番外その3 隻腕の弟分

「今頃は第三ダンジョンだよな、アカツキ」

「そうねぇ、まぁ資源ダンジョンだし? そんな危険もないと思うなぁ」


 ギルドの酒場で軽食をつまみながら、ラリーたちはアカツキを肴に会話を弾ませる。最近は毎日朝に顔を合わせ、アカツキの予定を聞いては、アレコレ世話を焼いているのである。


「まさか冒険者になっちまうとは……」

「いいじゃないの。わざわざリリューまで回復薬を買いに行かなくてもよくなるんだし。エヴァンスさんから高いアカツキ印を買わなくても、アカツキに頼めば作ってくれるんじゃないかしら」

「でも、アイツ義理堅いからなぁ。ソレするとエヴァンスさんに儲けがなくなっちまうから、意外と渋ってくるかもしれんな」


 ラリーが意外さを表現すれば、エリノーラがメリットを強調。それに対する反論をジェイコブが行う。とても良い議論が行われていた。アイヴィーは、それをぼんやりと聞いているだけ。どうも眠そうな感じだ。


 それもそのはず、一仕事終えて帰ってきたラリーたちは、お疲れさんと一息入れている所だったのだ。


 しかし、そんなわいのわいのと安らぐ時間も、とある男がやってくるまでであった。






 ―――ギィィィィ


 立て付けが悪くなってきて、軋みがひどくなってきたギルドの扉を、赤い鬣じみた剛毛、それを顎を経由してつながるヒゲ、ムッキムキの上腕に、裸ベスト。膝までのところどころ破れたボトムスに、くるぶしまでを隠したショートブーツに身を包んだ、筋骨隆々の大柄な男が入ってきた。見た目はまさに山賊。

 そんな、一目見ただけでビクッとなりそうな男は、キョロキョロというコミカルな動きをしたと思えば、目的の人物を見つけたのか、片手を上げて挨拶をした。


「おう、ラリー。久しぶりだな」

「あ、アレジさん。ご無沙汰っす」


 そんな悪党感漂う男を相手に、気後れもせずに頭を下げるラリー。「「「ちーっす」」」と他三人も軽い挨拶を交わす。驚いたのは周りの冒険者たちのほうである。


「なぁ……あれ」

「……まさかの生きる伝説か?」

「ラリーたちすげえな。全く気後れしてないぞ」


 冒険者たちは誰かすでに分かっているようだ。それゆえに、ラリーたちの自然体に驚いているし、普通に話す誰かさんにも驚いていた。


 その誰かさんは「おう」と顔も向けずに返事をすると、ラリーに向かって、あることを尋ねた。


「なぁ、アカツキって王都に来てるのか?」

「あぁ……来てますよ。どうかしたんですか?」


 誰かさんとラリーたちは顔見知りだ。ではいったいどこで縁をつないだのか。それは先ほどの会話の中に答えはあった。つなぐものは『薬』であり、リリューのアカツキの工房でバッティングしたのだ。


 男の名はアレジ。異名を『隻腕』という。言葉のとおり、右手の肘から先に生身の腕は存在しない。あるのは、魔導研究都市『ランヴァイル』の天才技師の手による、ギミック満載のカラクリ仕掛けの義手が装着されている。ランクは『S』。裂西諸国に七人しかいないうちの一人である。


 アカツキ……というよりはもともとは父のセキエイとの縁が、そのままアカツキに受け継がれたという感じである。


「いやな、そろそろ作ってもらった薬がなくなりそうでよ、そろそろ調剤してもらおうと思ってリリューに行ったんだが……」

「あぁ。王都に行ったって聞いたんすね?」

「まぁ、そういうことだ。で? どこにいるか知らねえか?」


 当たりは静まりかえっており、聞き耳を立てられまくっているアレジたち。Sランクが欲しがる薬を作れる人物が、王都にいると聞いた冒険者たちはにわかにざわつき始める。


「おい、聞いたか?」

「Sランクが欲しがる薬ってどんなだよ」

「王都にいる薬師かしら?」

「なら、国家薬師ってことか?」


 ざわめきが逆にラリーたちの耳に入って来て、「あ、こりゃまずいかもしれん」と内心思う。情報は冒険者たちにとって重要であり、酒場にいる間はずっと話をしながら有益な話がないか聞き耳を立てているのである。こんな中で、有名人が話しているのを聞き逃すのは、大した冒険者ではない。そんな連中にとってアレジの求める薬の話は有益どころの話ではない。


