第46話 解任

「我が娘、レムリアを救ってほしい」


 食事後に連れてこられた王族専用サロンで、アカツキはグレン王からこのように助けを乞われ、どうしていいか分からなかった。






 アカツキが目を覚ましたあとに連れて行かれたのは、部屋の中央に長い会食用のテーブルが存在感を醸し出す部屋。いわゆる食堂だった。しかも王族の方々も使用する。そんな場所で、両脇にズラリと並ぶ使用人に見られる中で食事は、開始された。


「ほう。今日はいい肉が入ったのだな」

「左様でございます、陛下。ロス卿より、雌の仔牛を幾頭か献上いただきました。最高級品だそうでございますよ」


 いかにも遣り手そうな執事風の壮年の男性が、ワインを注ぎながら穏やかに会話をつなぐ。


「あら、そうなの? 良かったわねぇ、アカツキクン。いいタイミングに目が覚めて」

「ははは……ソウデスネ」

「おいおい、ソフィー。アカツキ君が困っているじゃないか。なぁ?」

「いえっ! 滅相もございません!」


 国王と王妃、並びに王太子にその双子の妹たち。王太子のデュークはともかく、人生で会うことのない天上人のフレンドリィすぎる応対に、アカツキの方は全く気が休まらない。ロス卿とやらの最高級品の仔牛の肉の味などちっとも分からなかった。ただしそれはアカツキだけではなかったようで……


「家に帰りたい……」


 人の良さを発揮してアカツキの見舞いに来たばかりに、王族との夕餉に巻き込まれてしまったデイモンも、仔牛の味はあまり堪能できなかったようだ。


 時折振られてくる会話に、しどろもどろになりながらも、失礼がないようにと細心の注意を払いながら、なんとか食事を終えることができたアカツキ……とデイモン。殴られたり蹴られたりしたわけではないが、気分はすでにグロッキー状態である。


 こういった場では、一番立場が上のものが、解散の音頭を取るもの。なのでグレンが発言しなければ解散とはならない。何となく場がだらけてきたので、早く終わらないかなとアカツキが思っていると、


「ではこれで今日の夕食は終わろう。あまり夜ふかししないようにな」


 サクッと終わりを告げたグレン。アカツキはこういった偉い人(アカツキにとっては村長)は話がすぐに脱線するので、なかなか終わらないんだろうなと思っていたのだが、いい意味で裏切られた。


 グレンの宣言にサッサと出ていったのは双子姫。二人は全く口を開かなかった。というか無表情で終始機嫌が悪そうだった。双子姫の印象を思い浮かべながら、出ていくのものも順番があるのかなとアカツキが思っていると、


「私達もお暇しよう」

「順番とかないんですか?」


 不思議そうにアカツキを見るデイモンだが、合点がいったのかちゃんと説明してくれた。


「陛下たちは話があるようだし、他に目上の人はいないと言っていい。この場で次の立場といえば私だしな。一緒に出れば問題ないよ」


 じゃあお言葉に甘えてと、デイモンの後ろについてテクテクと食堂を後にしようとすると……


「アカツキ君。これから少しいいかな? デイモンも」


 ようやく終わりを迎えたと思いきや、王からの無慈悲な一言。いいわけあるかと思っても、口に出すことは絶対に許されない。


「だ、大丈夫でし!」


 まあ、噛むことくらいは許されよう。






 アカツキたちがさらに連行されていった先は、これまた王族が寛ぐサロン。アカツキは当然サロンという言葉すら知らない。

 部屋に戻ったのかと思いきや、こんなところで再会した双子姫。どちらも無表情でアカツキに向かってひらひらと手を振ってきている。機嫌が悪かったのではなく、普段がそうなんだろうとアカツキは推察した。

 軽く頭を下げると、グレンは座ることを勧めてくる。


「まあかけたまえ。デイモンも」

「……失礼します」

「……します」


 完全にデイモンは巻き込まれた形だが、ことここに及んで知らん顔もできない。しぶしぶという態度をなるたけ出さないようにして、デイモンもソファに座った。あわれ。


 部屋の真ん中にある応接セットにアカツキとデイモンが並んで座り、対面にグレン、デューク、そして王妃ソフィアが座った。デイモンは座ることを虚辞したのだが、グレンの「まあ、いいから」の一言で封殺。並んで座るハメになってしまった。

 双子姫は遠く離れたバーカウンターに。デュークのお付きの三人はそのままデュークの後ろに立つ。そんな中、先程のできる雰囲気の執事が、湯気ののぼるカップを五人の前にセッティング。こうして瞬く間に、会談の準備は整ってしまった。


「さて、まずは先に言っておきたい」


 開口一番、グレンがこんなことを言いだした。


「息子を助けてくれてありがとう」


 座ったままだが、すっと頭を下げるグレン。王妃ソフィア、デューク、ミランダ、アイリーン、執事。そしていつの間にか双子姫も立ち上がって頭を下げていた。


 それを見て、固まるアカツキとデイモン。二人共、眼の前の異常な光景に言葉が出ない。


 固まった空気を動かしたのは、王族側で唯一人頭を下げていない人物だった。


「何をなさいますか、陛下! 平民ごときに頭を下げるなどあってはなりません!」


 唯一人頭を下げなかったマイアが、グレンたちにくってかかる。配下としては正しい態度だ。だがここは王族たちの憩いの間であり、いまの彼等は、王族という身分を取っ払った状態なのである。

 一家族として結果的にではあるものの、息子を助けてくれた人物に対し、頭を下げるという行為は、大変好ましいものだ。ただそれを行っているのが、王族というのが人によっては受け入れられないというだけで。


 この場でその心意気を受け入れられない人物の筆頭というのが、 マイア=ダヴェンポートという人物だったというだけの話で。


「マイア」


 気でも違ったかのように捲し立てるマイアをたった一言で遮ったのは、この国の頂点にたつ男だった。


「……」


 一気に正気に戻されたのか、カタカタ震えるマイア。事ここにおよび、ようやく自分が間違えたことに気がついたのか、助けを求めてデュークの方を見るも、こちらからも好意的な雰囲気は微塵も感じられない。


 四面楚歌となったマイアに、グレンから一番告げられたくない言葉が紡がれる。


「マイア。そなたのデュークの近衛の任を解く。おってしかるべき通告をするゆえ、この場から立ち去るがよい」


 無慈悲に告げられた言葉は、マイアにとって死刑宣告にも等しいものだった。

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