第45話 見舞いの席
「そうですか……勇者たちが」
「そうなんだよ。もう一人の娘も紹介しようと思ったんだが、慌ただしくてね。ウチに帰ってこなかったんだよ……」
「いえ、お顔は拝見させていただいていますから」
「そう言えば、君はフィオナ殿の婚約者だったか。ならその時に」
「そうですね……もしちゃんと起きていたら会えていたんでしょうか……」
村で一度会っただけだが、強烈な印象を残したロクサーヌを、アカツキははっきりと覚えていた。少年や難民たちの劣情を煽る、あのビキニアーマーのせいだ。あれはいったいどういった経緯でお宅にあったのですかと聞きたかったが、何だか気を使ってここまで来てくれたデイモンに、それを聞くのは憚られた。そのくらいの常識はアカツキにだってある。
「まあ、結局うちにも帰ってこなかったし、本来アカツキくんはここにいられる身分ではないからね。会わせてあげられるかはわからなかったよ」
「そうですか……」
万全でも結局は会えなかったということだったと聞いて、ガッカリ……も別にしなかった。”無表情な痴女”という大変失礼な感想を、デイモンの長女に対して持っていたからだ。母親似の美人ではあったが、所詮それだけの話。フィオナという婚約者がいるアカツキにとっては、さほど惹かれる話ではなかった。
デイモンが聞かせてくれた勇者たちの話の中には、模擬戦と激励会の二つが印象に残った。
「……兵士・騎士の連合百人にたった四人で圧勝?」
「あぁ。凄かったぞ。勇者の万能な力に、ウチの娘の目にも止まらぬ斬撃。姫殿下の攻撃魔法に、支援・治癒に特化した君の婚約者。誰も戦ったことはないはずなのに、まるで歴戦の勇士のようだった」
主に娘のロクサーヌの凄さを、アレコレと興奮気味に話している親馬鹿デイモン。それを聞き流しながらアカツキは、普段のフィオナのことを思い出す。
(……アイツ確か血が嫌いだったよな)
小さなころの話だが、アカツキが剄の訓練をしているときに大きな鳥一羽と見苦しく戦ったことがあった。あまり上手に剄が練れなかった時の話で、とにかく泥臭く戦った時に、首が千切れて動脈が裂け、返り血を浴びたことがあったのだ。どうにもならなくて、そのまま鳥を引きずって村まで帰ってきて、迎えに出て来たフィオナに見つかった時、彼女は発狂し、その場で倒れてしまった。
おたおたするアカツキとフィオナの両親は、フィオナが目覚めるのを待つしかなかった。数時間もすれば彼女は目を覚ましたのだが……
フィオナはその時のことを覚えていなかった。
それ以降、ちょっとくらいのかすり傷なら問題なかったが、解体の際に出るような多量の血を妙に嫌うようになったフィオナを見て、アカツキとフィオナの両親は、村長とも相談し、フィオナの前で血というものを見せないように注意を払うようになったのだ。
狩りに出たときにうっかり浴びた返り血も、身近な森の中にあった泉で服と体を清め、びちょびちょのままだがそんななりで村に帰ることもあった。もちろん、獲物の解体も見えないところでやった。
やがて日中は教会でシスターの真似事をするようになり、お出迎えがなくなったことで、水で清めることはしなくなった。だいたい明るいうちに帰ってくることが多かったからだ。
そんな彼女が、騎士たちを相手に奮戦をするなどアカツキには信じられなかったが、デイモンがウソをつく理由もないので本当のことだと認識できた。
(女神の加護、ねぇ……)
まるで別人に作り変えてしまったような力のことを、アカツキはあまり気に入らなかった。
そして激励会のほうといえば。
フィオナが好きものの貴族に言い寄られたといった話を聞かされた。
「従者たちの中で、一番言うことを聞かせられそうな娘さんだと思われたんだろうね。何せ後ろ盾が一つもない」
「まぁ……ただの村娘ですからね」
王女、騎士の娘、村人。権力を持った者が、一番手を出しやすいのは誰かと言われれば、誰でも村人ということになるだろう。
「普通の考え方だと、そんなことをすれば従えている王の恥となってしまうから、うかつなことをするのはあまりいないんだが……」
「ある程度はいる、ということですか?」