 アカツキが良しとすればそれでいいが、乗り気でないならこの雰囲気は非常にまずいとアレジたちは慌てだす。自分たちの声の大きさに舌打ちをしながらも、何とか状況を打開すべく頭をひねる。しかし残念なことにここには参謀と呼べるほどの頭脳労働者がいなかった。


 アレジは見たまま聞いたまま完全に脳筋。ラリーたちもどちらかといえば物理特化のパーティだ。アイヴィーは魔術師で物理特化ではないのだが、魔術のこと以外考えるのが嫌という、頭のキャパを完全に魔術に振りきった魔術バカであり、今現在も挨拶以外全く発言していない。


 さてどうしたものかと、ない頭をひねっている最中、ギルドの扉が再び開かれた。しかもかなりの勢いだ。


「誰かっ! 助けてくれっ!」


 その必死なセリフに渡りに船とばかりに、ラリーたちは食いついた。


「まかせろっ」

「え?」

「その話のった!」

「は?」


 逆に驚いたのは、飛び込んできた金ピカ冒険者、エドガーである。






「……アレジ」

「……」

「……騒ぎすぎだ」

「……」


 ギルドマスタールーム。冒険者ギルドごとに存在する『ギルドマスター』の執務室である。主な仕事はハンコをつくことだ。

 いい加減うんざりしていたギルドマスターこと『マルガ=ザウルビーア』は、少ない言葉数で不満をあらわにした。見た目は完全におばあちゃんであり、正座でお茶をすすっているのがお似合いだ。しかし、みなぎる覇気に誰も茶化そうなどという考えを、頭によぎらせることすらできない。そんなおばあちゃんは、隣に座るアレジに釘を刺した後、対面のエドガーに向き合うマルガ。

 現在、上座にマルガとアレジ。テーブルを挟みエドガーとラリーが座っている。何故ラリーがと問われれば、「勢い」と言うだろう。当たり前のように座っている。


「……で?」

「え……? で? とは?」

「何があったって聞いてんだよ。察しろ」

「あ、はい」


 ここで主に喋っているのはエドガーだが、一応『殿下』と呼ばれる存在だ。当然だがアレジの粗雑な言葉遣いに、三人娘の眦はキリキリと上がっていくが、アレジもマルガも気にしない。アレジもマルガも正体を知っているのだが、特別扱いをしようとは微塵も思ってないようだ。

 しかし、ギルドマスタールームにペーペーの冒険者など呼ぶわけもなく、仲裁を行うわけもない。ナーガに勝てない程度の冒険者を呼ぶはずもないので、そこはすでに特別扱いしているのだが、そんなことおくびにも出さないマルガ。エドガーたちはそれが当たり前と享受しているが、本来ありえないことだということには気が付いてなかった。


「第三資源ダンジョンに潜っていたのですが……」

「……まさか、アカツキを連れて行ったってパーティは……」

「あ、はい。僕たちです」


 さっき酒の肴に話していたタイムリーな話題にヒットした言葉。すぐにピンときたラリーは、大物たちの間でも口を挟む。もっともラリーの中での大物はマルガとアレジであり、エドガーが正体を隠した大物だとは露ほども思っていない。金色の鎧なんか着たバカ野郎だと思っている。なお先ほどから口を挟まない三人娘は、壁際に整列し超然と立っている。三人娘と同じく壁にもたれかかっているラリーパーティの三人は、他の三人はその立ち姿に「おやっ?」と違和感を感じているが、エドガーに詰め寄っているラリーは残念ながら気づいてはいなかった。


「実は……」


 と切り出し、マクダ茸を採取のため、第三ダンジョンに潜ってきたこと。もう少し稼いでから帰ろうと欲を出したところ、ナーガとナーギィが奥から現れたこと。そして……


「見習いのアカツキくんの足を狙撃し負傷させ、囮にして逃げてきました」

「なっ……」

「……」

「……」


 こういった場で、意見を交わすのはラリーの仕事だと割り切っている、ラリーパーティの残りの三人だが、はらわたは完全に煮えくり返っている。アカツキが幼いころからの付き合いなのだ。甥っ子同然に見ているアカツキを囮にしたと聞かされて、冷静でいられるわけもない。例え表面上は泰然自若としていても。


