番外その7 四者会談2
デュークは、資源ダンジョンで起こったことと、激励会でのアイリーンとフィオナの会話をセットとして、ここで報告した。
「……ナーガとナーギィのセットを、拳一発でふきとばしたぁ!?」
「王子よ。それは真の話か?」
「えぇ……私も両の眼でしっかりと目撃しましたし、なんだったら『隻腕』殿にも聞いていただいたらいいかと」
デュークは、アカツキ救出に共に向かったアレジやラリーたちに確認してくれてもいいと告げる。アレジのことを隻腕と言ったが、この場にその異名の主を知らない者は居ない。
しかしグレンは二つ、腑に落ちないことがあった。
「ずっとアレジ殿は城にいたのか? 俺はそんな報告受けてないが」
「アカツキの付き添いだから、黙っておいてくれと。『S』の冒険者が、無許可で城をうろつかれると困るといったのですが、『知らん』と言われまして。一応激励パーティに参加してほしいと打診はしたのですが……『めんどい』の一言で終了です。その時間は、城下町の酒場でお酒を嗜んでいたようですよ」
「……めっちゃ言いそう」
「実際言ってましたし」
音も立てずに茶を飲むデューク。さすがに王室育ちとあって、飲み方もお上品だ。小指もしっかり立っている。
「困ったお人じゃのう。『S』ランクの冒険者とは、ホントにとっつきにくい御仁ばかりじゃて」
「偏見も入ってるだろうが、冒険者というのは型にはまるのを嫌うものが多いらしいからな。実力的には近衛に匹敵するかそれ以上なのだろうが、自由意思を尊重しすぎていて組織には入れられんだろう」
苦笑気味のゲーアノートの感想に相槌を入れる、これまた苦笑気味のグレンの言うとおり、偏見も何もその通りである。食うに困ってという場合もあるだろうが、だいたいそんな動機で始めた者は、長生きできないか良くて中級ランクにおさまる。自由に生きたくて、なおかつ他人が持たない何かを持っている者が、届きうる領域と言われるのがSランクというのが通説である。少なくとも現在存在する七人は、おおよそそういった傾向がある。
一つ目はここにアレジがいたのかという疑問。ではもう一つはということで、どうしてアレジがアカツキのことを助けに行ったのかという疑問。グレンはそれを口にした。帰ってきた答えは……
「アレジ殿は、アカツキくんの顧客だったそうですよ。というかアカツキくんの父上は、Sランク七人全員の薬類を扱っていたそうで」
「「「なんと……」」」
天衣無縫を地で行くSランク冒険者たち全てが利用する薬師。その息子がアカツキだという事実が明らかになり、護衛を含めた全員が、音を立てることも憚られるほどの静けさに部屋が支配された。
ややあって、宰相シャーリーが口を開く。
「デューク様。それは本当の話か?」
「え? そりゃあ、本人から聞いた話ですし」
「……」
「? どうした、シャーリー。何かあるのか?」
口に手を当て考え込んでしまったシャーリーに、水を向けるグレン。話は聞こえていたのか、返事はすぐに返ってきた。
「いや……そんな話どこにも報告書に書いて無くて……」
「そりゃあ……地方の村人にSランクの冒険者の凄さとかわからんだろ。わざわざ挨拶して回るとも思えんしな」
アレジという冒険者が、リリューを訪れているという話が聞けても、どういう冒険者かという話は村人から聞けることはないだろう。絶体絶命の危機にでも瀕さない限り。実際調査に行った者は、『フィオナとはどういう人物か?』と言った調査をしただけで、せいぜい辿れるとしても『いい人が薬師でその名をアカツキと言う』と言った程度のものである。
「……そういやアイリーンも変なこと言ってましたね。『アカツキくんがへたれ』ってフィオナ殿が言ってたと」
話しこんだアイリーンは、アカツキのこともフィオナから聞いていたのだが、フィオナのアカツキの印象は「朝が弱い、ケンカしない、部屋が汚い」といった、おおよそ強さとは無関係の話ばかり。こんな人ではないのかと、そろっと探りを入れると
「アカツキって人は、村の外にはたくさんいるんですね」
と、自分の婚約者だとは全く結びつかない様子。アイリーンもあまりの自然さに「そうなのかな」と思うほどに自然で、どうあっても自分を助けてくれた勇ましさを持つ、人物とは別の存在ではないかと、デュークは報告を受けていた。
「えらくちぐはぐな少年じゃのう。おぉ、そうじゃった。わしもアカツキとやらに付いての話があるんじゃが……」
「ゲーアノートも? ……なんなんだ、そのアカツキくんという子は」
勇者の従者、王太子、王国最高と言われる薬剤錬金術師、全てがとある村の薬師の少年のことを気にかけているという異常な状態に、首を傾げるグレン。心中、本当に別人じゃないのかと思い始めている。グレンは今度はゲーアノートに水を向けた。
「それで?」
「うむ。そのアカツキとやらだが、どうも今年の国家薬師の試験を受けに来たらしいのじゃ」
「ほぅ……して、結果は?」
「落第じゃ」
「……大したことないのか?」
「いや、ちがうの。レビンが言うには、錬成陣を使わずに回復薬を作ったそうでな」
