第40話 生き延びるための戦い

「だぁぁらぁっ!」


 気合と共に、突っ込もうと思ったのは良かったのだが、


 ―――ずるっ


「のわぁっ」


 右足で蹴ったぬかるみがアカツキの脚力に耐えられず、力が完全に空回り。上半身がかなりの前傾姿勢であったため、そのまま顔面から滑り込むアカツキ。目は瞬時に閉じたために被害はなかったが、鼻や口から泥水を吸い込み、一瞬息が出来なくなる。


 空気を求めて顔を上げた瞬間、ナーガの三叉の槍が、アカツキめがけ突き出される。目にした瞬間に、目線を切ってとにかく横へ転がり避難する。そこへナーギィが追撃とばかりに何度も槍を突いてきて、そのまま転がり続けるアカツキ。


 目が回る前にと泥を一掴みすると、ナーギィのほうへ見向きもせずにブン投げる。


「ギィィッ!」


 なぜかはっきりと悲鳴とわかるナーギィの声を聞きながら、膝立ちになって一心地つく。ナーギィは目の違和感がなくなったのか、目をこするのをやめたが、どう見ても怒っている感じがする。もうすでにタマの取りあいになってしまっているので、アカツキとてそんな顔でひるむものでもなかった。


「うっはぁぁぁ……やべえやべえ」


 体勢を崩した瞬間に怒涛のラッシュに襲われたアカツキは、とりあえず体に異常がないことを確認すると、再び立ち上がる。そして息を整えながらひとりごちた。


「……こんな戦い初めてだわ。あー、しんど……」


 さっきの鬼ごっこで足の感覚は掴んだつもりだったが、ブーストがかかった今の状態では、また勝手が違うようだ。加減を確かめるように、ぐにぐにとナーガ達のほうに目を向けながら、足元を確認している。


 アカツキは今まで、このような万全ではない状況で戦ったことがないうえに、そもそも生き延びるための戦いというものをしたことがない。雨が降れば、家でのんびりしていたし、『襲いかかってきたから』『今日のおかず』といった理由で、動物や魔物と戦うくらいしかしなかったのだ。精々邪魔だからどけと言う理由で戦ってきたのだ。今回も邪魔だからどけというだけの話なのだが、あちらの格が高すぎる上に、殺意が高すぎた。何が何でも逃しはしないという執着をアカツキは感じている。


(あの後ろのメスっぽいのが厄介なんだよなぁ……)


 ナーギィもナーガと同じく人型の上半身をしている。ということは当然、乳があるということだ。魔物であるため、服を着る文化がないうえに、恥ずかしいという感情もないのだろう。モロになっている。しかもまぁまぁのサイズ感。しかしこんなシチュエーションであるうえ、肌が緑色なのでムスコもどうこうなるわけもなし。


 内助の功とばかりに、ナーガのフォローに絶妙のタイミングで入るナーギィに、忌々しさを感じるアカツキ。


(絶妙すぎて腹が立つ)




 しかし、おかしな特殊能力はないのか、槍にさえ気を付けていれば何とかなるかもしれないと気を取り直す。先ほどまでの全力を封印し、加減を確かめながら、アカツキは突撃を再開する。そこへカウンターを当てるようにナーガが突きを繰り出してきた。


 ナーガの突きを何かの革の手甲で反らす。


 ―――ギャギィィィィィ!!


「え?」


 逃げるばかりではなく初めて武器同士をカチ合わせた瞬間、耳がしびれるような音が手甲から響いた。ついでに火花まで飛び散っている。


(え? コレ革製だろ? なんでこんな音が出るんだ?)


 考えながらもアカツキは、ナーガ時々ナーギィの突きをいなし続ける。そのたびに硬い物をぶつけるような音がし、アカツキの耳を不愉快な音が振動させ続ける。また一つ、確認しなければならなくなったなと思いながら、ひたすら手を動かす。どういう理由か分からないが、とにかく槍は凌げると踏んだアカツキは、終わる気配のない突きを凌ぎながら、隙を待つ。攻撃し続ければ、必ず訪れる瞬間を。


(ベラ姐の鞭を凌ぎ続けた成果がここで出るのかよ)


 アカツキのお得意様Sランク『毒鞭どくむちベラドンナ』。例によって、セキエイに薬を依頼した後の暇つぶしに得意武器の鞭を、子供時代のアカツキに「ほーっほっほっ!」と高笑いしながら浴びせ続ける、児童虐待の女王である。

 変則的な動きに加え、手元から入れられる様々な毒を鞭に込め、付けた傷から毒を相手に注入するという外道な手を使う、まさに女王である。

 アカツキ相手にもそれを行い、初めのうちはたびたび解毒剤の世話になる羽目になった。


 どうしてベラドンナが止められなかったのかと言えば、セキエイがOKを出したからだ。子供時代のアカツキにとってセキエイの存在、決定は絶対のものだった。今のアカツキにとっては、育児放棄したクソッタレの親父ではある。薬のことに関しては、認めざるを得ないのが複雑なのだが。


(あれに比べりゃ、直線的だしよけられないわけもないわな)


 徐々に余裕が出てきたアカツキは、変則的で鋭く、オマケに傷を負うこともできないベラドンナの鞭捌きに比べて、傷を負ってもよし、直線的で捌きやすい。そんなナーガ達の攻撃に対し余裕が出て来た。


 と、なれば……


 ―――どうやって倒すのか?


 徐々に足さばき、手さばきに余裕が出てきて、ぬかるんでいてもそれなりの全力が出せそうな気がしてきたアカツキは、育児放棄の親父ことセキエイの言葉を思い出す。






 ―――中段突きこそ、基礎にして最強。鍛錬を怠ることなかれ。


 ――――――――――――――――――


 本当に中段が最強かどうかは知らないです。ここでそう言ってるだけで。そんなわけあるかという意見は、一切受け付けません。すみません。悪しからず。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る