第37話 ナーガとナーギィ

「結構やるね、アカツキくん」

「いえ……出過ぎたマネをしてすみません」

「何を言ってるのさ! 僕の子猫ちゃんを助けてくれたのに、そんなこと思うわけないさ!」


 HAHAHA! といちいちテンションがうっとおしいエドガーだが、意外といい人なのかもしれないとアカツキは感じた。


 一人前の冒険者を見習いが助けるという、プライドが傷つく行動をとってしまったアカツキは、エドガーはともかく、取り巻きとの微妙な空気が振りきれないまま、クエストの目的『マクダ茸 30本』をエドガーパーティと共にむしっていた。しかし……


「……」

「……」


 取り巻きその一、盗賊のアイから放たれる視線がどうにも落ち着かない。こそこそ見てるならともかく、圧力が強すぎる。仕方なしに声を掛けるのだが……


「あのぅ……」

「!」


 ぐりんっと真反対に顔を向けるアイ。そちら側にいたマイが、その強視線を向けられビクッとなっている。


「ハァ……」


 いったい何度目だと言わざるを得ないため息を再びついた。






「さて、アカツキくん。これを頼むよ」

「わかりました」


 アカツキはエドガーたちから、採取したマクダ茸を預かった。そして、ギルドから貸し出されたカバンへと入れていく。掌ほどの大きさの茸はすぐに、カバンを程よく占拠してしまった。


「もうあまり入らないね……もう少し稼いでいこうかと思うんだけど、アカツキくん、構わないかい? 茸だけだとさすがにもったいないからね。僕たちもカバンを持って来ているから、それを頼みたい」

「はい、大丈夫です」


 構わないかも何も、アカツキに発言権などない。ここは第三ダンジョンB3F。五階層から成るダンジョンであるため、これより先に二層あることになる。


 出てくる魔物は先ほどの化け蛙に加え、人食い貝、触手海鼠なまこ、浮遊魚、飛来ヒトデなど、水辺を縄張りとするものばかりである。生理的にダメな人はダメな生態の魔物が、生息していた。


 エドガーたちからカバンを預かり、後ろをついていくアカツキ。先ほどの汚名をすすぐべく、ばっさばっさと進むエドガーパーティ。そんな最中、一人の取り巻きが仕事を放棄してアカツキに近づいてきた。言わずと知れた盗賊のアイさんだ。先ほどから視線をチラチラとアカツキに向けて来ていたが、どうやら意を決したらしい。先ほどまでのアイのポジションにはエドガーが収まっている。


「あの……」

「……なんでしょうか」


 アカツキは彼女が実は苦手であった。先ほどはそんなこと言ってられないので、思わず助けに入ったが、本来であれば言葉も交わしたくない。理由は言わずと知れた、初対面の時。


 ―――『変な想像してんじゃないよ、エロガキ』


 変な想像も何も、エドガーの遅刻の理由が変な想像の原因だったわけで、アカツキは悪くないと思うのだが、それに対して攻撃的に踏み込んできたのが、苦手意識の元々の原因だ。加えて、アカツキがお年頃だったこともあって、想像はこれでもかと膨らんだ。細部は見たことがないのでぼやけてはいたが、アカツキの想像はたくましいとだけ言っておこう。


 それにしたって、その攻撃性は鳴りを潜め、もじもじしているアイ。これではまるで、想い人の前に何の準備もないまま放り出された婦女子のようである。アイは婦女子であるが。

 アカツキのほうから言葉をかけることはない。だって苦手だから。『はよどっかいけや』というアカツキの心中も知らないアイは、意を決してアカツキのほうを見る。


 見る。

 見た。

 反らした。


「わたしっ、盗賊だからっ!」と人によっては犯罪者宣言ととられない一言をアカツキにぶつけ、彼女は再びパーティの先頭に立った。エドガー他二名のアカツキに対する視線が痛い。






 ―――しかし、そのような状況もそんなに長く続かなかった。






「わぷっ」

「きゃっ」


 アイに先頭を譲ったエドガーが、よそ見をしたままアイの背中にぶつかったのだ。つまり、アイは立ち止まっていたということになる。


「どうした? 子猫ちゃん。何かあったのかい?」


 相変わらず名前を呼ばないエドガー。呼ばれた子猫ちゃんは震える手で、前を指さした。暗がりで何も見えなかったエドガーは頭に「?」を浮かべ、アイに問いかけた。今度はわりと真剣なテンションで。


「……何が見えるんだい?」


 エドガーの問いにアイは答えなかった。しかし、視線は固定されたままだ。訝しく思ったエドガーは、アイの視線の先を追う。何も見えなかったが、ずるり、ずるりと何かを引きずる音が徐々に大きくなってくる。


 しかして、暗がりより現れたのは緑色の肌をした下半身が蛇で、上半身が人の魔物。しかも男女で一対。男のほうの蛇は、三叉の槍に盾を持ち、女のほうの蛇は反りの付いた槍を両手で持っていた。視線は完全にエドガーパーティ、並びにアカツキのほうを見据えている。


 アイは震える声で、ぽつりとつぶやく。


「ナーガと……ナーギィ……」

「ナーガだと!? どうしてこんな場所に!?」

「そんなことわからない! わからないわよ!」


 半狂乱になって叫ぶアイ。エドガーも先ほどまでの余裕はない。豪快な男だと思っていたが、とっさの判断力はなかなかのものらしい。


「撤退だっ! 逃げるぞ!」


 ダッ! と走り出すエドガー。それに追随する取り巻き。今までの緩やかな雰囲気とは一転、ピリピリするような空気の中、アカツキ以外は即座に反転し、走り出した。ビチャビチャと泥をはねながら、足を取られないように慎重に且つ最速での離脱を試みる。


 慌てふためくのはアカツキである。先ほどまでの友好的な雰囲気は、エドガーからは完全に紛失し、とにかく逃げることに集中していた。当然、アカツキにかまっている余裕などない。


 エドガーたちの様子を見て、俺も逃げなければと後を追うアカツキ。だが後ろから引きずるような音を立てながら、ナーガ達が後ろをついてきていることが振り向かなくてもはっきりわかってしまい、ナーガ達のプレッシャーがアカツキの背中に降りかかる。


 とにかく走ろうと、剄を練るヒマもなく追随するが、


 ―――ヒュン


「いっ!」


 アカツキは足に痛みを感じ、転倒した。何が起こったと周りを見渡せば、一本の矢が通路に刺さっていた。逃走するエドガーたちを見れば、


 ―――歪んだ笑みを浮かべたマイが、走りながらこちらに弓を構えていた。


「くっそ! あの野郎!」


 さっきはとんでもないファンブルをかましておいて、こんな土壇場で走りながらピンポイントでアカツキの足を狙うというミラクルショットを決めたマイ。そのまま背を向けエドガーたちの後を追っていき、やがて誰の背も見えなくなった。


 ラリーの忠告が今、本当にアカツキの血肉になったのだ。皮肉なことに。


 ぬかるんだ地面をバンバンと叩いたが、そんなことで状況が変化するわけもない。後ろから迫ってくるナーガとナーギィを何とかしなくては、ここで肥やしにされてしまう。


「……こんなところで終われないんだ。お前らにこの命をくれてやるわけにはいかねえんだよ!」


 救世のために村を旅立った、フィオナとの再会を現実のものとすべく、アカツキは立ち向かう。


 対するはナーガとナーギィ、アカツキは後程知るのだが、夫婦めおと蛇と言われるBランクの魔物である。

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