第29話 冒険者になってみないか?

「あらら……」

「だが、ポーションも作れないようでは薬師などできんだろう」


 アカツキがプリプリと試験会場を出て行ったあと。合格者はオスニエルがどこかへ連れて行き、不合格者はアカツキと同じく城を後にした。彼らの後ろ姿を見送ったレビンとエドアルドは、お互いに感想を言い合う。


「だけどよ。えらく自信ありそうだったぜ? 異様な凄みもあったし」

「それもそうだな……いったいどこからそんな自信が……ん?」

「どした?」

「さっきの……アカツキとか言ったか。アイツの台にまだ薬らしきものが残ってるぞ」

「お、ホントだ」

「……よしレビン。アレを回収してこい」

「俺がかよ!?」

「他に誰がいるというんだ?」

「お前もいんだろが!」


 しれっと顎で使ってくるエドアルドに、食って掛かるレビン。


「だいたいあんなもんどうすんだよ?」


 食って掛かったものの、すでに取りに行く体勢のレビン。エドアルドのしつけは万全のようである。


「ゲーアノート様に見せるんだよ」

「……なんで?」

「おかしな方法で作り出した薬だぞ? ゲーアノート様のお悩みに何か刺激を与えてくれるかもしれん」

「……なるほど」


 サクッと納得したチョロいレビンは、さっさと試験会場に侵入。アカツキの作った丸薬を二つ回収すると、エドアルドの元へと戻ってきた。


「これを飲むのか……? ほら、取って来たぞ」

「ああ上等だ。ご苦労、犬」

「誰が犬だぁっ!」

「お前以外に誰がいる?」

「なんなの!? お前?」

「ふざけてないで行くぞ」

「……んのやろぅ」


 こうしてレビンとエドアルド、ゲーアノート直属の近衛騎士二人は、アカツキ印の丸薬を手に入れることになる。そしてそれは、アカツキの今後を劇的に変えていくことになるのだが、それはまだ先の話。






「……ダメだった?」


 プリプリと城から出てきたのはいいものの、いきなり人生にけつまづいたアカツキは、歩幅が徐々に小さくなり、ウィルミントン家に帰ってくる頃には、とぼとぼといった感じになっていた。


 メイドさんに迎えられ、リビングでぼんやりとしていたところ、すでに目を覚ましていたリディアが入って来て、結果を聞かれている所である。


「……あぁ。”回復薬を作れ”って課題だったんだけど、一応作ったんだよ。だけど、効能を確かめもしないでよ、「回復薬と言えばポーションに決まってるだろうが!」とか言いやがって。呑んで試せって言っても「こんなもん飲めるか」って試しもしやがらねぇ。結局そのまま「俺に逆らうのか?」みたいなこと言われて、身分を盾にされてな。そのまま帰ってきた。あぁ、もちろん言われたぞ。「キサマは不合格だ!」ってな」


「ぶん殴ってやればよかった」と物騒なことをつぶやいているアカツキだったが、殴らなくて正解だったと、愚痴につきあったリディアはホッとしていた。


「殴らなくて正解だよ、アカツキ」

「……なんで?」

「その場に誰もいないならともかく、受験者はたくさんいたんだろう?」

「……おう」

「貴族というのは自分が有利になるためなら、平気でウソをつくし、そこだったら適当に受験者に証言をでっち上げさせて、コレだ」


 と言って、手を広げ喉をトントンとたたいた。


「……マジで?」

「あぁ。マジだ」


 危うく人生すら終了寸前だったことに気付いたアカツキは、がっくりとうなだれた。しかし、オスニエルが狭量で、適当なことをでっち上げて、後日御用になる可能性がないわけではないのだが、アカツキにはその可能性に気付くことはできなかった。


「……明日からどうしよ」


 もともと、すぐに薬師として働くつもりだったアカツキには、セカンドプランが存在しない。なんだか送り出されてすぐに帰るのも気恥ずかしくて、村に帰るという選択肢は無条件に外されていた。


 鬱々とぼやき続けるアカツキを横目に、ちょっとうっとおしく思いながらも茶をすすりながら、それを聞くとなしに聞いていたリディアは、ピンとくる。


「それなら、冒険者になってみないか?」

「……冒険者? でも俺、薬師だしな……」

「あれだけの力を持っているんだ。次の試験までぼんやりしているのもどうかと思うが?」

「……次があるのか?」

「それはそうだろう。一定のラインをクリアすればいいのだからな。なんだったら次までに錬金術の勉強もすればいい。だけど、稼げないと食っていけないだろう?」

「まぁ、そうだな……」


 次があると聞いて、いったん棚上げという方法が取れると知ったアカツキは、急に元気になった。なので、リディアの話にも前向きである。何せ腰掛でもいいのだから。


 リディアはリディアでアカツキの強さを思い出していた。赤眼猪を丸腰で無傷で狩る腕前を。それを成し遂げる膂力を。


「勇者たちに並ぶ偉業なんて、早々転がっているわけはない。確かに国家薬師は普通人には縁がないものだ。だが冒険者とてハイランクになれば、そうそうたるものだぞ。"S"まで上がれば、準災害種くらいは平気で討伐してくるからな」


 そう言われてアカツキは、時々来ていたハイランク冒険者たちを思い出す。セキエイがいなくなってから来なくなった者もいたが、アカツキの薬を求めてくれる者たちもいたのである。


「それに、だ」

「うん?」

「お前ならクソ高いポーションなんか買わなくたって、安上がりに薬を作ることが出来るのだろう? 売ることはできないかもしれないが、自分で使う分には全く問題がないと思うぞ……できれば私にも売ってもらいたいものだが……」

「そりゃかまわんけど……冒険者か……」


 アカツキは想像してみた。強いイメージと言えばやはり噂に聞くドラゴンだが、あいにくと見たことがない。なので、超巨大な赤眼猪で代用。


 ―――たった一人で、災害種に指定された超巨大赤眼猪に立ち向かうアカツキ。後ろにはケガで動けないフィオナ。女神の力を与えられたものですら、かなわない相手に颯爽と立ち向かう。傷つきながらも長時間立ち向かい、やがて訪れる勝利の瞬間。抱き合う二人―――


「―――ツキ……、―――カツキ、アカツキ!」

「はっ」

「……何をにやけているんだ」

「……」


 妄想でにやけている姿をまともに見られたアカツキは、とてもではないがリディアと顔を合わせられなかった。そっぽをむきながらも、訝しい顔をしているリディアにぽつりと言う。


「冒険者のなりかた、教えてくれないか?」


 終わってしまったものは仕方がないと、今回の結果にはとっとと見切りをつけ、己を磨くことにしたアカツキ。明日、リディア達と共にギルドへ足を運ぶことになった。

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