第28話 言いがかり
「おいキサマ! そこで何をしている!」
「……」
オスニエルは、アカツキが明らかに普通とは違うことをしていることに気付き、大声を上げて指摘する。しかし、それに対してアカツキは何の反応もしなかった。集中しているということもあるし、そもそもアカツキの中で今やっていることは調剤作業であり、やましいところなど何もないからである。
アカツキは全く反応しなかったが、周りの受験者はそうもいかない。何事だとオスニエルの視線の先を追えば、薬草を扱ってはいるものの自分たちとはまるで違うことをしているアカツキの姿が。逆に受験者たちのほうが戸惑うことになった。
無視されたと思い込んだオスニエルは、簡単に沸点を突破し、ずかずかとアカツキの元へとやって来た。アカツキの側までやって来たオスニエルは、先ほどと全く同じテンションでアカツキを怒鳴りつける。
「先ほどから何をしていると言っている!」
アカツキを突き飛ばそうと強く押したが、アカツキはびくともせず逆にオスニエルのほうがよろめき、尻もちをつくことになった。偉そうにしている者が滑稽な姿を見せた瞬間、
「ぶふっ」
「誰だぁっ! 今笑ったやつは!」
受験者の一人が偉そうにしている試験官が、無様に尻をついたことに耐えきれず、誰かが吹き出してしまったのだが、試験中で静かなうえに受験者の数も少なく、カンニングの心配もなかったために、試験官がオスニエル一人であったことも幸い(?)し、笑った者が誰かということはわからなかった。少なくともアカツキではないことははっきりとしていたが。「お前か!?」「キサマかっ!?」とさらに顔を赤くして、わざわざ一人一人に聞いて回る律儀なオスニエルだったが、明らかに貴族なナリの相手に「自分が笑いました」などとバカ正直に答える者などいるわけもなく、ことごとく空振りに終わっていく。
そんな小さな騒ぎをよそにアカツキは、次々と作業をこなしていった。といっても回復薬などそんなに複雑な作りではなく、フルカスタム品以外の汎用品などアカツキにしてみれば大したものではない。いくつか回復以外の物を混ぜ込んだが、効能自体は完璧に回復薬なのは間違いなかった。
「おっ、アイツ最後に受付した奴じゃんか……なんでバカ息子に絡まれてんだ?」
「……さあな。大方オスニエルの目に留まるようなことをしたんじゃないか?」
試験会場である中庭は、吹き抜けになっており、上階から受付をしていた二人組、レビンとエドアルドが騒いでいるオスニエルに気が付いて覗き込んでいる所である。今はちょうどアカツキが絡まれている所であるが……
「……なぁ、俺の目の錯覚か?」
「アイツの周りがゆらめいて見えることか……?」
「……気のせいじゃないのか」
「俺も半信半疑だったがな……」
何度か目をコシコシとこすってみるレビンだったが、目の前で起こっている出来事に変化は全くない。間違いなくアカツキから何かが出ている。
「……薬師の試験だったよな」
「そのはずだが」
おかしなことになっている一人の受験者に絡んでいくオスニエルが、突き飛ばそうと手を出すが、
「ぶふっ」
「……くくっ。お前ちょっと笑い声が大きすぎるぞ」
「だってよぉ……突き飛ばそうとして尻もちついてんだぜ? あの高慢ちきなバカニエルがよ」
「上から笑われているのに、受験者に食って掛かったところで犯人など出るわけなかろうに……そこまで頭に血が昇っているのか?」
無様に尻もちをつき、レビンの笑い声に反応したのはいいものの、見当違いのところへ食って掛かり受験者の邪魔をするオスニエル。そんなことをしている間にも、アカツキの調剤は終了し、二つの丸薬が完成していた。そしてその後も受験者たちも課題をこなしていった。
「……試験終了だ。これから確認する」
血管が切れるんじゃないかってくらいに赤かった顔も、落ち着きを取り戻し、手に帳面を持って各台を見て回るオスニエル。チラチラと帳面を見ながら、何を見ているのかわからないくらいにサクサクと「合格」「不合格」と告げ、最後にアカツキの元へとやって来た。
「……なんだ、これは?」
「なんだ……って、回復薬ですけど」
怪訝な顔をしてアカツキの作った丸薬をつまむオスニエル。匂いを嗅いでもあたりまえだが草の匂いしかしない。
しかし、「何バカなこと言ってんの?」という顔をしているとオスニエルは思ったのか、アカツキに食って掛かろうとしたが、逆にニヤリと嫌な笑い顔を浮かべる。
「これだから庶民は……回復薬と言えばポーションに決まっているだろうが。周りを見てみろ。誰もこんなもの作っておらんだろうが」
そう言われたので周りを見渡すアカツキ。確かに緑色の液体が入った瓶が各自の台に置かれている。
「……? そうなんですか? これでも回復しますけど」
「フン。こんなもの口に入れる気になるか。まるで動物の糞ではないか」
「見た目は悪いかもしれませんけど、効能は間違いなく……」
「キサマ、さてはモグリだな? 何の知識も持たんものがたまにおるのよ。あわよくば免状を手に入れ、適当なものを売りつけ、稼ごうとするものがな」
「そんな……言いがかり「言いがかりだと!? ここで俺の機嫌を損ねることがどういうことか分かっているのか!?」」
ああ言えばこう言うと上げ足ばかり取ってくる試験官に流石に腹が立ってくるが、
(相手は貴族、相手は貴族……)
幾ら理不尽でも、権力側の人間である。いくらあのねじれ金髪が腹立たしくとも、逆らって碌なことにはならない。間違いなく、アイツに逆らったらどうなるか分からないのだ。
心で己を言い聞かせ、下を向き怒りをコントロールするアカツキ。怒りにひきつる顔に、無言で無理矢理笑顔を浮かべるアカツキには、予期せず凄味が生まれてしまう。
下を向き黙り込んだアカツキを見て、やりこめたと思ったオスニエルは得意げに下からアカツキの顔を見てやろうとウッカリ覗き込んでしまった。
「ひぃっ」
まさに鬼の形相。身を立てるための初めの一歩を、わけのわからない言いがかりで潰されようとしているのだ。何とか顔を作ったところで完璧な笑顔などできるわけがない。
軽く悲鳴を上げて、またしても恥をかかされたと思ったオスニエルは、何やらよくわからない悪寒に襲われながらも、これ以上かまっていられるかと、アカツキに最後通牒を突きつけた。
「キサマは不合格だ!」
こうしてアカツキの初めの一歩は見事に失敗してしまった。オスニエルを一発ぶん殴ってやろうかと思ったが、ちょっと頭が冷えたのか、とっとと道具を片付け試験場を後にした。
背中で怒りをこれでもかと表現しながら。
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