「……申し訳ないんだがね。特権階級でいる自分は、いくらでも湧き出る平民に何をしてもいいという考えを持っている者も一定数いるんだよ」
アカツキは横柄な貴族らしき人物を三人知っていた。王都に入る時に見た『ハーマン=デ・ヴァールト子爵』、薬師試験の試験官『オスニエル=デ・ヴァールト』、そして勇者『ルシード=アリソン』の三名。非常にいけ好かない連中である。
そのいけ好かない連中の内の一人が、フィオナに言い寄ったと聞かされ、アカツキはどうにもできないことに歯がゆい思いをする。身分や立場といったものは、ただの村人であるアカツキにはどうすることもできないことだ。幸い、デュークが割って入り、事なきを得たということだが。
「そうですか……殿下が」
「あぁ……ところで、殿下とどんなふうに知り合った……」
「おや。お目覚めかな?」
「あ、殿下……」
「これは殿下っ!」
寝たまま顔だけ向けたアカツキと、立ち上がり敬礼をするデイモン。「まあまあ」と手を上げ、デイモンを楽にさせると、アカツキに声を掛けた。勿論お付きの二人もそのまま追随し、マイアもしれっと合流した。
アカツキの側までデュークがやってくると、にこやかに話しかけてくる。
「どうだい? 具合は。あれからすぐにまた眠ったと聞いて、またしばらく寝っぱなしかなとも思ったんだけど、思いのほか早かったね」
「どのくらい寝てましたか?」
「二、三時間といったところかな。もうすぐ夕飯の時間だよ」
その言葉がきっかけだったのか、「ぐぅぅぅぅぅぅ」と腹が鳴るアカツキ。衆人環視の中、意図しなかった音が勝手に出て、少々恥ずかしい思いをする。
「あっはっは。いいね。体が健全な証拠だよ。積もる話もあるだろう。君にもこちらにもね。夕食を一緒しようか。デイモン、君も来なさい」
陽気に夕餉に誘うデューク。三人娘に異論はないのか、いや、一人だけ明らかに不満そうにしている者もいるが口には出さない。デイモンは王族との会食の機会を予期せず得たことに、明らかにうろたえているが、否は許されない。
アカツキはデュークの馴れ馴れしさに少し慣れてきたのか、世間的に突拍子もない話にも拘らず、体が動くかどうかを気にしていた。動けば参加するつもりらしい。
(両手……動くな。両足も……問題なし)
むくりと起き上がると、寝たきりが長すぎたのか体中の血が不自然に偏っており、頭がくらりとした。
「あっ」
そこへ手を差し伸べ支えてくれたのは、アイリーン。うっかりデュークの前に出てアカツキを支えてしまった。ちらりとデュークのほうを見れば、ニヤニヤしている。明らかに面白がっている顔だ。不敬にならずに済んだようだと心の中でホッとして、アカツキと向き合う。顔と顔の距離が非常に近い。
「だ、大丈夫?」
「あ、あぁ。平気です。すみません。ありがとうございます」
ちょっとだけ顔が赤くなっている自覚があるアイリーン。そして、女性とのかかわりはいくつかあるものの、男女の関係ともなればウブいアカツキは、洗練された美しさととても良いにおいで、ただでさえクラクラしているのに、余計にそうなってしまう。
「「……」」
「それでは、ご案内します」
「「はっ」」
至近距離でカチコチになった二人を正気に戻すかのように、ミランダは案内をかって出る。その言葉にアカツキとアイリーンはパッと離れた。二人の顔は赤いままだ。アカツキは自分の荷物が、ベッドわきに置かれていることに気付き、薬の入ったポーチだけ身に付けた。装備類はそのままにしておく。
「青春だねぇ」
「殿下はそろそろ婚約者をお決めになられる時期ですよ。何、他人事みたいに言ってるんですか」
「……僕も惚れた女性と一緒になりたいねぇ」
「たぶん無理ですよ」
「……」
デュークとミランダはまるで夫婦のような掛け合いをしながら、部屋を出て行く。次にアカツキ、アイリーン。そしてデイモンと続く。
そして最後に残ったのは、侍女服を着たマイア。
「……殿下の婚約者になるのは……」
爪を噛み、ほの暗い表情を浮かべる似非侍女の言葉を聞いたものは、件の本人以外誰も知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます