第42話 知らない天井

「……知らない天井だ」


 目だけを開けたアカツキは、寝たままキョロキョロと頭だけを動かす。目に入ってくるのは天蓋、広々とした部屋、花瓶の置かれたサイドテーブル。隅の方にメイド服を着た人形などがある。品のよさそうな家具で飾られた、立派な部屋のようだ。

 やはり見覚えがなかったアカツキは、ひとしきりあたりを見わたした後、起き上がろうとするのだが……


「……?」


「おや?」という顔をして、まず腕を確認しようとするが、


「? 動かん……」


 脳の命令を全く受け付けないのか、腕が動く様子がない。よくよく体を探ってみれば、気だるさが全体を覆っていて、動こうという気力が湧かない。


「……どうなってんだ? だいたいここはどこだ? どこに連れて来られたんだ……?」

「……目覚めたようね」


 独り言をぶつくさつぶやいていたアカツキにかけられたのは女性の声。そちらを見てみれば……


「アンタ……」

「具合はどうかしら?」

「具合も気分も最悪だよ」

「それは良かった」

「……」


 皮肉に皮肉を返してくるメイド服の女性は、先ほどアカツキの視界に入った、人形と思っていたものである。アカツキがこれほど他人を悪しざまに罵ることは滅多にないのだが、この人物だけは別だった。


 ―――マイ


 デュークたちは『マイア』と呼んでいたが、そちらが本名であり、『マイ』というのは、冒険者として登録した時の呼び名だ。冒険者として登録する際は、本名、あるいはそれに近い呼び名を登録することになる。ギルドカードが身分証としても有効となるためだ。もちろん全くの偽名でも構わないのだが、何かの際に本名がばれたときのペナルティがえげつないと言われている。

 伝聞調なのは、それがなんなのかが明記されていないからだ。あえて知らせないことで恐怖心をあおる方針らしい。元より命の危険が保証されない仕事であり、何人かが帰って来なくても不自然ではない。たとえそれがペナルティによるものであっても……

 そういうこともあって、特に脛に傷を持っていない者はきちんと登録をするのである。


 そんな経緯で『マイ』を名乗ることになったマイアは、無表情というより仏頂面でアカツキに接する。


「……」

「……」


 息苦しい。物理的にではなく精神的に。マイアのほうは何ともないが、アカツキのほうが厳しい。

 なんといっても眼光鋭くナチュラルに見下してくるあの目。寝ているアカツキにそばに立つマイアというポジショニング故に仕方がない部分はあるのだが、いかんせん、マイアのほうに悪意がありすぎる。

 アカツキはアカツキで、被害者なのになんでそんな目をされなきゃならんのだと、珍しく睨み返すので、埒が明かない。


「お゛ぉ゛?」「あ゛ぁ゛?」と静かなる戦い(メンチの切りあい)を繰り広げていると、マイアの後ろに何やら不穏な気配が。アカツキにはそれが見えるので目を見開き驚くのだが、マイアのほうは未だに「あ゛ぁ゛?」をやっていたので、後ろの気配に気付かなかった。どんだけ集中してメンチを切っていたのかという話だが。


 ―――ゴガン!


 マイアの後ろに立っていたのは三人。うち一人が部屋の中にあった花瓶を手に持つと、マイアの頭に振り下ろしたのだ。一瞬メンチを切ったまま停止し、その顔のままパタリと倒れる。微動だにしないのは気配で感じられた。


 俺も殺されるのかなと、あぶら汗を垂らし、動かない体を呪いながら、殺人犯(?)のほうを見るアカツキ。生殺与奪を握られ、怯えが目に出てしまったのか、それが相手に伝わったようだ。手に持つ花瓶をペイッとし、おろおろしながら、口から出た言葉は、


「だ、だいじょうぶだ」


 だった。


「なにがだ」とも言えずにおびえ続けるアカツキ。無言のまま花瓶で人の頭を殴る人物が「だいじょうぶだ」といったところで信用できるはずがない。対処しようにも体が動かない。なので、比較的話の通じそうな残りの二人にヘルプを求める。


「エドガーさん。助けてください」


 やけにきらびやかな衣装を身にまとうエドガーに助けを求めるアカツキ。三人のうちの一人であり、仕立てのよさそうな白い服を着て、肩から金ピカのひらひらが垂れ下がっている。まるで王子様だとアカツキは思った。無論アカツキは王子など見たことはないが、きっとこんな感じだろうというイメージそっくりの見た目をしている。殺人犯(?)はアイ、残りの一人はミィである。


「やぁ。気分はどうだい?」

「どう、と言われても……」


 アカツキの訴えを完全に無視し、いいたいことを言ったエドガーをちらりと見れば、何の邪気もない顔でアカツキの答えを待っている。アイにしろミィにしろ、やけに好意的な感触だ。好戦的なのはマイだけである。そんなマイも、頭部に衝撃を受け、床でビクンビクンしている。動いている所を見れば生きてはいるのだろうが、そもそも彼女の姿に違和感がある。


 状況を再確認したアカツキは、エドガーと思っている人物に答えを返す。


「体が動きません」

「動かない?」

「おそらく服用した薬が原因かと思われます」


 突然敬語を使いだしたアカツキ。こんな豪勢な部屋を普通に行ったり来たりできる人物は、高位な人物に違いないと。妙な勘の鋭さを見せるアカツキだったが、それはおおむね正しかった。体は動かないが、頭は冴えているようだ。


 アカツキの言葉に引っかかることがあったのか、エドガーはアカツキに尋ねる。


「……どんな薬か聞いてもいいかい?」

「かまいませんよ。自分の力を強引に引き出す薬ですね。その反動で、しばらく動けなくなってしまうんですよ」


 七割ぐらいしか力が使えないとかそういったことは言わずに、結果と副作用だけ話すアカツキ。

 合点が言ったのか、エドガーは衝撃的な事実をアカツキに告げる。


「なるほど……も寝込んでいたのはそれが原因だったのか……」


 エドガー(?)はポツリとつぶやいたつもりだったが、思いのほか部屋に響き、しっかりとアカツキの耳に入った。


「え? 二週間……ですか?」


 実感が湧かないアカツキは、バカみたいに同じことを問い返す。エドガーはそれにもしっかりと対応した。


「あぁ。あのナーガ達との戦いから、二週間は経過している。ずいぶんとお寝坊さんだね」


「本当に目が覚めてホッとしたよ」と笑顔で話すエドガーに、もう一つだけ聞きたいことがあったアカツキは、ついでとばかりに尋ねることにした。


「あの」

「ん? なんだい?」


 態度は気さくな兄ちゃんだが、アカツキはどうしても気になることを尋ねた。


「ここ、どこですか?」

「あぁ……城だよ」

「は?」

「だから、ここはリーネット王国にある首都リネルルカにある、王城だと言っているんだよ」


 言葉は頭に浸透していたが、どうしても理解することを拒絶するような言葉が、いとも簡単にエドガーから聞こえてくる。

「なーんつって」と冗談で済ませられるならそうしたかったが、どうやらエドガーの辞書にそんな言葉はないようだ。そんなことを言いそうな感じが微塵もない。

 何で、そんなことになっているのかはわからないが、どうやら自分は王城に寝かされているようだということは、はっきりと理解することが出来た。

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