第33話 ありがたい忠告
アカツキに『リアル』というものを叩きこんだ、レイチェルとの邂逅から明けて次の日。朝日も昇り切らない薄暗いウィルミントン邸の庭に、三つの影が揺らめいていた。
「くぅぅ……」
「ただゆっくり動くだけなのにこれほどきついとは……」
「まだいきますよ~。へその下に意識を集中させておいてくださいね~」
アカツキはそういうと、足を腿から持ち上げ、膝を伸ばしながら一歩踏み込む。その時間およそ一分。リディアとデイモンもその後に続く……が、
「ぐぅぅ……! あ、アカツキ…… もう少し早く動くのはダメなのか?」
「ダメ。この瞬間にも体に負荷はかかっているんだ。重たいものを持たなくても、誰でもできる鍛錬だ。しばらくすれば、体も鍛えられて動きにもなれる」
「……ただ重たい鎧を着て、動き回ればトレーニングになると思っていたが、これはなかなか……」
「もちろん鎧を着て、これやればかなりの鍛錬になりますよ」
「なる、ほ、ど……」
リディアの疲労はすでにピークだが、苦しそうにしながらもデイモンはついてくる。さすがは騎士団員といったところか。
たっぷり汗をかきながら最後の一動作。以前風が吹き荒れたアレである。
(大丈夫かな……)
剄は体中に充満している。依然と状況は同じだ。両足を肩幅よりもかなり大きく開き腰だめに拳を構える。リディアとデイモンもそれに続くが、疲労困憊で足も背中もプルプルしている。少し不恰好だが、それでもアカツキの方の見よう見まねで、だいたいの形にはなっていた。
「すぅ~……はぁ~……」
「「すぅ~……はぁ~……」」
準備は整った。アカツキは目を閉じ、体内へと意識を向ける。
(うん。剄の流れは重畳。いつもと同じ。さぁ……)
「せいっ!」
「「せいっ!!」」
ゴァオ!!!!!!
「のわぁ!」
「きゃあ!」
「ぬうっ!」
いつもと同じようにやったはずなのに、やはり結果は芳しくなかった。三人とも転ぶ程度の被害で、幸いにもウィルミントン邸に被害は出なかったが……
「きゃああああああああああ」
アカツキの知らないところで、アカツキの知らない娘さんが、突風にスカートをまくられるという事件が発生していた。朝っぱらから眼福な親父がいたとかいないとか。
リディアとデイモンがひっくり返って無様をさらしている最中……
「解せぬ」
当の本人は困惑の真っただ中。未だ、理由は不明だった。
「……全然手ごたえがない」
「そんなすぐにできてたまるか。とにかく体を馴染ませることだ。何か体の中からあふれるものがあるのは感じられたんだろ?」
「まぁ……そうだが……」
割と恥ずかしい目にあったのに、払った対価が釣り合ってないと感じるリディア。だが、訓練内容がすぐに反映されるわけがないことも知っているので、納得せざるを得ない。
「いいなぁ~、二人して。あっ、デイモンさんもだから三人でか。いいなぁ~」
「お前は起きれんだろうが」
「だぁってさぁ~……」
―――ウザい
アカツキ、リディア共に抱く感想はそれだった。朝ご飯を食べ終わっても部屋から出てこないくせに、いっちょまえなことを抜かすリディアのコンビに、二人は辟易していた。
現在の時刻は9時の鐘が鳴って、すでにしばらくたつ。朝一とは呼べない時間帯だ。ルイーズは起こしに行かないと、本当に起きないとリディアはいらだち交じりに話す。
「あたしも、教えてほしいなぁ~……」
チラチラとアカツキを見てくるルイーズ。手で口元が見えないようにしてアカツキはリディアに顔を寄せると、
「おい、アイツ初対面の時と全然違うぞ。もっと見栄を張るタイプかと思ってたが」
「あぁ……ルイは気を許し始めると、途端に甘えん坊になるんだ」
「……ただウザいだけなんだが」
「アレは甘えているんだ。いつもあれが出て、距離を置かれるんだ。だから、あの子には友達がいない」
「……凄いなお前」
「……私も友達がいないのでな。良かったじゃないか、好かれているぞ」
「……うれしくない」
いらんことを聞いてしまったアカツキは、チラチラどころかガッツリ視線を向けてくるルイーズに対し、なぜか愛想笑いをした。口の端が引きつっている。ついでにさっきのルイーズのお願いにも返事をした。
「機会があったらな」
「本当!?」
「わーい」と子供のような喜び方をするルイーズ。オトナな返しをしてしまったアカツキは、若干の罪悪感を感じている。
「あれをやるのか?」
「あれをやらないと、剄が認識できない。無理矢理引き出してやらないと」
