第36話 ハーレムパーティの実力

 第三資材ダンジョン。全体的にかなり湿気ったダンジョンであり、土でできた通路にはところどころ水たまりが配置され、全体的にぬかるんでいる。壁も天井もぬめりがあり、もちろん通路もだ。サラサラとした渇いた場所がほとんどない。


「うわぁ……」


 歩きにくい。足を踏み入れてわずか10歩ほどでアカツキが持った感想だ。こんなところで荷物持ちとか最悪な気分である。おまけに……


「いやぁ~ん♡ 足が滑るぅ。エドガーさまぁん、おててつないでもい~い?」

「あっ、わたしも~」

「……わたしも」


 エドガーハーレム絶好調である。どこが冒険者なのか、本気でわからないアカツキ。ついでにエドガーの手が二つ、ハーレムメンバーは三人、どうするのだろうと少しだけ興味を持ったが、まぁどうでもいいかとすぐに思考の振り分けをやめた。答えに辿りついたところでそれがどうしたという話になるからだ。


 アカツキはレイチェルに押し付けられた、頑丈な革でできた手甲や脚甲、心臓のみを覆った胸当てを装備している。ちなみに何かを見出されたのか、出世払いということで、今のところお金を払ってはいなかった。


(後払いとか怖いよなぁ……)


 流石に付き合いが長いエヴァンスがいるから、無体なことにはならないだろうが、とにかく借りが出来てしまった。貨幣経済に身を置いていなかったアカツキは、言い方はどうあれ借金というものを背負ってしまったことに不安を感じている。とにかくさっさと借金を返すために仕事を頑張らなければならないと、気持ちを新たにしていたのだが……


「子猫ちゃんたち。ちゃんと警戒してくれたまえよ。資源ダンジョンとは言え、ダンジョンはダンジョンなんだ。宿に帰ったらたっぷり可愛がってあげるからね」

「「「キャー! エドガー様、ステキっ!」」」

「……ハァ」


 出会った時のように両手と背中にべったりへばりつかれた、エドガーとその取り巻き(アイ、マイ、ミィということは先ほど知った)を見て、ちゃんと帰れるか不安になるアカツキ。無意識に腰のポーチに忍ばせた薬瓶を撫でていた。ちゃんとあるか確かめるように。いざという時のために。






 エドガーパーティの編成は剣士エドガー、盗賊アイ、弓師マイ、槍士ミィと特殊な職である、魔術師や治癒師、錬金術師を組み入れない、ある意味構成しやすいパーティとなっていた。平たく言えば、武器さえ持てば名乗れる職だ。しかし……


「そっち行ったぞ! マイ! 射撃でけん制してくれ! アイは撹乱! ミィは俺と一緒に仕掛けるぞ!」

「「「はい!」」」


 クエストの目的『マクダ茸 30本』を見つける前に、巨大な紫色の化け蛙に遭遇。アカツキを後ろに下がらせ、生理的嫌悪感を抱きそうな、化け蛙を相手に勇ましく四人で立ち向かうものの……


「あっ」


 ビヨンとマヌケな音を立てて足元に落ちる矢。何とマイは矢を飛ばせないというミスを犯し……


「きゃあっ」


 通路がぬかるんでいることはわかっているはずなのに、全力で地面を蹴ろうとして、アイはまさかの足を滑らせるという失態。ズベシャと地面にダイブし泥まみれ。


 化け蛙の行動を妨げるための牽制を全くできないまま、仕方なくエドガーとミィは時間差で攻撃を仕掛けた。地面がぬかるむ中、二人は足の力加減をうまくこなし、必ず180度の位置で仕掛け、常に背中側から攻撃を仕掛けるようにする。


「くっ、ぬめってうまく斬れない!」

「狙いがずれますっ!」


 化け蛙の表皮はぬめっており、うまく刃が通らない。悪戦苦闘している二人に、特に被害がなかったマイが、「援護します!」と今度はしっかりと矢を飛ばした。


 ―――ぽよん


 矢じりの先端が入っていく角度が悪かったのか、矢ははじかれクルリと回転。近接戦闘状態であったエドガーとミィは、目の前で矢じりが暴れるのを見て思わず蛙から距離を取った。


 すかさず化け蛙は、長い舌をちろりとだし、おもむろに振り回した。バチバチィ! と舌の広い部分がエドガーとミィにまともにヒットし、二人ははじかれることとなる。


「ぐわっ」

「きゃあっ」


 ダメージはあまりないが弾き飛ばされ、ついに近接組も化け蛙から距離を取らされた。アカツキはじっとそれを見ていたのだが、


(……こんなにためにならないパーティは初めてだ)


 見習いに見習いを付けても意味がないことから、彼らはアカツキよりも長く冒険者をやっていることは間違いない。しかし先の三件で、「先輩ってやっぱすげー」とか思っていたアカツキもこれはないだろと、露骨にガッカリしていた。


