第34話 冒険者に悪い人はいない

 あれからすぐに、アカツキを連れて行ってもいいというパーティは現れた。


「よ~っし。ここで野営の準備をしよう。アカツキ君、手伝ってくれるかい?」

「はい!」

「おっ、いい返事だな。こういうのは慣れだからな。メモをとったりするより、実際にやってみて、あとから書いて補強するのがいいんだ」


 無精ひげの、おじさんに片足を突っ込んだ微妙な年齢の男性冒険者に、彼の仲間たちが茶々を入れる。


「おいおい何言ってんだよ、リーダー。俺らとやり始めたとき、碌に字も書けなかったくせによ」

「まったくだぜ。勇者の坊ちゃんじゃねえんだ。従者が何でもやってくれるわけじゃねえんだぜ」

「う、うるせえ!」


 三人組の男性のみのパーティだったが、えらく居心地が良かったのを覚えている。野営の行い方、見張り、魔物の解体なども教えてもらえた。


 男性同士だったので、ゲスい下ネタでゲラゲラ笑えたのも楽しい思い出だ。






 その次は女性の四人組。リディアの姉ほど変態性はないが、際どい装備の冒険者もいた。


「ねえねえ、アカツキくん。背中拭いてあげようか?」

「えっ? いやいや、結構です」

「じゃあ服脱いで」

「いやだから、結構だって」

「結構って『OK』って意味でしょ?」

「違いますよ!」

「わ~かってるって~。お年頃の男の子だものね。じゃああたしの背中拭いてよ」

「……」


 この後、四人共の背中を拭く羽目になったアカツキ。半分くらい大人の階段を昇らされた。年上の女性はタチが悪い、心のメモ帳に書きこむどころかキッチリと刻み込まれた。


 ―――異性の冒険者、立ち振る舞い要注意、と。






 はたまた、ラリーの指摘ほどではないが、見習いポーターに対して雑な扱いをする者たちもいた。


「おい、新人!」

「はいっ!」

「メシを作れ」

「はいっ」


 …

 ……

 ………


「……うまい」

「あざっす!」


 三年間の一人暮らしは伊達ではなかった。基本フィオナの家が何とかしてくれていたのだが、だからといって全くおんぶにだっこといったわけではない。炊事、洗濯、掃除。家事は一通りこなせるアカツキ。調理スキルもそれなりである。ただ干し肉をかじるよりはかなりマシなようで、


「うっ……」

「ど、どうしたんですか?」


 居丈高なコワモテ冒険者が突然泣き出した。「家庭の味がする」とバクバク食べている。恐る恐るアカツキは一歩踏み込んだ。「なんでそんなに感動しているのか」と。「うるせえ!」と言われることも覚悟の上であったが……


「上からの物言いに耐えられないって、子供を連れて出て行ったんだ……」

「……いつもそうなんですか?」

「クセなんだ……」


 ちゃんと話してくれた。そして打ち解けた。ソロでやっていたのは、おそらく性格に難があったんじゃないかとアカツキは推測した。


 アカツキは三つの事例を基に結論を出した。ちょっと早いとは思うが、これは人生経験の差だろう。いくら一人で三年やって来たからといって、特に悪意にさらされたことのないアカツキを責めることはできない。


 ―――冒険者に悪い人はいない。


 村を出てすぐに知り合った、リディアとルイーズ。実家に客としてきていたSランク冒険者たち、そしてラリーたち。クセのある人が多いが、概ね話しの通じる人ばかりだったのが幸い、いや、この場合は災いしたのだろう。






 次のクエストでド級のピンチに陥ったのである。






「ダンジョン、ですか?」

「はい。枯れない資源の宝庫。ダンジョンです」


 登録時より何かと面識のあるリア=ベル嬢に、ダンジョンとは何かという説明を受けるアカツキ。


 明らかに物理法則を無視し構築された迷宮には、数々の資源が眠る。薬の元になる草花や、時間がたてば元に戻る鉱脈、そして何より多種多様な魔物が跋扈しているという場所だと。


 ダンジョンランクは、魔物の強さ、そしてトラップのエグさで決められる。採掘できる鉱脈などもそれに比例するのが一般的だ。基本、難所にあるものほどランクは高く、誰でも行けそうなところは低い。一般に知られているダンジョンで、一番危険度が高いとされているのは、


 ―――険し牛魔王の煉獄


 五大災害種の一体である「ミノタウルス」が、支配する迷宮といわれている。もちろん現在知られている場所というだけで、誰にも到達できないような場所にもある可能性は高い。今回は王都に近い名もなきダンジョン。当然そんなところにもぐる冒険者など、大したランクではない。


「そこに行くパーティに付いて行けと?」

「そういうことですね」


 聞けば一人のイケメンを中心としたハーレムパーティだという。アカツキは猛烈にイヤな顔をした。


「……いたたまれない感じになりそうなんですけど……」

「まぁ、君には婚約者がいるんだし、大丈夫でしょ」

「いやいや。俺の場合、強制的に会えないだけなんで、目の前でいちゃつかれるのたまらんのですけど」


 思春期真っ只中のアカツキ。いろいろと溜まるのである。


「とにかく明日の朝六時の鐘の時に、正門前で集合ね。良い調子だから頑張って」

「……うす」


 なんとなく嫌な感じがぬぐえないアカツキは、入念に準備をすることにする。万が一に備え、回復薬も上級レベルの物に、そして……


「出番がないといいけどな……」


 回復薬とは別の丸薬を、カバンに忍ばせた。非常時に使うものだ。余裕があればいい。だが、ラリーの言葉がどうしても頭を離れなかった。

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