番外その6 四者会談1

 ―――コンコンコン


 バルコニーへ出られる部屋の扉がノックされた。王の近衛が、扉へと近づき誰、何を確認する。


「陛下。シャーリー様が来られています」

「通せ」

「ハッ」


 近衛は扉を開き、「どうぞ」と言葉少なに、宰相シャーリーを部屋へと入れる。その後ろからもう一人……側付きを含め計三人もしれっと一緒に入ろうとする。シャーリーは内心驚いたが、顔には出さずそのままスルーした。

 しかし、シャーリーが入ってすぐに、後発隊に近衛が立ちはだかる。顔をしかめ、便乗しようとした者は、言葉を発さずに非難を近衛に向けた。


「申し訳ありません、ゲーアノート様。こちらに入られるのは、シャーリー様のみです」

「良いではないか。わしも陛下に用があってな」

「困ります」

「堅いのう……」


 やれやれと言った態度を隠さずに、ため息を一つつくゲーアノート。中からもそれが見えたのかグレンは、近衛に許可を出した。


「かまわんよ。ゲーアノートたちも通せ」

「御意」


 グレンの許可が下りたので、近衛はあっさりと再び扉を開け放ち、ゲーアノート達を迎え入れるグレン。なお残りの二人はゲーアノートの護衛、レビンとエドアルドである。


 グレンはシャーリーとゲーアノートを、バルコニーのある部屋の応接テーブルへと案内し、デュークを含めた四人は、テーブルに備え付けてあるソファへと腰を下ろす。レビンたちを含めた近衛たちは、テーブルを付かず離れずの距離でしっかりと囲んだ。間をおかずに侍女が部屋へと現れ、飲み物を四人分用意すると、するりといなくなった。なかなかの仕事ぶりである。


「陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう……」

「あー、いい、いい。お前からそんな言葉聞いたら鳥肌立つわ」

「……一応近衛たちもいるからちゃんとしようと思うのですが」

「今更だろうが。猫かぶってるお前しか知らんわけじゃなし、普通に話せ。ちょっと疲れてんだよ、いろいろありすぎて」


 ソファに完全にもたれかかり首をぐたりと力なく後ろにそらすと、「あー……」とおっさん臭いうめき声を出すグレン。苦笑したシャーリーは、今までの堅苦しい言葉遣いをやめ、女性としてはやや乱暴な口調で話しだした。


「調査報告が先ほど上がってきた。フィオナ殿の素行調査だな。シャロン様やロクサーヌと違って完全に情報がない娘だったから、わざわざリリューまで行ってこさせたんだが……」


 言いよどむシャーリーに、何やら不穏なものを感じたのか、だらしない姿勢だったグレンはちゃんと座り直し、茶で口を湿らせた。


「何か問題でも?」

「いいや、まったく」

「……だったら何なんだ、その思わせぶりな態度は?」

「なにも

「あぁ?」


 ちょっとガラが悪くなっているグレンだが、気の置けない連中を相手にしているときはこんなものだ。息子相手ですら、皮一枚かぶっているような感じの態度を取る。そんな素が出ているグレンが、シャーリーに続きを促す。


「本当に普通の娘だ。生まれも育ちもリリュー。村の外に出ることもなく、村の中だけですべてが完結する。そんなありふれた村人だった。良い仲の男が幼馴染にいるようだが、そんなのはどこの村でもあたりまえだからな。特筆すべき点はない。一応日中は教会の手伝いをしているようで、見習いシスターといった感じだ。性格は、世話焼きで面倒見がよく、誰にも明るく接するはつらつとした娘さんという評価だ」


 一気に言ってしまったシャーリーだが、それが全てだった。眠っている力があるから一緒に来てほしいとルシードに言われ、一悶着あって二日後に村を出てここへとやって来たというわけだ。


「本当に訳が分からんな」


 ほぼほぼ性犯罪者のルシード、ポンコツ騎士ロクサーヌ、真正村人フィオナ。魔術師の素質があったシャロンは、別枠といってもいいだろう。ルシード以外は加護もそれなりに生活に沿ったものとなっている。


 ロクサーヌは”神剣の加護”と呼ばれるものを授かり、速度に特化した剣捌きを可能としていた。一方で防御に不安があるというデメリットを兼ね備えた、加護という割にやや不完全な面を持ったものとなっている。


 シャロンは”魔導の加護”というものを授かった。完全に攻撃に特化したものとなり、自然界に存在するあらゆるものを術として行使できる。ただし、こちらもデメリットが存在し、回復・支援・補助といった、間接的な術は完全に封殺され、今まで学んできた魔術も使えなくなってしまっていた。


