第30話 受付嬢 リア=ベル

 今アカツキ達がいるのは、冒険者ギルド内雑事受付カウンター。ギルドのメインの仕事は、依頼の授受、依頼達成による金銭の受け渡し、各種素材の買い取りなどが主となる。そのうち一番やり取りが多く時間が取られるのが、依頼に関するやり取りだ。


 ギルドに仕事を依頼する時は、仕事内容、達成報酬、依頼期限など事細かに打ち合わせが必要であり、依頼を受けるときも同様だ。従ってその業務を行うカウンターを専門に多くとり、他のこまごました業務を雑事受付で執り行っている。冒険者資格の取得の申し込みもまたここで行われていた。


「おはよう、リア。今日はここが受け持ちなのか?」

「あら、おはようリディ。昨日まであっちだったからね。しばらくはこっちでのんびりさせてもらうわよ」


 クキクキと肩と首を回して、疲れていますアピールをする、リアと呼ばれた女性。うなじほどまである栗色の髪を、軽く髪紐でまとめただけのシンプルな髪型だが、それが妙に似合う女性である。ちなみにこの方、以前アカツキが初めてギルドに来たとき、リディアにお説教していた女性である。


「それで? 朝っぱらからどうしたのかしら」

「あぁ、そうそう。こいつの冒険者資格の申し込みに来たんだ」


 そう言って、アカツキを親指でクイクイ指差すリディア。はっきり言ってまったく似合っていない仕草である。


「……一応いいとこのお嬢さんだろ? 行儀悪くない?」

「いいんだよ。行儀よくするとそれだけで絡まれたりするんだから」

「何それ、怖い」


 おかしなギルドの掟に、弱冠及び腰のアカツキ。それに対しては一言あるのか、やや不機嫌そうにリアはリディアに言う。


「変なこと言うんじゃないわよ、リディ。そんなことないんですよ、ええと……」

「あ、おはようございますと初めまして。アカツキと言います」

「あら、礼儀正しい子ね。こちらこそ、リア=ベルと言います。親しい人はリアって呼ぶわ」

「じゃあベルさん、よろしくお願いします」

「……普通リアさんじゃない?」

「? いやだって、親しくないですし……」

「変わった子ね……」


 てっきりリアさんと呼ばれるかと思ったら、家名のほうで呼ばれたので、戸惑うリア。元々器量良しということもあり、そういうふうに言えば、必ず名前で呼ばれ、何とか距離を縮めようと張り切る冒険者ばかりだった。だが、目の前のアカツキにはそれがなく、逆に新鮮に感じるリア。


「まぁ、おいおい慣れてくれたらいいわ。それで? 資格の申し込みだったっけ? アカツキくん? だったわね。字、書ける?」

「はい」

「結構。読み書きできるかどうかって、けっこう重要でね。これができないと騙されたりすることがあるから、できない人には講習を勧めてるの。別にできなくてもいいのよ。ただ自分を守ることや、余計なトラブルを避けることにもなるからね。ちなみにだけど」


 丁寧に読み書きの重要さを教えてくれていたリアは、急にトーンを下げて顔を寄せてきた。手招きまでするので、アカツキ他二名は顔を近づける。


「ここだけの話、勇者ルシードもどうやら字が読めないらしいのよ。もちろん書くこともできないし」

「そうなのか?」

「まあ、そう言ったことが必要な時は従者にでもやらせてたんでしょ。伯爵家の五男坊なんだし」


 微妙に小バカにした感じがしたが、あの口だけはうまそうなルシードの顔を思い出し、横っ面をひっぱたきたくなるアカツキ。


「まぁ、そんなことはどうでもいいわ」

「じゃあ、なんで言ったんだよ」


 思わずツッコむアカツキ。


「あら、いいわね。その調子よ、アカツキくん」

「……」


 うまく乗せられたようで癪だが、そんなアカツキをよそに手続きが始まった。


「まずこれに名前と年齢、書いてくれる?」


 そう言って一枚の紙をカウンターに置くリア。羽ペンを渡され、名前を書くアカツキ。何故か後ろから覗いてくるリディアとルイーズ。


「わぁ。本当に字が書けるんだ」

「どういう意味だ」

「いや……綺麗なお姉さんの前で、調子に乗っちゃったのかなって思ってさ」

「失礼なやつだな」

「健全な男の子なら普通だよ」

「さいですか」


 思ったよりアカツキの順応性は高いのか、軽口のやり取りをしながらも名前を書き終える。それを見て、


「はい、OK。じゃあ、これからひと月の間、ポーターをやってもらうわ」

「ぽーたー?」

「あぁ、分からないか。いわゆる荷物持ちね」

「荷物持ち……」

「どうしてそんなことをしなくてはならないかって顔してるわね」

「まぁ……」

「簡単に言えば、現場に慣れてもらうためよ。今からひと月間は仮契約というわけね」


 リアの説明によると、これからひと月(ひと月は28日)、荷物持ちとして冒険者に付いて行くことで、魔物との戦いであったり、動物の狩りであったり、野営であったりと、実務を経験することで、冒険者としてやっていけるかどうかを、体感してもらうということだ。


「無事にひと月勤め上げて、やれそうだったら、ランクだとか依頼のあれこれだとかを説明させてもらうわね」

「今説明してもらえないんですか?」

「以前は説明してたんだけどね。魔物との戦いを目の前で見て、自分には無理って辞退する子も結構いるのよ。だから、ひと月ちゃんと仕事して、それでも決意が変わらなかったら、改めて説明するわね。出ないと時間が無駄になっちゃうから」


 意外と論理的で納得できたアカツキは、いつから仕事を始めるのだとリアに聞いた。


「そうねぇ。連れて行ってもいいって人がいれば、いいんだけど……あ、そうそう。アカツキくんのほうからは選べないからね」

「どうしてですか?」

「冒険者って一期一会な仕事だからね。相手を選べる仕事じゃないから、そういう意味でも慣れてもらってるの」

「なるほどなぁ……」


 まともな依頼人や冒険者だけではないのだろう。そういった連中相手でも、やれるようにしていかなくてはならないということだ。


「まぁ、こっちでも適当に見繕っておくわね。今日すぐってわけにもいかないから、一応毎日朝、ギルドに顔出してくれる?」

「わかりました……二人はどうするんだ?」

「私たちは、一仕事していくよ。珍しくルイが早起きできているからな」

「なによ~」


 そう言って笑いあいながら、依頼票が貼り付けてある板へと足を運ぶ。


「……んじゃ、俺は屋敷で鍛錬でもしようかな。じゃあベルさん、よろしくお願いしますね」

「承りました。頑張ってね、アカツキくん」

「はい」


 そう言って、アカツキはギルドを後にした。






「……ふぅ。聞き分けのいい子でよかった」


 リアはようやく緊張から解放された。どうして緊張していたのかと言えば、


(あの子が賞金がかかってた赤眼猪を、丸腰で倒したって本当なのかしら?)


 彼女は、リディアが説明していたことを半信半疑で聞いていた。もちろん本当のことであれば、ギルドにとっていいことではあるし、冒険者になる気がないと聞いてガッカリもしていたのだ。ところがどういうわけか、向こうからノコノコとやって来たのである。


(後でリディに事情を聞かなくちゃならないわね)


「すみません」

「はい。なんでしょう?」


 思考を遮るように、呼ばれるリア。彼女の業務はこれだけではない。色々とありながらも黙々と仕事をこなしていくのだった。

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