勇者その4 フィオナパニック

 アカツキが王城へと運び込まれて数日。リネルルカにある王城のとある広間では、パーティが開かれていた。


 ”勇者パーティ激励会”


 と称され、王国中の貴族と、カリーナ聖教の関係者などが集まり、たった四人を送り出すために、盛大に催されていた。


 そんな中、たった一人で孤軍奮闘する平民の少女。女神の加護を得、”治癒の巫女”を肩書きとしてへばりつけたフィオナは、たわわな部分を強調するようなライトグリーンのドレスを身にまとい、視線を釘付けにする。薄化粧でいつもよりも魅力が増し、派手ではないが素朴な華やかさを演出することに成功した彼女は、押し迫ってくる貴族たちの応対に、ほとほと困り果てていた。


 ―――やれ、ウチの息子がどうたら。

 ―――やれ、わしの妾にうんぬん。

 ―――教祖になりませんか、あれこれ。


 14歳の未成年にすることではないのだろうが、貴族社会では子供のころから結婚相手が決まっていたり、歳の差が親子ほどの縁談もあるとあって、特に何の抵抗もなく、擦り寄ってくる貴族たち。一つおかしな勧誘があったものの、なんとか笑顔でかわそうとするフィオナ。しかし、なまじ権力や財力を持った者は、その断りを本気だととることは意外と少ない。


 平気で肩に手をやったり、腰に手を回したり。平民という身分ということもあるのだろうが、貴族の娘相手であれば阿呆しかやらないようなことを平気でやってくる。それほどに『勇者の巫女』という肩書は絶大であった。そこに『平民』という身分がプラスされると、更に遠慮がなくなる。


 無茶なことを言うわけにもいかず、無体に扱うわけにもいかないフィオナは、キレそうになりながらも、笑顔を崩さずににこやかに対応していたが、さすがに顔が引きつり始める。


 特に、この不摂生の極みといった、この貴族の相手をすることになってからは、何を求められているのかがはっきりとわかってしまい、笑顔をキープするのがそろそろ限界に近くなってきていた。


「ブヒヒ。わしに侍ることを許す」


 ついにフィオナの笑顔鉄面皮が崩れた。口をあけ、唖然とした顔をついに見せたのだ。それほどに今の一言は凶悪な力を内包していた。いくら「ご遠慮したい」と遠回しに断ったところで、視線は歳不相応な谷間からは引きはがせず、胸を見ながら口説いてくるので、はっきり言って気持ち悪い。腰や肩に手を回してくるのは他の貴族と同じだが、どれだけ不摂生を積み上げてきたのか、体臭がキツイ。貴族なのに風呂に入っていないのかと思うほど酸っぱいにおいがするのだ。


 周りに助けを求めようにも、平民であるフィオナに懇意な貴族などいるわけもなく、ルシードは他の女に鼻の下を伸ばし、シャロンは幼くともさすが王族というべきか、方々に挨拶して回っている。ロクサーヌは、神徒となり一目置かれたために、色物として自分を見ていた、騎士団に在籍している貴族と談話中とあり、味方してくれそうな人がいないのだ。


 本来ならば、リリューを治める貴族が割って入ったりするものなのだが、この豚……貴族である『デ・ヴァールト子爵』―――アカツキがリネルルカに入る際、衛兵にビンタをかました豚―――は、国家薬師の中でもそこそこな権力を持っているために、子爵という下から数えたほうがいい身分のわりには、貴族の中での影響力が高い。下手な因縁でも吹っかけられれば、薬を回してもらえなくなる可能性もある。なので、己の領地から出た神徒にもかかわらず、口を挟むことを躊躇させていた。堂々と割って入ればいいのだが、男爵という地位、並びに気弱でひ弱というなんとも言えない三重苦により、自領の領民のピンチを見てみぬふりをするという、ある意味怠慢とも言える態度を取らざるをえなかった。


 このままでは、なし崩しに豚の閨へと連れ込まれてしまうと、誰しもが思っていたが、さすがにそんなのばかりではないのか、その場へと割り込んでくる者がいた。


「その辺にしておきなさい、子爵」

「で、殿下……」


 デュークである。彼は、女神の妙な神託を聞いて、首をひねるもののうちの一人だ。しかし、それをないがしろにすることなどできるはずもない。その神託には必ず何か意味があるはずなのだ。

 後ろに三人娘を引き連れ、堂々と子爵のスケベな下心を邪魔する。


「彼女は、女神さまの神徒だよ? へそを曲げられて、旅に出ないと言われたらどうするんだい?」

「そんなことはっ……」

「ないって言いきれるのかい? こんな世界の危機に関わる話を、たかが一国家の一貴族が、断れないことをいいことに無理矢理夜のお供に誘う? さすがにやりすぎだろう」

「……ぐっ」


 流石に自国の王太子相手に、食って掛かるほどバカではないのか、未練がましい目を向けながらも、逃げるようにその場を去っていく。たった二言三言で論破されるほどの脆弱な動機だ。逃げざまも軽い。

 デ・ヴァールトの去り際を見届けると、デュークは笑顔を貼り付け、フィオナへと向き合う。さすがは王太子といったところか、顔芸はお手の物のようだ。


「すまないね。あの手のバカは、嘆かわしいことにいくらでも湧いてくるんだ」


 キラリと歯を輝かせ、渾身のスマイル。これで大概の女性は、警戒心を和らげるのだが……


「あの、ありがとうございますっ。失礼しますっ」


 フィオナが振り絞るように告げた言葉は、礼と別れの挨拶。目線も合わせず、頭を下げたかと思うと踵を返し、ヒールを履いているとは思えないほどのスピードで、ぴゅーと広間を飛び出していった。後ろでミリンダがアイリーンに耳打ちし、うなずいたアイリーンはそのままフィオナを追った。


 あとに残されたのは近衛二名と、ちょっと言葉でも交わそうとしていた王太子一名。すがるように伸ばされた右手が哀れを誘う。


「……あれっ?」

「驚いている所を申し訳ないですが、彼女はどうもいきなり敬われたり、貴族に言い寄られたりと心がパニックになっているようです」

「……会心のスマイルだったよね」

「抜群でしたわね。こういう場になれている青い血を引く令嬢なら、一撃必殺だったでしょうけれど、もともとただの平民だった彼女に、殿下のスマイルは眩しすぎるでしょう」

「……なんてことだ」

「ある意味彼女が一番扱いが難しいのです。そこらへんちゃんと考えていただかないと」


 王太子の威厳もへったくれもなく、着飾った近衛に注意を受ける王太子デューク。未だ、姿勢は固まったまま、視線はフィオナが出て行った扉を見つめ続けていた。

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