第27話 試験開始
明けて今日。朝九時とはなんだと昨日のうちにリディアに聞いてみたアカツキ。村では、朝日と共におはよう、日没とともにお休みの生活である。腹が減ったと昼飯を食い、燃料がもったいないからと暗くなったら寝る。夜にすることなど所帯持ちが子作りくらいのものである。しかし、村でアカツキと同い年なのはフィオナだけというのは何とも。
そんな生活を送っていたアカツキに、驚きを感じていたリディアだったが、ちゃんと教えてくれた。時々変な音が聞こえていたなと思っていたのだが、どうやらそれが時間を教えてくれる鐘の音だというのだ。それ専門の職業『鐘突き』なるものがあり、一日五回専用の魔道具を確認して鳴らすだけの仕事でそこそこもらえるようだが、当然街に一人でいい仕事のため、倍率はかなり高いとのこと。朝一番が六時であり、次いで九時、十二時、三時、六時と鳴らすことになっているとのこと。
(……なんて退屈な仕事だ)
村に鐘などなかったので、妙な音が聞こえるなくらいの認識だった。それを日に五回鳴らすだけの仕事に対しての感想は、”楽して稼げる”か”退屈な仕事”という感想だろうが、村人であるアカツキは後者と捉えた。
「さて、行くか」
すでに朝六時の鐘は鳴っている。街はすでに目を覚ましている時間だが、この屋敷の人はまだ寝ている時間である。朝九時までの時間間隔は、自分で判断しなければならないが、あまりのんびりしている暇はなかった。調剤道具を持って部屋を出て、玄関へ向かう途中に、朝早くから仕事をしているメイドのおばちゃんに、おはようございますの挨拶をして、アカツキは城へと向かった。
「試験の内容はただ一つ。『回復薬』の製造だ」
特に何かがあったわけでもなく、無事に辿りつけたアカツキ。受付で受験票を見せて城の中に入り、随所に置かれた立て看板に従い、やって来たのは城の中庭だった。
目の前では試験官である『オスニエル=デ・ヴァールト』とかいう、随所にひらひらした布が付いている変な服(貴族服)を着た、いけ好かない感じのねじくれた金髪の男が、いかにもめんどくさそうに試験の中身を説明していた。
(まさかあのデ・ヴァールトの関係者じゃないだろうな?)
あの門での一件があったせいか、どうにもデ・ヴァールトの関係者に対してつい色眼鏡で見てしまうアカツキ。親の背中を見て育ったあの男が、マトモだとはどうしても思えない。
「それにしても……」
何だか人が少ないなと感じる。アカツキは薬を売るための免状を手に入れるには、この試験を突破するしかないとエヴァンスから聞いていたし、実際に門で待たされたのはこの試験があるからだとリディアやルイーズから耳にしていた。
しかし、様々な材料が載った台が中心に置かれていて、なおかつ調薬するための台の数が、人数分用意されているがどう考えても少ない。というかそもそもこの中庭自体が狭い。それに、
「みんな調剤道具持ってないな」
薬を作るために薬草をすりつぶすための薬研や削り器、混ぜ合わせるための乳鉢や乳棒など、製薬道具を持っている人が一人もいない。貸し出してくれるのだろうかと思っていたが、オスニエルの開始の合図が出てしまった。
「それでは試験開始だ」
オスニエルの宣言と同時に、受験者が中央の台へと群がっていく。説明を聞いていなかったアカツキは出遅れた。慌てて向かうが材料はまだたくさんあった。
(回復薬って……えらくざっくりしてるけど、普通に傷薬でいいのか?)
麻痺を取ったり、解毒したり、高位の物になれば解呪できるようなものもある。そのどれもが回復薬と呼べないこともないのだ。
(それも含めてってことか? ……とすると)
目的の物をアカツキは物色し始める。
「麻痺解除のための『イ・ブリット草』に解毒作用のある『シンダ根種』。後は……」
次から次へと材料をかき集め、割り当てられた自分用の台へと戻る。そして―――
―――剄を練り始めた。
(全く……なんでゲーアノート様から全権を委任されている、我が家の長男であるこの俺が、このようなことをせねばならんのだ!)
ねじれ金髪のオスニエルは、憤っていた。もちろん試験官などという彼が言うところの”下々の者”がやるような仕事をすることになったからだ。その命令は家長である「ハーマン=デ・ヴァールト』より直々に言い渡されていた。だが選民思想が強い彼にとって、試験官とは下々の者がやるべき仕事らしい。本来は能力を見抜き、国に貢献するような人物を派遣するべきなのだが、ハーマンは自分の長男が優秀であることを疑ってもないし、オスニエル自身も自分が優秀だと全く疑っていない。
そんなたちの悪い親子が試験官を任されている時点で、ゲーアノート某も知れているというものだが、そもそもゲーアノートはそう言った組織管理に全く興味がなく、ひたすら求道者であるため、組織がこういった輩に好き勝手されているということも知らない。ある難題に頭を悩ませているというのも原因ではあるのだが。
オスニエルは今朝もダナエの塔に顔を出し、第一王女レムリアに挨拶に行ったのだ。しかし、いくらにこやかに語りかけても、オスニエルのほうを見ようともせず、唯一見える目はうつろに何処かを見つめ続けていた。
(全く忌々しい! 父上に言われたから、毎日様子を見に行って俺自らが調剤した薬を飲ませているのに、一向に良くならない! 話が違うではないか!)
頭部全てを覆う仮面をかぶったレムリアを思い出し、勝手に腹を立てるオスニエル。「チッ、チッ」と知らずに舌打ちしながら、受験者たちを見渡す。
(ほう……やはり平民とはいえ、錬成陣程度は持っているか。やはり錬金術師は偉大だな)
王国の調剤法……というよりも大陸の薬剤精製は、全て錬金術によるものである。これは錬金術師の立場向上のために、うまく住み分けていた薬剤の精製の分野に、錬金術師が入ってきたという歴史があった。
錬金術師の錬成陣によって生み出される薬は、大量生産ができる上に、品質の一定化が見られた。それによって”商品”としての価値が生まれ、薄利多売の商売の種となってしまったのである。
本来なら、投薬する患者の様子を見て調剤するため、その都度調薬をしていたのだが、市井の安い薬である程度病状が軽くなれば、また動けるようになるので、少々の病気で休むことがない平民にはそれが受け入れられてしまった。
したがって、従来のアナログな医療もできるような薬師は淘汰され、今の薬師というのは”錬成陣を持っていて、薬草の種類が見分けられれば誰でもなれるもの”という、わりとハードルの低い職となっているのである。
ところがそれでは薬師の価値が下がってしまうため、こう言った試験という形で選り分けるようになったのだが、ここへ貴族が絡むことによって、コネや袖の下による汚職の温床になってしまっているのが実情である。
簡単に言ってしまえば、薬を作ることが出来るだけの薬師を、量産していることに他ならなかった。
勿論オスニエルもそんな一人ではあるが、生家が生家であるため自分が素晴らしい腕前の薬師であることを微塵も疑っていない。
そんな男が、アカツキの調剤を見てどう思うかなど、言わずもがなである。
――――――――――――――――
レムリアの仮面の形はスケバン刑事的な感じでよろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます