第31話 総合商会 ギブス
とりあえず返事待ちということで、屋敷へと帰ろうと思ったのだが、エヴァンスに挨拶をしていないことを思い出したアカツキ。さすがに挨拶もしないのはダメだろうと思い立ち、道行く人に店の場所を聞きながら、商会へとやって来ていた。
「うっそだろ……」
目の前にそびえ立つ、3階建ての豪奢な建物。ひっきりなしにお客さんが出入りを繰り返している。1階の軒下には、生鮮食品がこれでもかと並べられ、手に取るお客さんと揃いの制服を着た店員との値切りバトルが繰り広げられている。中に入れば、他にもさまざまな品が並べられているのは、アカツキにも容易に想像がついた。想像がつかなかったのは、エヴァンスの勤める商会がこれほどの規模だということだ。
『総合商会 ギブス』
ご立派な建物には、そのような看板が自信満々に立てかけられていた。
あまりの混雑さに、ぽけっと突っ立っていたアカツキ。のんびり挨拶どころではないなと、日を改めようと店から離れようとしたのだが……
「そこのお前! ちょっと待て!」
と後ろから聞こえてきた。だが、何もしていない自分が呼び止められるわけもないだろうと見切りをつけ、そのまま歩き出す。
「まぁ、あれだけ大きいとトラブルも多いんだろうなぁ……」
「だから待てと言っているだろう!」
ガチャガチャと鎧を着ている人特有の音が後ろから近づいてくるが、それでも自分じゃないなとそのまま歩みを進める。そして……
「こちらを向けぃ!」
肩を掴まれ無理矢理振り向かせられたアカツキは、憤怒の表情を張り付けた、鎧と槍を装備した物騒な男と対面した。おそらくは用心棒の類だろう。しかし、アカツキにはそんな顔を向けられる覚えが一切ない。
「なんでしょうか」
実際そうとしか言いようがなかった。なので続く言葉はない。そんな態度が舐められていると思ったのか、男は声をさらに荒げてきた。
「キサマ! ここで何をしていた!」
どうも最近「キサマ」と呼ばれることが多いなと思うアカツキは、
「何って……特には何もしていませんよ」
「ウソをつけ! いったい何を企んでいた!」
取りつく島がないとはこのことだろう。何を言っても「何を企んでいる!」と言われそうだと、ほとほと困り果てていたところへ、助け舟がやって来た。
「そこまで」
「だれっ、これは会頭! 不審者を発見したであります!」
「不審者って……」
苦笑いをする会頭に、何もしてないのに不審者扱いされ心外なアカツキは、会頭に向かって苦情を呈す。
「ひどいよ、エヴァンスさん」
「すまんな、アカツキくん。ブランドン君はまだ新人でね。ちょっと張り切りすぎたみたいだ」
「というか、あんなデカい店の会頭って……吹けば飛ぶような商会って言ってなかった?」
「はっはっは。商会なんてちょっとしたチョンボで、どんな大店も吹っ飛んでいくもんだよ。大も小も関係ないない」
あれくらい大したことないって、とてもナチュラルな表情で語るエヴァンス。直接店を見たわけではなかったので、「あぁ、そうなんだ」と思っていたが、とんだタヌキである。
ところがこんな気安いやり取りをするエヴァンスとアカツキを見て、冷や汗を垂らしているのは誰あろう、槍と鎧の用心棒ブランドン君である。
よりにもよって会頭の知り合いを不審者扱い。首が飛んでもおかしくない。田舎から人減らしのためでてきて運よく見つけた大商会の用心棒の仕事。張り切りすぎて初手で大チョンボである。もうこれしかないと追いつめられたブランドン君は、即座に膝をついた。そして、
「申し訳ありませんっしたーーーーーー!!!」
往来のど真ん中で土下座を繰り出した。鎧を着ているのに見事なものだ。どういう人生を送って来たか知らないが、完全にやり慣れている。
当然街のど真ん中、しかも客が大勢訪れている店の側で、店の用心棒に土下座をさせている人物、アカツキのことであるが、何事だと視線が一気に集中した。運悪く、会頭エヴァンスがいることも災いした。
「何かしら? あの怖そうな用心棒に土下座させるなんてよほどのことだわね」
「あ、会頭のエヴァンスさんだぜ。最近、魔導研究都市『スタディオン』の魔道具を扱い始めたって聞いたぞ」
「マジかよ。ここいらでもついに安価な魔道具が、買えるようになるのか?」
「それにしてもあの坊主はなんだろうな?」
「新人の用心棒を土下座とか、アイツ何様だ?」
「……」
幾らかご丁寧に商会の説明をしてくれる者もいたが、概ね「アイツは何だ?」ということに意見は集約されていた。
かなり居心地が悪くなったアカツキは、そそくさとその場を離脱しようと考え、ブランドン君を無視しエヴァンスに帰ることを伝える。未だブランドン君は額を地面にこすり付けたままだ。
エヴァンスもブランドン君に触れることなく、アカツキにちょっと寄っていかないかと提案してきた。
「忙しいんじゃないの?」
「忙しいのは店員だけだよ。僕の商談はまだ時間に余裕があるからね。せっかくだからお茶でも飲んでいきなよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「とびきりのをご馳走してあげるよ。それじゃ行こうか」
そう言ってその場を後にしようとするエヴァンスだったが、ふと思い出したことがあるように立ち止まった。
「ブランドン君」
「は、はいっ」
土下座のまま返事をするブランドン君。とても視線を合わせられない。そんな彼に無情なひと言が。
「君、減給」
流石商人と言おうか、金銭感覚はなかなかシビアだった。もちろんブランドン君が後程、安らぎのマイルームで、涙したのは言うまでもない。
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