リディアを見ると、かなり顔が赤い。夕方でもないので、おそらく自分の犯した痴態を思い出しているのだろう。ごまかしようがなかった。アカツキはオトナなので見て見ぬ振りもできる。なのでしらっと流し、「でも」と続けた。
「アイツに使えるかどうかはわからないけどな」
いきなり使えるとか、全くダメとか、どちらか極端な結果が出るような気がした。
「アカツキ」
「あれ? ラリーさんたちじゃんか。おはようさん」
「おはようさんじゃないわよ。ランクのわりに出てくるのが遅い」
ギルドに入るなり、ラリーたちに声を掛けられたアカツキ。エリノーラなどはあきれて小言をこぼしている。今日は全員集合のようだ。ジェイコブだけは顔色が悪い。何があったかは、言わずもがな。
しかし、付き合いも長いので、まるで家族に言われたような気しかしないアカツキは、まるで気にした様子もなく普通に訊ねた。
「どしたの?」
「……ちょっと言っておきたいことがあってな」
「アカツキくん、今日から見習いなんでしょぉ? せっかくギルド仲間になったんだから、死んでほしくないのよぉ」
アイヴィーからえらく物騒な言葉が出てきて、襟を正したアカツキは次の言葉を待つ。
「ポーターになるパーティを選ぶことはできないというのは聞いたか?」
「うん。相手を選べない仕事だから、慣れるための配慮だって聞いたんだけど……違うの?」
昨日のリアの話であれば、付いて行くパーティの荷物を持ちながら、どういう風にやっているのかを、実際に現場に身を置いて、肌で感じるためだとアカツキは思っていたのだが……
「いいや。そういった面もある。」
「……えらく含み持たせるね」
もったいぶった言い方のラリーに、ついつい気を引かれるアカツキ他二名。リディアとルイーズはでしゃばることなく沈黙を守っていた。喋っちゃダメな空気くらいは、読めるようだ。
真剣な面持ちで、ラリーは言葉を続ける。
「茶化すな。続けるぞ。冒険者の中には、ピンチに陥った時に、ポーターを囮に使う奴がたまに出る」
「囮?」
「あぁ。ポーターが食われている間に、自分たちは逃げ出すってことだな。新人の足を削って動けなくしておいて、逃げ出すわけだ。そして、新人が言うことを聞かなかったから、食われたと報告してそれで終わり」
「……分かってて、防げないの?」
「『死人に口なし』って言われててな。被害にあったやつが帰ってこないから、証明ができない。それに……」
「それに?」
「死んだら運がなかったんだなって風潮もまだまだ強くてな。そんな考えでも、いくらでも新人が入ってくるから、人の補充自体はできるってわけだ」
「……世知辛い」
苦々しく思うも、今のところどうにもできない。
「お前の力は、発揮するまでに時間がかかるだろう?」
「まぁ、ね……」
剄を練り上げるまでの時間、それがアカツキの頼る煉丹術のネックだった。手がないわけではないので、念のため用意しておこうと心にとどめるアカツキ。
「まぁ、その時は逃げることに専念するよ。回復薬もたくさん用意しておく」
「……頼むぞ、ホント。お前になんかあったら、『アレジ』さんに何されるか分からんからな」
「あぁ……そういや、あの人そろそろ回復薬無くなるタイミングだなぁ……」
―――『隻腕』アレジ
アカツキのお得意様のSランク冒険者の一人である。リリューのアカツキの家でバッティングして以来、なにかとかまってくる豪快なガハハ系おじさんだ。他にも二人ほどお得意様がいるのだが、ラリーたちはそのことを知らない。
「俺だって、フィオナが帰ってくるまで死ぬ気はないんだ。己を高めるためにも、とりあえずは一人前にならないと。そんなしょうもないことで死んでたまるか」
昨日のレイチェルの言は、しっかりとアカツキに根付いているようである。
「あら、えらく気合が入っているわね」
「恋って素晴らしいわぁ。頑張る男の子っていいわよねぇ」
異性の名がでたことで、エリノーラとアイヴィーが色めき立つ。ここら辺は彼女たちも女性ということだろう。
他に二、三言葉を交わし、別れるアカツキたちとラリーたち。アカツキはラリーたちの背中を見送ると、リディアとルイーズに振り返る。
「二人は今みたいな話、知っていたか?」
「知らな~い」
「我々は知人が少ないからな。あんなありがたい言葉をかけてもらえることはなかった」
「……すまん」
話を振るんじゃなかったと、アカツキはやる気を削がれるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます