番外その4 さすが、俺の弟分だぜ

「急げ! お前ら!」


 いかにも心配してませんという顔をして(したつもり)、ギルドから出て来たアレジは、後ろも振り返らずにダッシュを開始。門でも駆け足のまま検閲を待ち、それが終われば再び走り出す。目指す先はもちろん、『資源第三ダンジョン』。しらこい顔をしているつもりだが、弟分と呼ぶアカツキがかなり心配なご様子。


 いきなり走り出したアレジを追うのはラリーパーティの四人と、殿下と呼ばれる金ピカと、取り巻き三人組。こちらは爆走状態のアレジの後姿を、かろうじて認識できる位置取りで走っていた。


「な、何だよ、あの速さ」

「さすがは、はぁ、Sランクね」


 砂埃を巻き上げながら走るアレジは、徐々に小さくなっていき……


「み、見えなくなったね……」

「殿下……もうゆっくり行きましょうよ。行先分かってるんだし」

「なんで犯人のお前がそんななんだ!」

「ちょっと落ち着きなさいよ、アイリーン。あの少年が気になるのはわかるけど」

「なx「そりゃあないでしょ。もしそうなら見捨てていかないって」……」

「け、ケンカはやめようよ、ね?」


 狙撃犯―――マイアが悪びれもせず、ゆっくり行くことを提案。それにアイリーンが噛みつく。その騒動にため息をつきながら、ミリンダが火消しに回る。殿下はたじろぎ、両掌を見せながら仲裁する。


 ラリーパーティの面々は体力には余裕があったが、『殿下』と呼ばれる人物を置いていくことに抵抗があった。


 この国に『殿下』と呼ばれる男性は一人しかいない。もしも想像通りなら……


 ラリーは顔を真っ青にしている。断じて調子が悪いわけではないが、心中お察ししますといったところか。


 やいのやいのと非常時に騒ぐ殿下たちに下手に出ながら、ラリーたちは一路第三ダンジョンへと向かう。






 資源ダンジョンには衛兵がいない。代わりに小さな箱のような装置と、カラクリ仕掛けのもんが設置されている。単純に『ゲート』と呼ばれていた。


 その箱にギルドカードを当てると、どこから出たのか光がカードをスキャンし、冒険者だと認められれば、ゲートが開き中へと入ることが出来るようになる。このゲートを開くカードは、冒険者以外では犯罪者がこもった時用に騎士団に配られたり、また何かしらの事件があった時に対処するため、責任者である領主にも配られている。この装置により、街から遠い場所に存在する資源ダンジョンなどにわざわざ衛兵を設置する必要はなくなり、その他の部署へと配置することが出来るようになったのだ。


 ラリーたちは、ひとりずつ焦れながらカードを通し、殿下たちの言葉に従い、B3Fへと向かう。全く人がいないことを不審に思いながらも、とりあえずは後回しとラリーたちは辿りつけるギリギリの全力で走り続けた。


 B3Fに降りた途端、金属をこすり合わせるような音が聞こえた。ダンジョン内を響き渡っているのだ。


「なんだ?」

「まだ生きているのかもしれない! 急ごう!」

「……」


 殿下は必死だった。自分が、おいそれと死ぬわけにはいかない立場でありながら、ノコノコと冒険者ギルドに実戦経験を積むべく通っていたのは、女神の神託が勇者を選び、五大災害種の討伐を求めたからだ。


 五大災害種というのは、己の縄張りを荒らされない限り、決して人を襲わないある種の『意思』ともいえる何かを携えていると思われていた。なので、見境なく人を襲う魔物を優先し、後回しにしていたのだ。


 ところが、そんな女神の言い分を聞いて、何かが起ころうとしているのかと殿下は疑問を持った。なので、周りの静止を聞かずに近衛三人を引き連れ、魔物との戦いというものを経験しておこうと思ったのだ。


 何かが起こり、国が前面に立つことになれば、象徴として殿下が一番前に立つことになる。もちろん一番後ろでどっしりと構えてくださいと側近は言うだろうが、そんな安全地帯でのさばって、兵士たちに死ねとはとてもいう気にはなれなかった。相手は人間ではないのだ。せめて一番前で、震えていてもいいから下の者に勇気を示したかった。『私に続け』と。士気を高めるだけでもいいから、何かがしたかった。


 ところがどうだ。ルシードが選ばれてからわずかひと月足らず。そんな期間でランクなぞ早々上がるわけもなく、最低の『F』より一つ上の『E』ランクで先輩面し、意気揚々と大した危険もない資源ダンジョンに潜って依頼の一つもこなそうと来てみれば、手に負えないほどの魔物に遭遇。死ぬわけにはいかないことは理解していたために、すぐに撤退を選べたまでは良かったが、その際に連れて来た近衛の一人が、ルーキーを囮にするという貴族にあるまじき暴挙に出た。


 いくら、自分が死んではいけないとはいえ、成人しているかどうかという年齢の子供を犠牲にするなどいくら何でもやりすぎた。やった本人は、殿下を助けるために仕方がなかったと、表情を変えることもなく淡々と語った。コトが済んだらコイツはクビだと心に誓って、ラリーたちと共に、アカツキと別れたB3Fへと走り込む。






 激しい音が徐々に大きくなってくるほどに近づくと、こそっと現場を窺う巨体が一つ。曲がり角の影から向こうを窺っている。その人物とは勿論、アレジだ。不審に思ったラリーが、アレジの肩を叩く。アレジがびくっとしながら後ろを振り向くと、先ほど別れたメンツが雁首揃えていた。


 代表してラリーがアレジに問いかけた。


「何してんすか?」

「……あれ見てみろ」

「?」


 辺境の先住民族のお守りのように、首を縦に並べながら角を覗きこめば、アカツキが体中から靄を発しながら、ナーガ夫妻の槍を凌ぐ姿が。ハンドスピードがとてつもなく、足を動かしながら最適なポジションで槍の攻勢を凌ぎ続ける。


「……すげぇ。アイツあんなに出来るヤツだったのか」

「当たり前だろうが。アイツはベラの鞭を平気で凌ぐやつだぞ。あんな変則的な動きに比べれば、槍が二本あろうがアイツにとっては大したことない」

「「「「……」」」」」」


 ラリーとアレジの会話に口を挟むこともできず、ただ目の前で起こっていることを見続ける殿下組。どう控えめに言ったところで、罪悪感を感じざるを得ないは、唖然としている。罪悪感を感じないあと一人にしても、驚きを隠せない。まさか、連れて行ったルーキーが、自分たちの誰よりも強いなどと誰が思うだろう。それほどに、アカツキの動きは洗練されていた。


 勿論洗練されたのは、つい先ほどのことであり、色々と試行錯誤した結果なのだが、彼らにそれを慮れというのは、無茶な話だ。


「だいたいな。あれ見ろ。雄雌セットで脅威度がワンランク上がってんじゃねえかよ。ありゃB+のランクだ。しかも色違いの亜種。本来はうすい青色だぞ、ナーガってのは。そこからさらにランクが上がって、実際はA-ランクになっちまってる。それと渡り合うとか……ハハッ、さすが俺の弟分だぜ」


 ナーガ、ナーギィというのは本来、あまり夫婦で動くことはない。いわゆる『はぐれ』の状態で一体ずつ遭遇して、『B』という評価なのだ。それがセットでなおかつ色違いの亜種となれば難度は、はね上がってしまう。主にスピードとパワーが常種よりも大幅に上がっているのが亜種だ。更に、常種が持たない攻撃方法を持っていたりもするのだが……


「……スピードとパワーは常種より大きいみたいだが、下半身で締め付けたりとか、尻尾で刺したりとか、めっちゃ臭い息とか吐きそうにないな」

「……なんです? そのめっちゃ臭い息って」


 下半身の締め付けや、尻尾の鋭さはわかるのだが、臭い息というのがどうにもイメージしづらい、アレジ以外の面々。なまじ顔がイケメンと美人のナーガ夫妻から臭い息というものが全く想像できない。代表して、またもラリーが質問した。他の連中は口も開いていないのが、ラリーの心を若干苛立たせる。


「吸い込むとな、体がしびれるんだよ。そこを締めつけられて、槍で突かれるってのがアイツらの黄金コンボなんだが、どうも、な……」


 まるで武人のように、槍のみでアカツキに挑む姿はいっそ清々しいほどだ。もちろん相手をしているアカツキは必死だ。


 ―――そして、その時は訪れる。


 何やら腰を落とし拳を引いたアカツキが唸り始めると、引いた拳が輝きだす。ナーガ達は警戒しているのか、踏み込んで(?)こようとはしない。


「なにやってるんだろう?」

「わからんが、アイツの切り札的な何かだろう」

「全然分かってないってことですよね?」


 アレジにこめかみをグリグリされるラリー。ツッコミが鋭すぎたようだ。


 やがて、ナーガはヤバいと感じたのか、じっとしているアカツキに槍を突く。当然かわすアカツキ。拳は光ったままだ。そして流れるようにナーギィが、その先を突きにかかると、そこからさらにアカツキは動く。拳を引いた体勢はそのままだ。


「ここだぁ!」


 好機と見たのか、姿勢が崩れていないアカツキは、攻撃後の瞬間を見切り、流れるように拳を突き出した。


「「GYAAAAAOOOOHHHHH!!!!!!」」


 光る拳を食らったナーガ達は、致命傷を負い、そのままサラサラと粉を散らせながら消えていく。動物の要素が残らない魔物は素材すら残さずに、魔核と呼ばれる石を残しこの世から消えていく。


 見学組に言葉はなかった。『ええぇぇぇぇ!!!』とも、『ウソぉぉぉぉぉ!』ともなく、顎がアレジを除く全員『かくーん』となっていた。殿下も例外ではない。美形が台無しになるほどの衝撃を受けたようである。


「な、なんだよあれ? アカツキってあんなに強かったのか?」

「いや……アレジさんたちがかまってるって話は聞いてたけど……」

「酒が飲みたい」

「死ね、ハゲ。空気読め」


「ハゲてねえよ! まだあんだろうが!」とアイヴィーに噛みつくジェイコブ。どんな時でも頭髪は気になるようだ。ラリーとエリノーラは冷静(?)にアカツキを見ている。


 一方殿下組と言えば……


「私はあの子が強いと確信していたわ」

「ウソつけこの野郎!」

「私は野郎ではない。立派なレディだ」

「あんなに強かったなら、一緒にやって恩を着せておけばよかったわね」


 しれっと信じていたとのたまうマイアに、噛みつくアイリーン。打算的な考えで、反省をするミリンダ。本当に心配していそうなのはアイリーンだけのようだ。


「しまったなぁ……」


 まだ駆け出しの冒険者未満の少年が起こしたジャイアントキリングに、殿下は本気で後悔し始める。


 危機が去って、ひとまず心配事がなくなったことで、こちらだけに日常が戻ってきたようだが―――


「いかんっ!」


 そう言って飛び出す男が一人。


 ツンデレ赤ヒゲおやじ、アレジが飛び出し、倒れ込むアカツキを受け止めた。すでにアカツキに意識はなく、体から完全に力が抜けてしまっている。意識を飛ばしたアカツキの顔は年相応であり、とても激戦を潜り抜けたとは思えないほど、あどけない顔をしていた。


「さすが、俺の弟分だぜ」


 勝手に弟分にしていたが、とても誇らしい気分になるアレジ。そこへやかましい連中がぞろぞろと近寄ってきた。


 またも代表して口を開くのはラリーだ。どこでもリーダーができうる稀有な素質を持っている……というか、面倒事を押し付けられる可哀そうな男である。


「どうすか? アカツキ」

「問題ないな。呼吸もしっかりしているし、つらそうな感じもない。大丈夫そうだな」


 一同ホッとする。ラリーたちはかわいがっている故に。殿下たちは、後ろめたさがある故に。マイアとて、助けられるものなら助けたかったのだ。優先順位を決めた結果、アカツキが一番下だったというだけで。ただし、困ったことが一つ。


(殿下がどうも気に入っているようだし、他の冒険者たちの好意的すぎる感じが……)


 今後の関係性が非常に心配になるマイア。恐らくは殿下を助けた功績で、城へと招かれることになるだろう。殿下登場。近衛三人登場。「帰ります」。アカツキ退場。


(うん、まずい)


 違うところで絶体絶命の人物が生まれてしまった。どうするべきかと悩むマイアを尻目に、殿下が発言する。それはマイアにとって非常にまずい言葉だった。


「私のせいで、このような目にあったんだ。城で面倒を見たいのだがどうだろうか?」


(隻腕! 頼むから拒否だ! 拒否してくれ!)


 女神に祈るマイア。あの傍若無人さは鳴りを潜め、真剣な一教徒の一面を覗かせる。しかし、余計な加護を勇者に与えても、熱心で邪な教徒には加護を与えなかったようだ。


「……俺らもいいか? 正直やったことがやったことだからな。弟分をそんな連中には預けられん」

「もちろんだ。このようなことになったのは全面的にこちらが悪いのだから」

「ラリー。おまえたちもいいか?」

「「「「え?」」」」


 無事に終わって、飲み直そうと思っていたのに、流れ弾が飛んできたラリーたち。急にそわそわし始める。冒険者たちには一目置かれていても、基本は小市民なのである。


「い、いいのかな? 俺らなんもしてないすけど……」


 またもラリーのみが口を開く。そこへなんと殿下が口を挟んできた。もはやラリーも疑う余地はなかった。間違いなく……


「もちろんだ。アカツキくんとて、知りあいが側に居れば心強いだろう。城に来る平民はなぜかそわそわしっぱなしだからな。私『デューク=リーネット』が、君たちを保証しよう。さぁ! 行くぞ、君たち!」


 悠々と先頭を歩き始める殿下ことデューク。そして、礼を言えるチャンスが出来たアイリーンが機嫌よさそうに、ミリンダが「どこまで、踏み込むべきかしら……」と打算的に考えながら、「マズイ、まずい……」と親指の爪を噛みながら、ブツブツつぶやくマイア。


 そわそわしっぱなしのラリーパーティは、拒否権はなさそうだとあきらめ顔。つながれた囚人の如く、背中を丸めて殿下組に続く。


 そして、


「よくやったぞ、アカツキ」


 未だ目を覚まさないアカツキを背負い、普段見せない優しい声を掛けるアレジが続く。顔も心なしか穏やかだ。


 こうして、アカツキの最初の決戦場は、幕を下ろした。ただし―――


 ―――どうして冒険者たちが死んでいたのか?


 ―――どうしてナーガなどという、ハイランクの魔物がのさばっていたのか?


 そこらへんは全て、先送りになったままだ。

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