勇者その3 聖女の憂鬱

「どうして私ではないのでしょう……?」


 ジャンヌ=レアンドルは、礼拝堂の中心にある聖祭壇の前に立つ4人の男女を見つめながらつぶやいた。


 ここはカリーネシアにある総本山大聖堂。加護を授かるという一大イベントとあって、聖堂内は信徒が溢れ返っている。敬虔なのも生臭いのも。


 あれから小賢しいセクハラをルシードから受けながらも、何とか無事に辿りついたフィオナ達。息つく間もなく到着した次の日には、早速加護を受けるべく、大聖堂へとやって来た一行。現在は何やら由緒正しき衣装とやらに着替えさせられた一行が、聖祭壇にて祈りをささげていた。


 ちなみに由緒正しき衣装とやらは、水垢離をした後下着もつけずに纏うのだが、向こう側が透けており男女ともに具が見えている。当然ルシードのエロ目線にさらされる羽目になるのだが、さすがに場所が場所だからか、ルシードに勢いがなかった。フィオナも抗議らしきものはしたのだが、案内役のシスターに、


「そういうものですので」


 という木で鼻をくくったような態度で一点張り。取りつく島もなかったフィオナは、猫背になり、上と下を両手で隠すというかなり無理な姿勢を貫くことになった。シャロンとロクサーヌは堂々としたもので、男前な態度を貫いた。そこらへんは王族や貴族という立場ゆえだろう。むしろ王族など着替えを自分でしないというのだから、見られたところで……というよりもそもそもシャロンはまだ11歳だ。フィオナと同い年とは思えないほど発育が悪く、つるぺったんであるためルシードも食指が動かない。月のものは来ているので子供自体は望めるのだが、今のところルシードが種をまく様子はない。


 そんな彼らは聖祭壇に上がり、片膝立ちで頭を下げ、祈りをささげた状態だ。王や皇帝に謁見する際の習わしのように、じっとしている。違うことと言えば「面を上げよ」という人物がいないことだろう。事前に打ち合わせた型どおりに儀式は進行している。こういうのが一番嫌いなルシードだが、女神の加護を得るまでは大人しくしているつもりのようだ。今のところトラブルらしきものはない。






「女神はなんと?」


 ジャンヌの隣にいる豪奢な僧服を着た、過剰な飾りを付けた錫杖を右手に持っている壮年の男性。ゆったりとした僧服であるため体のラインは見えないが、ガチガチに鍛えられている。名を『オーギュスト=シモン=モンテーニュ』といい、当代の教皇を勤めている。代々『シモン』を受け継ぐのは教皇のみ。カリーナ聖教におけるツートップであるはずなのだが、周りにいる人は少ない。人払いをしているのではなく、それにも理由があった。


「……今はその時ではない、と」


 悲しそうにつぶやくジャンヌ。オーギュストは顎に手をやる。


「ふむ。ならカリーナ様とは交信できるのじゃな?」

「はい。ですが……まるでお前の出番はないと言われているみたいで……」


 己の手を見つめ、力を集めるように集中すると、その手が輝きだす。聖女にのみ備わっていたはずの女神の加護の力だ。光る手を見て皮肉そうに笑うジャンヌ。それを見ていたオーギュストは、


「加護もいまだ健在、か……」


 新たな使徒が出現したから、ジャンヌはお役御免かと思えばどうやらそうでもないと老教皇は推察した。


「ぬ。どうやら儀式も終盤に差し掛かるようじゃぞ」


 オーギュストの言に従って、聖祭壇を見るジャンヌ。四人は両膝立ちで両手を天に伸ばし、何かを受け入れるような姿勢をとっている。すると、屋内であるはずの大聖堂に、光が満ちはじめた。


「おぉ……」

「これが……加護の授与……」

「新たな使徒の誕生か……」


 信徒たちは新たな神の子の誕生を純粋に喜んでいた。一方で―――


「これで、新たな聖女、聖人の誕生か」

「教会内も騒がしくなりそうですな」

「さて……誰につけばよいか……」

「ジャンヌではないことは間違いないかと」

「違いない」

「今でも一応聖女なのだから、言葉使いには気を付けないと」

「おっと、それもそうだな。どこに耳があるのかわからんのだし」


 イヤらしい笑みを浮かべながら、甘い汁を吸うために頭を巡らせるものもいた。


「……嘆かわしい。わしの力不足もあるが、いったいいつから教会はこのような俗物が我が物顔で闊歩するようになったのだ……」

「教皇様……」

「ジャンヌよ。身の回りの警戒だけは怠るなよ。ここは時代の変わり目よ」

「変わり目……ですか?」


 不埒な考えをおおっぴろげに声に出す阿呆どもの声は、しっかりと教皇の耳に届いていた。それでも、オーギュストは何も言わない。『ただ善を為せ』。その教えを曲解して、おかしな行動をとるものがいる。そういうものに限って、しっかりと自身に害が及ばないようにしているものである。すでに教会内には政治が持ち込まれ、派閥が存在し、自浄作用などないに等しい状態である。幹部クラスはそのような状態であり、純粋な教えを広めるのは入ったばかりの信者たちのみ。時間がたてばその者たちもやがてはどちらかに染まっていくだろう。


 そう言った状態であるのは、各国も知っているのだが、国境をまたぐ教会の教えが厄介であることには変わらず、信者も基本善良であるため、どうすることもできないのが実情だ。ここまでの状態になっているのを察しているのは上層部のみだろうが、生臭坊主の全体の比率自体が、さほどでもないためにどうにも表に出にくいというのが今の現状である。


「お前に対抗できる駒が今まさに誕生した。人数の上でも不利だ。あのような不埒な者どもも存在する。だが、神託を信ずるなら、お前にはお前の役割があると思われる。なんとしても生き延びねばならん」

「……そう、ですね」


 聖女と呼ばれながらも、己が身の非力さを感じずにはいられないジャンヌ。


「今すぐどうということはないだろう。彼らが事を為せない可能性もある。だが、道筋が見えたら……」

「……」


 言葉にできずとも、ジャンヌは察した。


 ―――カリーナ聖教は割れる、と。


 生臭い話をしている間に儀式は終了した。ざわつく聖堂内に、加護を目にできるのはジャンヌ一人。


「……本当に授けられてしまったのですね」


 聖女の目には、溢れんばかりの女神の加護を持て余している、勇者とその従者たち。これよりジャンヌは、彼らと共にリーネット王国へと向かう。


 ―――将来、敵に回るかもしれない者たちに、力のコントロールを教えるために。

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