第38話 まさか今頃思い出すとは……
マイによって足を負傷したアカツキ。ぬかるみに転んだので、体に貼りつく服や装備類がうっとおしいが、まさか敵前で脱ぐわけにもいかない。
「……カバンはもういいな」
ギルドから預かったカバンはともかく、フレンドリーファイアを食らわせてくれた連中の物など、わざわざ持っていてやる義理もない。不快感を引きずりながら、体のあちこちにぶら下げていたカバンを速攻で廃棄すると、腰のポーチから回復薬を一粒取出し、口に含んで噛み砕く。瞬時に傷は癒えるが、わずかに体がだるくなった。
(……そういう風にできているとはいえ、敵の目の前で体が鈍くなるってのは、きついもんがあるな)
アカツキが作る回復薬には、即効性がある代わりに、体が蓄えている力を消費するという副作用がある。アレジの言うフルカスタム品であるために、その消費量は抑えられているとはいえ、飲めば飲むほど弱体化してしまうというのは、この状況では避けたかった。それでも市販のポーションとは、効果が桁違いであり、副作用もさしたるものではない。
あちらは余裕があるのか、ズルズルと音を立てながらゆっくりと近づいてくる。
(……こんなことになるなら、アレジさんの言うことちゃんと聞いときゃよかった……)
まだセキエイが家にいた頃に、アレジが言っていたことを今頃思い出す―――
「お前、剄ってのはそんなにのんびりとしか使えるようにならないのか?」
「え? まぁ……そうかな」
いつの日か薬の製作をセキエイに頼んだアレジが暇を持て余し、アカツキをイジろうと思って、庭に出るとアカツキがゆったりとした動作で、いつものように剄を練っていた。煉丹術に使うにも必要なので、もはや日課となっていたアカツキは、遊びに来たアレジを見向きもせずに動きに集中しながら、そう言い放った。
「冒険者だったら、ピンチですぐに全力出せなきゃすぐにおっ死んじまうぜ」
「俺は冒険者になんかならないからいいんだよ」
「薬師になれなかったらどうすんだよ?」
「なれないわけないでしょ。アレジさんみたいなSランクの冒険者が、わざわざこんなとこまで買いに来るくらいなんだ。その薬師の親父の教えを受けてる俺が、薬師になれないわけないじゃんか」
「ハッハ! いっちょ前に生意気なこと言うじゃねえか」
「……ちぇ」
やがてすべてのルーティンが終わったのか、中段一突きで体の中の剄を散らすと、アレジのほうを向く。しかし、そこにいたのは真剣な顔のアレジ。
「……どしたの?」
「……まぁ、聞け」
「お説教ならお断りだよ」
あからさまにイヤな顔をするアカツキに、苦笑いを返すアレジだが、そのまま続けた。
「冒険者じゃなくても、どんな職業の人間でも、突然トラブルに襲われるということは多々ある。村から出たことがないお前にはピンと来ないかもしれんがな」
「……一応、材料の採取に出たときに魔物とかに出くわすことはあるよ。まぁ、イチコロだけど」
「いいから最後まで聞け」
「へいへい」
当時、年齢が二ケタに届くかどうかといった時だったアカツキは、生意気盛り。「大人の言うことに逆らう俺、かっこいい」という世代だ。こういったお説教は大嫌いだった。興味のあることしかしたくないのだ。
「長い人生いつかそういう時は来る。来なければ幸せだが、まぁそんなことはないだろう。そんな時お前は後悔したいか?」
「したくないに決まってるよ」
「だったら、それは克服しておけ。そんな来るかもしれないいつかが、来ないことを期待しながらな」
そっぽを向いていたアカツキが、アレジの声音が変わったことに気付き、アレジのほうに顔を向けると、そこには悲痛な表情を浮かべたアレジがいた。いつもの陽気で快活な姿からは想像もできないほどに。
その顔を見られたことに気付いたのか、にぱっといつもの顔をすると、
「まぁ、今は理解できなくても言葉だけは覚えておけ。いつか分かる時が来る。それが土壇場にならないことを祈るばかりだが……」
「分かったよ……ちゃんと考えておく」
「そうしとけ。後悔の無いようにな」
そうやってシリアスが終われば、いつものように遊びと称した魔改造がセキエイに知られずに行われるのだった。ついでに言えば、そのせいでアレジのシリアスは、アカツキの印象には残らなかった。
―――「まさか今頃思い出すとは……」
アレジの忠告どころか、予言になってしまった現在の状況。自分の不注意ではなかったとはいえ、絶賛ピンチが顔を覗かせている。
剄を練るには、ゆったりとした呼吸と、丹田に集中して意識を割く必要がある。リディア達の時や、さっきアイを助けたときは、じっくり時間が取れたが、走りながら、殺意のある攻撃をよけながら、丹田を意識するのは今のアカツキでは無理だった。
(今はまだ、『活性丸』を使うのは早いな)
丹田を刺激し、強引に剄を引きずり出す『活性丸』が、ポーチにあることを確認する。ただ、副作用が強すぎて、後のことを考えないまま使うわけにはいかなかった。その中で採りえる手段といえば……
「とりあえず……」
自分が借りたカバンを背負い直すと、
「逃げろぉぉぉぉぉぉ!」
ぬかるんだ地面であるため全力ダッシュはできない。それでも、剄を練る時間を稼ぐためには、ナーガ達から距離を取るしかなかった。
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