第43話 期待
「おう、じょう……」
「そう、王城」
「……なんでそんなことになってんです?」
ナーガとの激闘を潜り抜け、気を失ったかと思えば、すでに二週間がたち、オマケに王城内で寝ているときた。はっきり言ってわけがわからない。呆然とつぶやくアカツキだったが、今の状況がいかにおかしいかということに、今更気づく。王城内の部屋で我が物顔で出入りできる人などそう多くはない。少なくともただの平民がいる場所ではない。
一応論理立てて考えると、目の前の人物がちょっと高位どころではないんじゃないかと、先ほどとは違う理由で冷や汗が出てくる。それに従っていた彼女たちも、だ。
「あの、えどが「その名前は偽名なんだ。本当はデュークって言うんだよ。できればそちらで呼んでほしい」……デューク、さん」
ちなみにだが、村に住んでいるような人間で、王家の人間の名を知っている人は案外少ない。知らなくても全く問題ないからだ。アカツキも当然そちらのカテゴリにふりわけられる。
なので目の前の輝かしい人物が、王子だとは微塵も思っていない。ミリンダはデュークの後ろからアカツキを見ていて、それに気付いたようだ。
デュークさんと呼んだところで、ミィことミリンダが一応という形で、アカツキに尋ねることにした。
「アカツキくん」
「はい」
「このお方、誰だかわかる?」
「……わかりません」
やはり、とアカツキの言葉で確信したミリンダは、デュークの身分を告げる。とても不憫な顔をアカツキに向けて。別に首を取るとかそんな話ではないのだが、単純に心が痛むのだ。
「この方はリーネット王国第一王太子『デューク=リーネット』様よ」
必要最低限に、必要な情報だけを告げたミリンダ。王国にはデューク以外に男子がいないため、早い段階で王太子に任命されていた。つまりは次期国王である。ついでに彼女たち三人も名前を名乗った。アカツキが助けた盗賊の娘が『アイリーン=アクロイド』で、今話しているのが『ミリンダ=エインズワース』。そして床のが『マイア=ダヴェンポート』というらしいことも聞いた。
「え? ……は?」
ただの異性関係のだらしない、チャラい金ピカだと思いきや、まさかのやんごとなき方であった。言葉にならないアカツキに、気さくな態度を崩さずにデュークは声を掛けた。
「まぁ、今まで通りで頼むよ」
「そんなん無理に決まってるでしょ……」
「いいね。そんな感じで」
HAHAHA! と高笑いをしながら彼は部屋から出て行った。親指を立て、ばちーんとウィンクをかましてから。その後ろを申し訳なさそうに出て行くアイリーンと、やるべきことはやったという顔で堂々と出て行くミリンダ。床のはそのままだ。
「……何しに来たんだ? あの人……」
見舞に来たのか、事情聴取に来たのか。一時的に体力が落ちているのか、再び眠気がアカツキを襲う。いろいろと考えることはできたが、アカツキはそのまま眠気に意識を任せることにした。
「よかったよかった。全然目を覚まさないから、どうしようかと思っていたんだ」
おかしなテンションは鳴りを潜め、再び穏やかな雰囲気を纏いだすデューク。目を覚ましたばかりで体調も思わしくないだろうから、色々と聞きたいことはあったが、長話はせずにさっさと切り上げたのだ。己の正体だけは明かして。それによってアカツキがさらに心労を抱えることになるとは思ってはいなかったようだが。
「よかったんですか? 正体バラしちゃって」
「いずれわかることだよ。『隻腕』とも親しいみたいだし、『毒鞭』や『風神』もアカツキくんの顧客だってさ。この話が彼らの中で共有されれば、僕のことも話題に上るよ」
「……名だたるSランクの顧客、ですか。確か田舎の薬師って話だそうですが」
三人の近衛の中で、リーダー格のミリンダがデュークと会話している間、そういったことが少々苦手なアイリーンは、『ふぅ~ん。アカツキくんってすごい人脈持ってるなぁ』程度のことしか頭になかった。
「そう。まぁ、ナーガも倒せるし、ちょっと親しくしておこうかなってくらいだったんだけど……」
「けど?」
ちょっと、影のある顔をしだしたデュークは、一人の家族のことを思い出していた。三年前からおかしな症状があらわれ、未だに治療のめどが立っていない、塔に幽閉されている一人の妹のことを。
「どうやら彼の薬術は、世間で幅を利かせている錬金術で生み出すものとは、一味違うようなんだ」
「そうなんですか?」
だから何なんだという顔をするミリンダとアイリーン。したり顔で得意げな顔をしている殿下に妙な腹立たしさを感じる。
「しかも、ゲーアノートが探していた人物らしくてね」
「ゲーアノート様が!?」
王国内で最も薬剤錬成の知識と技術を持つ、スケベジジイの顔を思い出し、こめかみをヒクつかせるミリンダ。アイリーンはそういった被害を受けていないので、なぜミリンダがイラついているのかはわからない。明言はしないが何かに差があるのだろう。
「ゲーアノートにもできない『煉丹術』という秘儀らしい」
アカツキが聞けば『そんなたいそうなもんじゃないです!』と、首がねじ切れるくらい振りまくりそうだが、言葉にすればすごい人物のように聞こえる。
「ひょっとしたらだけど……」
憂いの中にわずかに希望を覗かせたデューク。ミリンダはこの王太子が望んでいることを正確にくみ取る。
「ではレムリア殿下のご病気も……」
「あぁ。実は期待しているんだ。彼なら何とかしてくれるかもしれないって」
その顔にはわずかに期待を覗かせている。発症してすでにもう三年たっている。『キズモノ』として見られるだろうし、いい縁談も来ないだろう。もし治ったとしても、誰にも近寄ってもらえないかもしれない。それでも、妹には幸せになってほしいと思うデューク。
「それにさあ」
「……まだ何か?」
話は終わりそうだったが、まだ言いたいことがあるようだと、続きを促すミリンダ。
「アカツキくん、フィオナ殿の婚約者らしいよ」
「フィオナ殿って……あの『治癒の巫女』のですか!?」
「そ。すごいよねえ。とんでもない人脈だ。ついでに今は『神剣の巫女』のロクサーヌの実家に厄介になっているようだよ」
「どこがただの田舎の薬師なんですか……」
「田舎の薬師ってとこだけは間違いないんだけどね。周りがタダものじゃないね」
「……」
先ほどから聞き役に徹していたアイリーン(15歳)は、地味にダメージを受けていた。
(婚約者、かぁ……)
ちょっといいなと思った少年が、まさかの婚約者持ちと知り、呆けるアイリーン。『諦めるべきか諦めざるべきか、それが問題だ』と、哲学者のようなことを思いながら、二人の後を付いて行くのだった。
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