勇者その2 良識のない男

「ちょっと……やめてください」

「いいじゃんいいじゃん。俺たちはもう一心同体なんだからさ」

「だから……ちょっと、離して!」


 どんっとルシードを突き飛ばすフィオナ。馬車で隣り合わせに座ってしまったのが運のつき。王家から貸与されている馬車なのでそこそこ広いのだが、ルシードはフィオナの隣にべったりとへばりつき、肩や腰に手を回してきたのである。

 ルシードは拒絶されるとは思っていなかったのか、きょとんとしたまま尻もちをついている。


 今フィオナ達がいるのは、カリーナ聖教の総本山『カリーネシア』へ向かう馬車の中。勇者と目されるルシードのサポートのために組まれたキャラバンで、移動中の出来事である。


 馬車の中には、勇者(仮)ルシードの他、リディアの姉で今も恥ずかしい恰好をしているロクサーヌ、そして第4王女シャロン、そしてアカツキの婚約者で見習いシスターのフィオナ、そして……


「少々目に余りますね……勇者となられるのならばもう少し品格を持っていただきたいのですが」

「……チッ」


 舌打ちをし、座り直すルシード。小言を言ったのは、カリーナ聖教からの使者である『レナエル=マイヤール』。神託の降りた聖女から勇者探しを言いつかった、聖女付きのシスターである。

 艶やかな緑髪を眉毛のあたりでピシリと揃え、後ろもうなじのあたりでキッチリと揃えた髪型と性格が生真面目そうな女性である。自己紹介は済んでいるが、知っているのは名前くらいのもので、無駄口は一切叩かず要件とお説教しか口から出てこないことがほとんどだ。はっきり言ってルシードとは相性が悪すぎる。

 なお身の回りの世話などは別の者が行っているので、彼女の仕事は主に教会がらみの仕事の補佐だ。聖女は基本総本山を離れることはできないので、その代わりに彼女がルシードを見つけたというわけである。


 ルシードに現在、女神の加護は授けられていない。カリーナ聖教の聖女『ジャンヌ=レアンドル』にお告げが下った後、方々を探してようやく見つけただけの状態だからだ。これから総本山にて女神の洗礼を受け、勇者としての力を授かるのである。従って、今のルシードはただのチャラ男。タラシ。ジゴロ。そういった類の男であり、強さという部分だけで言えばアカツキの足元にも及ばない。権力という別種の強さは持ってはいたが、あくまでそれは家の力であり、ルシード個人などただの害悪であるというのが現実だった。


 害悪というのはもちろん、レナエルから見たルシード個人に対する、一方的な感想である。一方でルシードのほうもレナエルのことを苦手としていた。


(見た目はいい女なんだが……口を開けば品格品格といちいちうるせえ……)


 当初、家に迎えに来たときには、口八丁手八丁で口説き落として手籠めにしてやろうとゲスいことを考えていたが、今ではそんな感情まったくない。

 しかも、ロクサーヌやフィオナに対する距離感にまで口を出してくるので、大概イラついていた。


(フィオナはともかく、ロクサーヌはいい感じだと思うんだがな……)


 お家のためにおかしな恰好をしているなどと露ほども思わず、ロクサーヌのこれは地だと思っているルシード。今手を出すならロクサーヌしかいないとも思っている。何せ―――


 ―――第4王女シャロンは王家の娘の上に11歳で、さすがに射程外

 ―――フィオナは立派な胸をしているが、世間的には14歳で未成年。おまけに婚約者付き


 別に未成年とまぐわったところで、罪に問われるということはない。せいぜい特殊な性癖持ちということで、影でコソコソ言われるくらいだが、そう言う権力者も普通にいるため、10歳で出産という娘も少数だがいないわけではない。ただし、母体が幼すぎて危険にさらされるため、そんなことになってしまえば、色々と捨てる羽目になってしまうので、良識ある男はそんなことはしない。


 しかし……ルシードに良識はなかった。


(どうせ長い旅になるんだ。終わるまでにキッチリと食い尽くしてやるぜ!)


 ……どうしてこんな男が勇者として選ばれてしまったのか。それは神のみぞ知るところである。そしてその理由が明かされるのは、全てが終わった時であろう。






(全く……気持ち悪い)


 ルシードに触れられた肩や腰を、腕で全身をかばうように交差させながら、さするフィオナ。カリーネシアに向かい始めて、二日ほどだが何せボディタッチが多い。


(やっぱり目を引くよね……)


 意思と無関係に育ちすぎた14歳とは思えないほど立派な胸が、コンプレックスとなっているフィオナ。ルシードだけならまだしも、キャラバンに同行している騎士たちからもチラチラと視線を向けられていることがあることに、人一倍気にしているフィオナが気付かないはずもない。幸いメイドの女性も多く、全方位から凝視されているわけではないが、それでもアカツキに操を立てているフィオナにしてみれば、思春期ということもあるが、見られるだけで強姦されているようなものである。


「……大丈夫か?」

「え? はい。お気遣いありがとうございます」

「なに。これでも騎士なのでな。民を守るのは私の仕事だ」


 そう言って、優しい顔を向けてくれるのはロクサーヌだ。彼女はいつもフィオナを気にしてくれていた。ただ……


(この恰好が何とも……)


 リリューの避難民が呟いていた眼福の理由、ビキニアーマーを常時身に付けているロクサーヌを何とも残念な顔で見つめるフィオナ。理由はわからないが、就寝時も下着代わりに身に付けているのだ。どこをどう見ても下着の入る余地がない。一方で視線を向けられたロクサーヌは、意味ありげな視線に気づき、


「ん? どうした?」

「あぁ、いえ……お気遣いありがとうございます」

「?」


 フィオナに聞き返したが、視線の意味に気付かなかった。ロクサーヌが首をかしげるが、その理由に思い至ることはない。たぶん、一生。


「まぁ、正面から言うわけないわよね」

「なにかおっしゃりましたか? 殿下」

「なんでもないわよ」


 シャロンはその視線の意味に気付いたが、ぼそりとつぶやいた言葉がロクサーヌの耳に届くことはなかった。


 カリーネシアまでまだまだあるが、救世の旅が始まる前からいろいろありそうな未来の勇者パーティなのだった。

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