を、なんと王城で錬成し始めたのだ。その麻薬と呼ぶべきものは、城で仕事をする者に「元気になる薬」として配られた。確かにそのような効果はあったのだが、問題は依存性にあった。

 この出来事が、薬師に免許が必要という風潮のきっかけとなる。


 飲むのをやめると落ち着きがなくなり、仕事が手に付かない。そのような状態になってしまった者は、いつの間にか有料になっていた麻薬を、こぞって買い求めることになる。マトモな判断が出来なくなった官僚達は、仕事もおざなりになることも必然と言えよう。


 そうして成された財は、王妃の元へと集まり、麻薬の原資と王妃の浪費へと、再びサイクルに取り込まれていった。


 もはや国の体裁も取れなくなりつつあったが、王家の血を引くものが唯一人という訳もなく、政治的なパイプの構築のために、諸外国へと嫁に行った王の姉であった「ローザ」という人物が、現王政を打倒する為に立ち上がった。

 というのも、国が荒れに荒れ、難民が大量発生したのだ。その波は近隣諸国へと影響が及ぶようになり、諸国に多大な影響を及ぼし始めたのである。いろんなルートからローザへと圧力がかかり始め、その国家は重い腰を上げざるを得なかった。

 なんとかしたら統治は任せると、なんとか言質をとったやり手だった時の王家は、リーネット内の憂国の士と呼応し、疲弊したリーネットを取り戻す事に成功。領土を統一し、すでに売られてしまった領地はどうすることもできなかったが、なんとか治安回復までこぎつけたのである。


 当然王と王妃は公衆の面前で、縛り首も生温いと、乾燥すると徐々に縮む植物で首を軽く締め、放置された。雨が降れば緩むが晴れの日が続けば再び首が締まり始める。

 石を投げ続けられ、糞尿も放置され続けた二人は、内心で早く殺してくれと願いながら、結局飢えで死ぬという、贅沢三昧で民を苦しめた二人にふさわしい、因果応報な死に方をした。媚びて甘い汁をすすっていた者達は、一族郎党皆殺し。極端に人数が減り、滞ったところにローザの国以外からの支援の打診があったが、これを拒絶。ローザの嫁いだ王国より、優秀だが椅子がなかった者たちによって、なんとか大きくなった国に手が行き渡るようになったのだ。


 こういった事柄を経て、王家には「痛みを知る事の大切さ」というものを重要視する風潮が生まれた。具体的には王妃にある程度の強さを求めた。専用の騎士団を用意し、その中で王妃教育に加え、剣を持つことを要求した。イチャモンをつけられないように、伯爵位以上の娘で、その気があるものに門戸を開いた。それを勝ち抜いたのが、三美姫というわけだったのだが……


(あの出来事からたった百年程度で、もうこのような者が蔓延るようになるのか……)


 時代が流れ、世代は4〜5世代くらいは変わっているが、もう教訓は廃れてしまったのだなと悲しい気持ちになるグレン。眼の前でやいのやいのと言い訳をするマイアを冷めた目で見つめる。


 王太子の近衛とは、嫁候補であり、常に見られている。ノブレスオブリージュに相応しい行動が取れるかどうか。いざという時に体を張れるかどうか。国賊より国を取り戻したローザを手本としたいわば試験である。知らないはずはないのだが、都合のいいように解釈していたのだろうなと、グレンはあたりをつけた。


「―――ですから!」

「ならばお主が、盾になればよかったであろうが」

「えっ?」

「何を不思議そうな顔をしておる。民を守るために体を張ることなど当然であろうが。あぁ、そういった意味ではアイリーンもミランダも同罪であるぞ」

「「はっ」」


 さも当然と頭を下げる二人。表情は見えないが、この場では頭を下げるのが正しいということがわかっていたようである。歯を食いしばり、二人を睨みつけるマイアだが、視線が合っていないため、それが通用することはない。

 面倒になったグレンはとっとと最後通告を下す。


「とにかくだ。もうお主に機会は与えられん。婚約者候補からははずさせてもらうぞ。セバス、連れて行け。マイア=ダヴェンポート。今後、お主がこの区域に入ることまかりならん。これは決定事項だ。コンラッドにも後ほど通達しておく」


 話は終わりだとグレンはマイアから目をそらす。「お待ち下さい!」と執事に引きずられながらも縋るように手をのばすが、その手が掴めるものなど何もあるはずがなかった。

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