「じゃの?」と視線が一気に、ゲーアノートの後ろで鼻をほじっていたレビンに瞬時に集まる。小指を突っ込んだ状態で固まるレビン。あきれるエドを尻目に、ゆ~っくりと姿勢を元に戻すと、
「はっ! 丸薬を二つ作っていたであります!」
「「「「……」」」」
「それがこれじゃな」
白けた目でレビンを見る一同。勢いで押し切ろうとしたレビンの試みは失敗したもよう。敬礼しながら決して目線を合わさず、プルプルしているレビン。レビンのフォローも一切せずに、ゲーアノートは来ているローブの懐から、ハンカチに包んだ丸薬を一つ取り出した。
「これがアカツキが作ったという回復薬じゃ」
「……手にしても平気か?」
「問題ない。毒なんぞではないからの」
おっかなびっくり丸薬を手にするグレン王。角度を変えて覗きこんだり、匂いを嗅いだりと薬にいくつかアプローチをする。
「……動物のう○こみたいだな。なんだか飲めそうな気がせん」
「……見た目はあれだがの。これは失われた薬術である『煉丹術』というもので生み出されたものである可能性が高い」
「煉丹術……ですか?」
「うむ」
「今の薬剤錬金術とは違うのか?」
疑問を口にするデュークとグレン。口にはしないが知りたそうな顔をするシャーリー。それに対して「書物によれば」と確かなことではないという断りを入れて、ゲーアノートは返答をする。
「煉丹術というのは元々純粋な人種なら、鍛錬次第で誰でも修めることができる者じゃった。ただ、今の人類ではほぼ修めることは不可能なのじゃ」
「……それはなぜだ?」
「かつて行われた『亜人融合政策』のためじゃな」
魔術、錬金術といったものは、本来妖精種と呼ばれる者たちの専売特許であったということ。ルティーヤーと呼ばれる天災種によって、すぐに力が欲しい人種がその政策により生み出した『ハーフ』と呼ばれるものが、今の人類種のほとんどすべてを占めているために、純粋な人種ははっきりわかっているだけでは、リーネットの王族を含む、諸国の王の血統しか残されていないこと。そして……
「煉丹術は修めるために、かなりの時間を要するのじゃ」
『剄』と呼ばれる人種本来の力を、完全に体になじませるために、完全開放まで早くて十年近い年月を有することなど、ゲーアノートは知りうることをすべてこの場で明らかにした。
「もちろん、細部は違うのかもしれん。知ってて当たり前のことをわざわざ書くとも思えんし、実際はもっと複雑な話じゃろう。ようは、そのような力を―――」
「―――アカツキくんは使えるというわけですか」
「聞いた限りじゃがの。直接本人に聞ければよいのじゃが……」
ちらりとデュークのほうを見るゲーアノート。
「……まだ目を覚ます気配はありません。アカツキくんをケガさせて囮にさせたマイアに、罰としてアカツキくんの侍女のマネをさせていますから、目を覚ませば連絡は入るようにしてあります。しかし、今のところ連絡はありません」
そう言えば、先ほど何やらそのようなことを言っていたなと思いだしたグレンだが、かったるくなったのか気になったことをスルーした。
「うむ。ついでと言っては何だが……」
「まだ何かあるのか、ゲーアノート」
だんだんめんどくさくなってきたのか、雑な対応になって来ているグレン。それを見たゲーアノートは凄く悪い顔をした。
「……なんだよ、その顔」
「そのようなことを言ってよいのか?」
「ケヒヒ」とか言いそうなイイ笑顔で、グレンを挑発するゲーアノート。仕方がないと、しっかりと向き合い顎で先を促すグレン。
「レムリア殿下の病気を治せる可能性がその小僧にはある」
「なんだとォっ!!」
ガタァン! とテーブルに足をぶつけながら、立ち上がるグレン。どうもテーブルの角が脛に当たったようで、「ぐぉぉ……」と言いながら、足を押さえてこらえる。
「本当かい?」
「ホントですか? 翁」
シャーリーとデュークも口々に尋ねる。
「まだ小僧が煉丹術を使えるのかどうかが分からんでな、可能性の段階じゃが。煉丹術を使えるというのであれば……」
「……あれば?」
応接室一同、ゴクリとつばをのむ。かつてからの懸念であった、第一王女の病。現在、デ・ヴァールトの息子オスニエルが治療に当たっているが、快方に向かう様子は微塵もない。ほぼ絶望のその中での朗報である。
ポツリとデュークはつぶやいた。
「これもけがの功名というのだろうか」
マイアがアカツキをケガさせなければ、アカツキがここまで王族に知れ渡ることはなかっただろう。そもそもナーガと対峙することもおそらくなかったわけであり、そうすると、普通に物別れであった可能性が非常に高かった。こちら陣営としては非常にうれしいたなぼたな展開ではあるのだが……
「あちらがこちらをどう思うかだよねぇ……」
おそらくは、印象最悪。しかし……
(この場で言えるわけないなぁ……)
ドンチャカドンチャカとシャーリーの手を取り小躍りするグレン。付き合わされるシャーリーは、顔は迷惑そうだが、目はそれほどでもないと主張している。
水を差すのもどうかと思うが、この後どうしようかと悩むデュークであった。
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