番外その2 殿下
「どういうことだっ!」
「……」
「マイ! 黙ってないで答えろっ!」
ここはB3FからB2Fへと上がる坂の手前にある踊り場。この資源ダンジョンは、階段ではなく、坂で階層を上下する。坂もぬかるんでおり、微妙に移動がしづらいが、そこはダンジョンということだろう。ただの資源収束地ではないのだ。
後ろからのプレッシャーが気が付けば消えていたこと。そして、比較的広い所へ出たことで、気持ち的に一区切りついたということもあり、立ち止まったエドガーは、後ろを振り返り、行きとは違うことに気付いた。
もちろん、アカツキが付いてきていないことだ。
辺りを見渡しても、エドガー以外の男はいない。焦ったエドガーは、取り巻きたちに確認した。
「……アカツキくんはどこだ?」
「え?」
「あ、あら?」
「……」
辺りを見渡す取り巻き。三者三様の態度を示すなか、一人だけおかしな反応を返してくる者にエドガーは気付く。
「……マイ、アカツキくんはどうした? 何か知っているんだろう?」
優しく問いかけるエドガーだが、マイは顔をしかめたまま、何も言おうとはしない。まるで何かをこらえているようである。
「ねえ、あの子どうしたの?」
アイからもマイに問いかける。ただし、込められた感情はやや強め。責められているようにマイは感じた。もちろん、マイに後ろめたいことがあるからだが、本人はアイが強く出ていると感じているだけだ。無意識にやったことをなかったことにしようとしていた。
アイはアイで、まだ礼も言えていないことから、明らかに何かを知っているマイに対し、徐々に強く出る。もう一度同じセリフを口にした。
「……ねぇ、あの子どうしたの? 答えなさいよっ! 何か知ってるんでしょ!」
ついに実力行使に出たアイ。マイの胸ぐらを掴みがくがく揺さぶる。
「……」
「ッ」
しびれを切らせたアイは、どんっとマイを地面に突き飛ばした。アイにそういった意図はなかったが、結果としてマイは地面に滑り込むことになる。ただし、踊り場とはいえここも第三ダンジョンであり、当然通路はぬかるんでいる。使い込まれた装備はすでに泥だらけだ。
俯きだんまりを決め込むマイだが、三人からのプレッシャーについに耐えられなくなったのか、ポツリポツリとこぼし始める。
「エドガー様」
「……なんだ?」
「我々にナーガの討伐はできない。そうですね?」
「……あぁ。残念だが、我々ではあの夫婦蛇を相手にすることはできないだろう」
アカツキの前で纏っていた雰囲気など微塵もなく、いたってマジメな雰囲気が四人を纏う。確かにエドガーパーティではBランクのナーガとナーギィは手に負えない。エドガーたちの逃走という行動。それ自体は全く正しいことをしていることは間違いない。
「我々はエドガー様を生かして帰さなければなりません」
「……承知している」
取り巻きたちは必ずエドガーを無事に帰さなくてはならない。マイはごくりとつばを飲み込む。蔑まれ、なじられるのを覚悟の上で、彼女はアカツキに対して行った所業を暴露した。マイの取った行動は、エドガーを守る上ではこの上なく正しいことだ。ただし、褒められたことではないのは間違いない。
「わたしは彼に対して、矢を放ち、足を傷付け動けなくしました」
「な、んだと……?」
「ですから、アカツキくんを動けなくして、囮にしました。我々が助かるために」
堂々と言い切ったマイ。周りには静寂が立ち込める。そうして冒頭へとつながっていく―――
冒頭のセリフへの返答は、事を為したマイでもなく、頭に血が昇っているアイでもなく、もう一人の取り巻きが発言した。もちろんミィのことである。
「エドガー様……いいえ、殿下。我々はあなた様を生きて帰さなくてはならないのです。どんな犠牲を払っても」
「……」
エドガーは気付いた。気が付いてしまった。自分が身分を隠し、冒険者の真似事をしたからこそ、アカツキが巻き込まれたということに。
「……お気づきになられたようですね。我々は近衛騎士とはいえ、基本的には対人戦闘に特化した騎士なのです。あのようなハイランクの魔物を相手に、善戦こそできるかもしれませんが、そういった専門家である冒険者にはかなわないのですよ。何より生き延びるためのスキルに欠けています。一騎打ちの末に死ぬ。騎士とはそういう生き物です。無様をさらして生き延びるという、プライドも何もない行動はとれません」
そうして、殿下を諭した後、アイにも視線を向ける。
「アイ。あなたもですよ。命を救われたからといって、あれほどうろたえてどうするのですか。彼はまだ見習いなのですよ?」
「だからだ! 我々が殿下をかばって死ぬのはいい。だが、そのために彼が巻き添えを食っては……!」
「運がなかったのですよ。彼がたまたま見習いの相手として、我々と組んでしまったことは」
「お前ぇぇぇ!」
淡々と告げるミィ。アイは激怒。マイは自嘲したように、皮肉気な笑みを浮かべている。収拾がつかなくなってきたところへ、殿下がミィに確認するように話しかけた。ただし、その答えにおおむね辿りついているのか、覇気は薄い。
「……つまり、もう我々にできることはないんだな」
「そうですね。精々、ギルドに救援要請をするくらいでしょうか……ただ……」
救援要請とは、予期せぬ出来事が発生した場合、報告時点でギルドにいるハイランク冒険者に助太刀に行ってもらう制度だ。もちろんすぐに行ける場所限定の話であり……
「ただの見習いのために動いてくれる冒険者がいるかどうか……」
ギルドにとって有用かどうかが、要請を発動できるかどうかの基準となる。
―――見習いという冒険者と見なされない存在に、その制度が採用されるかどうかは、可能性としては限りなく少ないと言わざるを得なかった。
それでもエドガーはわずかな可能性に賭けて、とにかく行動する。
「……とにかく急いでギルドへ帰るぞ。こうしているうちにもアカツキくんは、ピンチに陥っているかもしれないんだ」
「ですが……」
「くどい! ミィ! ギルドへ帰還する。これは命令だ!」
言うや否やさっさとB2Fへと昇る坂を上っていくエドガー。いつもの殿下とは違う雰囲気に、一気に飲まれてしまった三人娘。彼女たちはエドガーに付いて行くしかなかった。
この後、奇跡のようなタイミングにより、アカツキに迎えが出るのだが、この時の四人はもちろん知る由もない。
さらに、この時の縁がきっかけで、アカツキの人生がおかしな方向へと捻じ曲がることも、アカツキ含め誰にも気づくことなどできはしなかった。
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