 フィオナは”治癒の加護”というもの。こちらはシャロンとは逆で攻撃手段が一切存在しない。聖女っぽい加護なので光系統の術が使えそうなのではあるが、実際には目くらましぐらいのもので、補助的な役割を担うことになる。どうしてもというのであれば、自らの手で殴りつけるくらいしか手段はない。名前の通り治癒系は完璧であり、聖女ジャンヌの加護に匹敵した。損失した四肢を条件付きで復元できるといった、大それたことも可能となる。


 そして勇者ルシードは、従者の能力をほとんど使用可能といった破格のもの。ロクサーヌにスピードは一歩譲るものの、ロクサーヌにはない防御の力が備わる。

 地形を歪めるほどのシャロンの最大級の術は使えないが、ワンランク下のものは全て使用可能だ。

 流石に四肢紛失を直すことはできないが、腹を斬られ内臓がはみ出る程度のケガならば、死なない限り治せる。


 なにより、それを可能とする、


索引インデックス・ファイルと言ったか……」


 今まで自分の引きだしにない力を授かり、戸惑う本人たちだが、この索引が彼らの力を引き出すことに成功している。


「城の兵士や騎士ではまるで相手にならんかったからなぁ……」

「鍛錬の時間いらなかったしな。相手が人間じゃないから余計に」

「んで、とっとと出発させたってわけだな」

「ルシードを置いとくと、城の娘たちがほとんど手つきになってしまう。有志を募ってキャラバンに付いて行かせた連中なら、何があっても文句は言うまいし、言わせん」

「……絶対いちゃもん付けてくるやついるぞ」

「そん時は王権で首をはねろ。ついでに一族郎党皆殺しだ。一人目にそれをやれば、後続は出てこんだろ」

「……相変わらず物騒だな、お前。すぐに首、首って」


 にたりと笑い、淑女らしからぬ顔をするシャーリー。あきれた顔でグレンはつい余計なことを言ってしまった。


「そんなだから、四十路になっても独りモンなんだよ」

「あ゛ぁ゛?」

「……すまん」


「やべぇ……」と地雷を踏んだグレンは、話題転換を試みるべく今までの会話を思い出す。そして、


「そういや、フィオナ殿のことな!」

「あ゛!?」

「いや、さっき言ってたろ? 村にいい人がいるって」

「なんだ、てめぇ。それは何か? あたしに対するあてつけか? おぉ?」

「ば、バカ、違う違う」

「じゃあなんだってんだ? 適当コイたら、つるし上げんぞ」


 他人の色恋沙汰というもっともしてはいけない話題の一つを振り、更にミスを重ねたグレン。自国の王を吊るすという不敬ともいうべき発言に、顔色を変える者はこの場にはいない。こんな物、日常茶飯だからである。


「だから最後まで聞けって」

「……」


 今にも掴みかかってきそうなほどに気がたっていたシャーリーだが、どうやら聞く気になった様子。聞いている周りは楽しめているが、当の本人にはたまったものではない。

 とにかく、蒸し返される前に話を進めるグレン。


「村にいい人置きっぱなしなんだろ? いつ帰ってくるか分からないのに、その辺のフォローってどうなってんのかなって」

「あぁ……確かにな」


 女神の依頼にどのくらいの年月がかかるか分からない。もしかしたら死ぬかもしれない。いくら女神の神託だからといって、関係者に何のフォローもしないというのは、王にとってちょっとありえない話だった。


「村を出る前に、口約束だが婚約を交わしているようでな。その相手の名は『アカツキ』。幼馴染の隣人だったそうだ」

「ほぅ」

「まぁ、良くある話だな」


 村の生産人口を維持する為、村の中で婚姻関係をまとめていくというのは当たり前の話だ。


「ちょい待ち」

「ちょっといいですか?」

「なんだ? お前たち何かあるのか?」


 同時に口を挟んだ、デュークとゲーアノート。グレンに先を促され、お互いに「どうぞどうぞ」とやっている。埒が明かなくなったのか、グレンが名指しした。


「デュークから先に言え」

「……では。おそらくですが、そのアカツキと言う少年。今、城にいます」


「「はぁ!?」」


 先を促され、口を開いたデュークの発言が突拍子もなかったのか、グレンとシャーリーは同時に驚いた。


「ほぅ……では王子を助けたという?」

「あぁ、ご存知でしたか。正確には、囮に使った挙句ノコノコ舞い戻って連れ帰ったというのが真相ですが」


「いやぁ」とばかりに後ろ頭をかくデューク。


 テーブルを挟んで、行われている国の偉いさんによる四者会談は、さらに続く……


 ―――――――――――――――――――――


 全然進まん……堪忍やぁ……

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