第39話 さぁ、やろうか
とにかくナーガ達から距離を取るべく、背中を向け逃げ出したアカツキ。それを見たナーガ夫婦は、蛇の下半身を存分に使ってアカツキを追跡し始めた。どうやらとことん付き合う気らしい。
「おぉぉぉぉあぁぁぁぁぁぁ!!!」
脇目も振らずに、ひたすら前を見て走るアカツキ。地面がぬかるんでいるとあって、全力は出せないものの、それなりの体力はあるのか、そこそこの速さで走り続ける。どういうわけか、途中ですれ違う冒険者もいないため、ひたすら鬼ごっこは続く。
曲がり角を使って、一瞬目線を切らせるも、なぜか隠れている場所を見抜かれ、再び逃走。曲がり角、繁み、沼、鬼ごっこからかくれんぼに移行するも、ナーギィのほうが見抜き、ナーガをけしかけてくる。胸のあたりを見るに、ナーギィのほうが嫁なのだろうが、ナーギィにこちらを指さされ、ナーガが突進してくる様は、フィオナの家の様相を容易に思い出させた。
「あなた」
「はい」
「水汲んできて」
「了解」
「ツー」と言えば「カー」。アカツキにとって夫婦とは、こんなやりとりが当たり前であったが、それを物悲しくも感じていた。それに通ずるものをナーガには感じている。だが、そこには牧歌的な雰囲気は欠片もない。
「ぬおぉぉぉ!」
アカツキは横っ飛びで回避した。隠れて顔だけで盗み見ていれば、ナーギィにけしかけられたナーガが目測を誤らずに寄ってきて、三叉の槍を突いてくる。普通の槍なら籠手で少し反らして相手の姿勢を崩し、攻撃を浴びせてやるのだが、三叉の槍には中央他、左右にも刃が付いているために、余分に回避の距離を取らなくてはならない。相手との距離が余分にあくため、すれ違いざまに攻撃を当てるということはできない。そしてさらに厄介なのは、後詰でナーギィがやってくることだ。
時間差で襲い掛かって来て、よけたところにさらに突いてくるものだから、更に余分によけなくてはならない。結局相手の体勢を崩すどころか、自分の体勢が崩されてしまい、たびたびピンチに陥る羽目になる。
(だぁぁぁ! 埒が明かねぇ!)
距離を取って剄を練る時間を取るどころか、的確に追い詰められ、凌ぐだけで精一杯。
アカツキは知らなかったが、ナーガやナーギィといった蛇系の魔物は、温度を感知する。例え白目のみの目が付いていたり、鼻や耳、口が付いていて、髪型が整えられていようとも、人ではないのだ。あくまでもベースは蛇であり、
「!)(’&$(?*+{‘}*}+”$’!’)$&)」
「(’#&(’”#&)”#’(}*{)%&$%##’(」
などと、何か言い合いをしているように見えていても、人間ではないのだ。上半身が人型であるだけに、言葉が通じそうな気がするが、現実は二人だけの世界で言葉らしきものを交わしているに過ぎない。そこにアカツキが入り込むことは決してできない。
どう見てもカカァ天下のダメおやじのようなナーガだが、フォローをするナーギィの隙のなさに、アカツキは逃走することに限界を感じていた。
鬼ごっこ兼かくれんぼが始まってかなりの間逃げ回る。その間に、先ほど使った『爆丸』『煙玉』『閃光弾』と数々の薬(?)を使用したが、それでも一瞬だけ目をくらませられるものの、すぐに気付かれ逃亡を繰り返す。そうするうちにアカツキはとある場所に辿りつく。
「……なんだこりゃあ」
骨が山と積まれ、傍らには装備をはがされた……人。こういった資源ダンジョンに潜るのは、低級冒険者、うだつの上がらないベテランか、なり立てのルーキーくらいのものだ。一日分の飯と宿代を稼ぐために資源ダンジョンで、必要とされる素材を回収に回る。つまりはこの骨の山は……
「死んだ冒険者の物……か?」
まるで食い散らかされたような、骨をところどころさらしている人らしき死骸が転がっている。どうしてこんなになるまで放置されていたのかわからないが、少なくともギルドに警告らしきものは出ていなかった。つまりはギルドがあずかり知らぬ話ということで……
ヒュオン!
「うおっ!」
ザリッ!
「い! っつぅ……」
脇腹を押さえ呻くアカツキ。目の前にある異常に気を取られ、追われていることを一瞬でも頭の中から消えたことによる隙を突かれた。いつの間にかやって来ていたナーガに後ろから突かれたのだ。槍幅が広いので普通にかわしていては当たるということを失念し、それでも無意識に刻まれていたのか、引っかかることなく躱せたが、それでもかすってしまった。気付けたのは風切り音が響いたからだろう。
ポーチから再び回復薬を取り出し飲みこむ。再び訪れる倦怠感。ぼんやりした頭で、目の前の蛇人間たちを見る。何故だかニヤニヤ嗤っているような気がしたアカツキは、ここでようやく誘い込まれたかもしれないことに気付く。
良く見れば、後ろは採掘の跡があるため鉱脈だろうか。左右も身動き取れないほどではないが、ある程度の距離で壁が遮っている。
「……腹を括るか」
冒険者としてやってきた者が、囮を立てて逃げるくらいの魔物だ。まして周りにはランクはわからないが、冒険者の亡骸が多数。ダンジョンの中で、採取をしている冒険者を見なかったわけはここにあったのだ。
―――なぜこんなところに高ランクの魔物がいるのか?
―――どうして冒険者たちが犠牲になっているのに、ギルドが気付いていないのか?
理由はわからないが、それに気づいたところで、生き残れなければ意味がない。その考察は、ちゃんと帰れてからだと、アカツキは自分を叱咤する。
ポーチを探り、一粒丸薬を取り出した。
『活性丸』
丹田を刺激し、剄を無理矢理引きずり出す丸薬だ。ただし副作用は強い。一つ目は全力の七割程度しか出せないこと。もう一つは剄の力を引き出しきったら、数日、場合によっては、数週間強制的に眠りにつくことになることだ。
残りの三割を使わないと倒せなかったり、時間切れで意識を失えば、そこで終わり。本当に非常用のとっておきだ。できればとっておきたかったが、そうも言っていられない。
それを使って逃げ切れればいいが、そうして無駄な時間を消費した結果、時間切れではどうしようもない。なのでここは、戦うという選択肢一択のみ。
とうとう追い込まれたアカツキは、丸薬を口に含み噛み砕く。
薬のかけらが胃を通過し、へそへと流れ込んでいくような気持ち悪い感覚に耐えながら、皮肉気につぶやく。
「……帰ったら、いつでも丹田を刺激できるように特訓だな」
丹田より引きずり出された剄が、体中を駆け巡る。目に見えるようにアカツキの体から靄が出始める。
「……さぁ、やろうか」
通じるはずのない言葉をかけて、アカツキはにやける蛇に向かって、突撃を開始する。
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