 初めは連携らしきものを見せていたものの、精度が異常に低い。おそらくセオリー通りの動きなのだろうが、相手がイラつくような牽制が出来ていない以上、剣と槍の攻撃も簡単に凌がれる。

 本来であれば、攻撃を許している以上化け蛙の警戒心は低いことは間違いなく、牽制はともかく剣と槍がしっかりと刺されば、それで終わりの話のはずだった。

 それを外したうえに、焦った弓師が牽制を追加。しかし精度の低さが逆にこちらの攻撃を躊躇させた挙句、反撃を許すという体たらく。ちなみに盗賊は泥だらけの自分を嘆き、「お風呂入りたい~」とのたまっていた。






 見習いは荷物を持って、見ていればいいだけとは言われたものの、長い後ろ足で飛び上がった化け蛙を見て、さすがにまずいとアカツキは判断した。化け蛙というだけあって、体長は約3メートル。当然体重もそれなりだ。おそらく上から押しつぶすつもりなのだろう。標的は―――


「えっ?」


 ―――泥だらけの盗賊、黒髪ウェービー『アイ』だ。


 女の子座りで、風呂に入りたいとのたまい、警戒心を全く抱いていなかったアイは、突然自分の周りに現れた黒い影を訝しく思い、何の気なしに見上げた。そこには当然、ジャンプの頂点から自由落下に任せた化け蛙が、アイを押しつぶそうと迫ってくる。


「あ……」


 周りどころか上も全くの警戒の外。はっきり言って盗賊職失格であるが、姿勢もすぐに動けるような体勢ではない。


「アイィィィィーーーッ!!」


 ぬかるんだ洞窟型ダンジョンに、エドガーの悲鳴が響き渡るが、そんなもの今現在訪れているアイのピンチに何の意味ももたらさない。

 他の取り巻きは、すでに目を逸らし、せめて悲劇を直接見ないようにしていた。何とかしようとは思っていないようだ。


「ハァ……」


 何だかここへ来ると決まってから、やけにため息が多いなと思うアカツキだが、出るものはしょうがないと気分を切り替え、ポーチから薬瓶を一つ取り出した。ちょっと周りがぬかるんでいるが、空中にいるのだから問題ないだろうと一粒取出し、手甲で丸薬を。すぐに表面の色が変わり始める。何かのカウントダウンのように。


「さぁ、頼むぞ。うまく爆発してくれよ」


 アカツキが取りだしたのは『爆丸』という薬、というかなんというか。少しの温度変化で爆発するとある鉱石を、少しの摩擦力で熱が伝わってゆくとある草を練って、鉱石をコーティング。簡単に作れる代物だが、基本錬金術の錬成陣に頼り、綺麗ないいものを作ろうとしている錬金術師には作ることが出来ない、がばがばのレシピで生まれるような逸品である。


 そんな爆丸を、アイと化け蛙の間に投げ込んだ。その後、猛烈なスピードでアイの元まで走ると、お姫様だっこでその場を避難した。念のため全開ではないものの、剄をわずかばかり練っていたのだ。あんな体たらくをさらしていたのだから、ピンチが訪れそうというアカツキの判断も別に間違ってはいなかった。現に今、その力が有用になっている。


「ひょわああ」と、先ほど凄んできたのは何だったのかと思うような、女の子らしい悲鳴を上げたアイを、姿勢を変えて抱きかかえると、地面に飛び込んだアカツキ。


「伏せろぉぉぉぉぉ!」


 アイの耳元がキンキンするほどの音量で叫んだアカツキ。ボサっとしていた残りの三人も、何が何だかわからないものの、アカツキの声の圧力に思わず従う。


 この間未だ空中に身をさらしていた化け蛙は、どうすることもできずに、


『DOGOOOOOOOOOONNNN!!!!…………』


 余韻込みで、強烈な爆発に巻き込まれた。大量の煙から飛び出し、裏返ってべしゃりと地面に落下した化け蛙はピクリとも動かない。死んでいるかどうかはわからないが、腹を出して動かない魔物を仕留めるチャンスなど、ここを置いて他にない。しかし、誰も動かないのでアカツキは仕方なく止めを刺すべく、槍士のミィの槍を勝手に借りた。舌で吹き飛ばされた時に手放し、地面に突き刺さっていたのだ。

 念のため三回ほど腹を貫く。素材として回収できるのかもしれないが、知識のないアカツキにはどこをどうすればいいか分からない。これからどこが売ったり使えたりするのか勉強することを今後の課題とし、化け蛙の息の根が止まるのをしっかりと見届けた。


 妙に熱っぽい視線にさらされていることには、最後まで気付かなかった。

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