 エドガーとて自分でアカツキを撃ったわけではないが、部下の不始末は上司の責任とばかりに、『誰が』の部分を決して話そうとはしなかった。なかなか見上げた男である。


 中央では動揺するラリー。眉をしかめるマルガ。平然としているアレジ。うなだれるエドガーという構図になっている。

 そんな中、マルガが口を出した。


「応援は要請できん」

「なぜですっ!」

「ナーガとナーギィといえば、揃って出現した場合、討伐ランクが一つ上がる。仮に片方だけだったとしても、見習い救出のためにランクBの魔物を相手取っての救出劇など、おいそれと命令などできん」


 至極まっとうな言い分だった。ただの討伐ならまだしも、救出だ。当然だが難度は上がる。毎日のように入ってくる見習いを助けるために、ギルドの財産であるハイランクの冒険者を、出すことなどできないというのがマルガの考えだった。いつもよりもかなり喋って疲れたのか一息ついている。


 薄々わかっていたのか、エドガーも初めの一言以外、噛みつこうという気配はなかった。そんな話はここへ帰ってくるまでにさんざんやって来たのだ。そう言われることも覚悟の上だったが、やはり実際に言われてしまうとクルものがある。


 沈黙が辺りを支配するそんな中、口を挟もうとしなかったアレジが、ぽつりとつぶやいた。ただし、静けさの漂う中、その言葉は悠然と響く。


「まぁ、ナーガ程度なら大丈夫だろ。なんせ俺の……いや、俺たちの弟分だからな」

「え!?」

「!?」


 ラリーは口に出して、エドガーは口にせずに驚いた。マルガも表面には出てこないが、「続きを話せ」とばかりに、顎をしゃくる。


「アイツは、昔から俺やベラ、ゼファーと遊びと称していろいろやっていてな。面白半分にいろいろと遊んでやりながら仕込んでいた」

「「「「「「「は?」」」」」」」


 マルガ以外の全員の目が点になる。マルガも表面に出ないだけで内心驚いていた。


「なに驚いてんだよ。セキエイさんがいるときには、調剤はあの人がやってたんだぜ? フルカスタムの薬を作ってもらおうとしたら二、三日かかるし、どっか行くにも時間が中途半端。どうしようかと思ってたらチビのアイツが目に付いた。暇つぶしにアイツにかまってたら、アイツも順応し始めたしな。これはおもしれーってことで、いろいろとやってたんだよ。俺だけかと思ってたら、後で知ったことだが、七人のうち五人が仕込んでんだぜ? ガキの頃からSランクの教えを受けてたアイツが、ナーガ程度に遅れなんかとるかよ」


「「「「「「「……」」」」」」

「それは……本当の話か?」

「当たり前だろうが。本当にアカツキのピンチだったら、俺がただで助けに向かってるよ。今ここでのんびりしてるのがその証拠だと思えや」

「そんないきなり、ナーガと戦えるのか? ナーギィもセットだと報告されとったが」

「……」

「おい」

「……大丈夫じゃないかな」

「……お前」


 勢いが急にしぼんだアレジ。そういえば、自分相手には結構やれてたが、魔物相手の戦いなんて見たことないなと気づいた。うっすら汗をかき始める。アカツキに実力があることは間違いないと断言できるが、悲しいかな経験がない。タイマンならともかく二対一ならどうなるか分からないと今更気づいた。こういうところがアレジの残念なところである。


「よいせ」と椅子から立ち上がると、「こうしちゃいられねえ」とギルドマスタールームを出て行くアレジ。見送る残り。


「「「「いやいやいやいや」」」」


 後ろを振り向きもせずに出て行くアレジに、ツッコミを入れながらラリーパーティが追随。


「あっ、僕たちも行きます! 行くよ!」

「「「はい!」」」


 そう言ってやんごとなき方々も、ギルドマスタールームを後にした。


 残ったのはギルドマスターマルガただ一人。


「……茶でも飲むか」


 茶を入れながらおばあちゃんは、未だ見たことのない、アレジたちによる魔改造を受けたアカツキなる見習いに思いを馳せる。


「大物誕生か……それとも……」


 どちらにせよ、無事帰って来てからの話だなと、再びハンコをつく仕事を始めた。

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