番外その5 索引《インデックスファイル》

「……行ったか」

「えぇ……あのクソ勇者。言い寄ってきた令嬢全部食っちまいましたね……なんだあの性欲の強さは……ありえません……てか、勇者と縁をつないでおきたいって理由だけで、娘をそそのかす親の気持ちが理解できません」

「……お前はもうちょっと帝王学というものを学んだ方がいいぞ」


 護衛が常にいるものの、グレンとデュークの間に流れる空気は、紛れもなく親子で家族のもの。デュークの『私』という一人称も余所行きの物で、近衛の三人娘の前ですらそれを使っている。品行方正な王子を演じるのも大変だ。口調は丁寧だが、言ってる内容のガラは悪い。


「父上だって、過ちは一回だけだったでしょ? おかげで魔術の素養があるシャロンが生まれたんだけど。今回の件が無けりゃ、シャロンは可哀そうなことになるとこだったでしょうが」

「まあ、な……」


『過ち』というのが何かというのは、まあ国王とはいえ健全な男性であり、好みの女性のタイプというのがあるが故のものだということだ。なので、の存在であるシャロンが誕生した。どういったドラマがあったかというのは今回は割愛する。


「一応、サポートキャラバンにアイツのシモの世話係を付いて行かせたが……」

「正直、追加人員が必要なのではないかと愚考します」

「愚考などせんでもわかるわ」


 何せ勇者ルシードは性欲が強い。下手に従者に手を出され、女神の指令に支障でも出ようものなら、何が起こるか分からない。なので、ルシードの夜の生活を支える人員を、城に勤める者の中から集ったのだが、これがまた。


「結構な数、集まったな」

「理解不能です」

「いや分かるだろ」


 先の読める立場の者は、決してルシードに娘や姪を近づけさせなかった。募集に応じたのは、繋がりを作って『勇者』という後ろ盾が欲しい者がほとんどだ。上級貴族は今のままでも十分であるため、さほどその縁を欲しがったりはしなかった。むしろ、普段のルシードの素行の悪さを知っていたため、デメリットの方が上回ったのだ。


 繋がりを欲しがったのは、子爵や男爵といった下級貴族であり、お手付きになれば、『勇者の親類』として、貴族社会で振る舞えるというを見ているものである。


「……あんな字も読めなくて貴族学校を退学になったやつに、良くあんなに擦り寄れるものですね」

「お前、ちょっと口悪すぎない?」

「あのような輩に、シャロンが付いて行く羽目になるなんて……」

「あの子は、自分の価値を確立させるためと、俺らに気を使って一緒に行くことにしたんだろうが」

「たとえ血が半分しかつながってなかろうと、妹は妹!」


 グッと拳を握り、熱弁するデュークに若干引き気味のグレン。妹は後二人いるのだが、そちらも似たような感じで、ありていに言ってもシスコンがひどすぎる。


 ぶっちゃけ、王国の恥とも呼べるルシードをあちこちへ派遣するのだ。どうしてもブレーキは必要なのだが、ルシードのお手付きにされて、娘の将来を台無しにされることを恐れた上級貴族が、ルシードの従者に名乗りを上げることに二の足を踏んだ。そこへ浮上したのが、シャロンの存在だった。


 完全な王の血統ではなく、半分は高名な魔術師の血統。おまけに未成年で、ルシードの守備範囲外。さらに高等な教育を受けており、母親の魔術の才能をふんだんに引き継いだ逸材。王族に生まれた有能な魔術師に、白羽の矢が立たないわけがなかった。


「あのクソ貴族ども……ウチの妹に何かあったらただじゃおかねぇ……」

「口調が変わってんぞ。近くに誰もいないわけじゃないんだから、隠せ隠せ」

「おっと」


 だいぶ興奮していたのか、かなりヤバい顔つきになっていた王太子。口に手をやり何やらもごもごすると、普段の王子が出て来た。変わり身の早さに王の近衛、そして王子の近衛も何やら心に思うところはあるのだが、それなりの教育を受けているため、黙って無表情を貫く。さすがは騎士のトップ。


「まあ、シャロンは大丈夫だろうが、ロクサーヌと……ええと、名前名前……」

「フィオナ殿ですね」

「おお、そうだった」


 的確に知りたい情報を場に出すデューク。


「ロクサーヌは第三騎士団だろ? あのポンコツ揃いの」

「第一は、身分と実力が伴っている者たちの集団で、第二が実力のみでのし上がった集団。第三は……まあ、身分が良くても実力が伴わない集団ですね。口だけは達者なんですが……」


 リーネットには今デュークが丁寧に説明してくれたように、一から三の騎士団が存在する。その中でも第三といえば、口ばっかりで剣もろくに振れないような連中を押し込めた軍団である。身分は確かであるため、見目が良いものが多く、戦いに関係ない儀礼的な何かをする時にお呼びがかかる、ゴクツブシの集団である。基本庶子が多く、目立てば家の手柄となるため、火遊びがヒットした場合、たいていはここに属することになる。適当に行進が出来ればそれでいいために、能力的なことはあまり必要とされない集団だ。そこにロクサーヌは属していた。


「親父が第二の副団長なものですから、期待はされていたんですがね」

「一生懸命訓練励んでいたと聞くが」

「……あまり身にならなかったようで」

「あ、そう……」


 そんな掃き溜めに属していたロクサーヌが、勇者の従者になるというのだから、グレンたちはわけがわからない。


「兵練場での訓練はどうだったのだ?」

「ウソみたいな動きでしたよ。第一の連中相手に、一対百で勝つぐらいでしたから」

「……第三なんだよな?」

「第三ですよ。パレードなんかでは先陣切れるほどの美人でしたけど」


 そんな彼女が、加護を得て鍛錬に臨めば、ヤバいほどの股間の切れ込み具合のビキニアーマーを身に付け、刃を潰したレイピアで、誰も付いて行けないほどのスピードで斬り込みまくり、瞬く間に百人を斬り伏せてしまったのだ。

 見た目だけが取り柄の第三の女騎士が、プライドと実力がほどほどに釣り合った第一の騎士団相手に無双。第一の釣り合っていたプライドがズタズタにされてしまったのは記憶に新しい。


索引インデックスファイルだったか?」

「そうです。加護の取扱説明書とか言ってましたが」

「真面目に訓練している者をバカにしているような力だな」

「それゆえにルシード程度でも、『勇者』を名乗れるのでしょう」


 ―――索引インデックスファイル


 戦いにまるで向かない者でも、使える術のすべてが記され、雑な体の使い方を自動で最適化するものだ。


 故に、ポンコツ騎士団在団のロクサーヌや、今までただの平民だった、戦いに無縁のフィオナが、災害種などという怪物に立ち向かうことが出来るのだ。もちろん学も碌に無く、貴族としての義務も放棄。剣を交えるなど愚の骨頂と、ただれにただれた生活を送っていたルシードだとしてもだ。

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