第26話 受付
アカツキは、ウィルミントン家を出て、王城の正門前へと向かっていた。
「稽古をつけるのはいいんだけど……これはそもそも強さを磨く鍛錬じゃないからなぁ……」
頭をこりこりかきながら、先ほどの出来事を思い出す。デイモンのあの態度は、強さというものにこだわっているような気がしている。どうして自分に目を付けたのかは分からないでもない。
(俺もわかっていない、あれだろうな)
剄を解放した時の暴風が原因だろう。傍から見れば風の魔術を使ったように見えなくもない。少量なら問題ないのだが、剄を体内に充満させ続けると、体に不調が出るのだ。だからキッチリと動かした後は、あのように拳からすべて吐き出させるのである。ところがそれがとてつもない出力だったことにまるであてがない。
(本当になんなんだろうな……まぁ、とりあえずわからんから放置しておこう)
そもそも、剄うんぬんに関しては、今回の訪都に全く関係がない。今回の目的は国家薬師の免状が目的なのだ。
「さぁ! 行くぞ!」
幸い王城でその手の連絡が出回っているらしく、デイモンもその話を知っていたため、エヴァンスの商会へ行く必要がなくなった。寄り道せずに遥か向こうにそびえ立つ王城へと向かって歩いていく。気合は入っているがさすがに走っていくほどの距離ではないのだ。
「はい……ファビアン殿、ですな」
「そうです」
あれからまっすぐと王城へと向かう……わけにはいかなかった。まっすぐ行くことを遮るように、貴族たちが住まう区画にぶち当たったのである。下級市民とはいえ、王城へと向かうことがないわけではないので、平民だから王城へ行くことはできないというものでもない。しかし、貴族たちが住む”特別区”が最短距離を行くことを妨げた。わざわざ壁で囲い、門衛を置くことで簡易な関所が設けられている。念のため、試験の申し込みに行くから通してくれないかと聞いてみたのだが、いくら聞いてもなしのつぶて。返事は、回り道を丁寧に教えてくれたこと。昨日の門衛といい、下の教育は行き届いているなと妙な関心をするアカツキは、教えられた道を通り見事王城の門へとたどり着くことが出来た。
朝に屋敷を出たが、慣れない道を歩いたので、日はすでに中天に差し掛かろうとしていた。王城はちょっと跳んだくらいでは飛び越えられないほどの濠に囲まれ、その内はたっぷりと水が流れている。しかもかなりのスピードのため、落ちたら命に関わる可能性がありそうだ。
街から王城へ向かって正面に巨大な跳ね橋があり、そのすぐ側で、
”国家薬師試験、受付はこちら”
と書かれた立て看板があり、そこには軽鎧を着て椅子に腰かけている二人の兵士がいた。
普通の人は、ここまで来ると普段見る機会のない王城に対し、何らかのアクションを起こすのだが、アカツキは王城になど全く興味がなく、とっとと受付を済ませることにした。
キョロキョロとあたりを見渡すが、ほとんど人がいない。何でこんなに人がいないのだろう? とアカツキが思っていると「次の方~」とあまりやる気のない感じで呼ばれた。
「……お名前は?」
「アカツキと言います」
「変わった名前ですね~……アカツ、キっと。はい、受付完了です。あと、紹介状はありますか~?」
「え? 紹介状、ですか?」
受付だけをすればいいのではないのか? そう思って焦っていると、名簿に名前を書いていないほうが、取り繕うようにちょっと焦り気味に割って入る。
「あ~……いえいえ、なんでもないです。それでは試験は明日ですので、朝九時にここにお越しください」
「はぁ……」
何だかよくわからないが、受付は終わったらしく、番号と名前が書かれた受験票を渡された。
「まぁ……いいか。試験は受けられるみたいだし」
とりあえず、ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、明日に備えようと、少し早いが買い食いでもして帰ろうと、受付に背を向けここを離れた。
「……なんか申し訳ないな」
アカツキと話していた方『レビン』が本当に申し訳なさそうな顔でそう言う。そして取り繕っていた方『エドアルド』が、非難するようにレビンに食って掛かる。
「お前……そんなこと言ったって仕方がないだろう。薬師筆頭のゲーアノート様から全権を委託されてるデ・ヴァールト子爵の指示なんだから」
「だってよぉ……」
ここにやってくるのは、いわゆる”平民枠”の申し込みである。もちろんその中でも有力者に誼を持つ者は、試験でも優遇される。そもそもが合格者のほとんどが袖の下を利用した裏口合格であり、大半は薬師の家系で貴族であるだけのボンクラばかりなのだ。もちろんそれだけでは国がひっくり返ってしまうので、貴族でそこそこやれる者も混じっている。
では平民枠とはなんなのか。それはただ公平ですよと周りにアピールするためだけの出来レースであり、実際には真に実力のあるものがいたとしても、紹介状のない成績上位者より、紹介状のある成績下位の者のほうが優先される。
つまり、紹介状も持たないただの平民のアカツキに、合格の目など万に一つもなかったのだ。
「すげぇ実力者がいたらどうすんだよ……」
レビンの言うことも尤もで、いつだって先鋒を命じられる兵士にとって、いい薬というのは、生きるか死ぬかの瀬戸際ではかなり重要である。
勇者たちが加護を受けるカリーナ教の神官も、治癒の奇跡というものが使えるのだ。しかし威力は桁違いだが、そんな異物のような能力をポンポン使えるわけもなく、せいぜいが一日一回くらいのものであり、それも神官によりピンキリ。はっきり言って多数の兵士や騎士、魔術師が蠢く戦場では、上官にいざという時があった時の保険としてしか機能しないような代物だった。なので、薬師というのは国力としても重要な話のはずなのだが……
エドアルドは吐き捨てた。
「ゲーアノート様はできた方だ。バカなのはデ・ヴァールトだよ」
「おい……どこで話を聞かれてるか分からんのに……」
「大丈夫だ。アイツの派閥はバカばっかりだからな」
「……辛辣だな。お前」
取り繕うことを止めたエドアルドは、とても毒舌だった。さらに被せて発言していく。
「おい、そろそろ片付けよう」
「え? まだ時間来てねえぜ?」
「別にいいだろう。紹介状持ちは早く受付を済ませているだろうしな。今から来る者は紹介状など持ってないよ」
「そうかもしれないけどよ……」
「どうせ受付したって落とされるんだしな。それよりも行かなきゃならんところがあるだろう」
ガチャガチャと机を畳みながら、エドアルドは遠くに見える塔へと視線をやった。
『ダナエの塔』
罪を犯した王族を一生閉じ込めておく、塔の形をした牢獄である。
「ダリアさんにも無理を言ったからな」
「……伯爵令嬢だぜ? あの人。なんでデ・ヴァールトの言うことが優先されんだよ?」
「しかたあるまい。奴はゲーアノート様の威を借る豚。何か不正をしたという証拠をゲーアノート様が掴まない限り、表立っては断罪できん。うまくかぶっているからな」
「まったく……ヅラのくせに」
「まったくだ。二重にかぶっているとはな」
デ・ヴァールトの悪口を散々言った後で、2人は片付けを終えた。
「なんとかならないものか……レムリア殿下の容体は……」
「デ・ヴァールトの息子がちょくちょく塔に押し入ってくるが、あまり芳しくないうえ、ダリアさんにぶん殴られてほうほうの体で出てくるからな」
「いっそ出禁にするか」
「……ムリだろ。あんなに家を笠に着るやつ、そうそういやしねえぞ」
『父上に言いつけてやる!』
ダリアに撃退される姿を目の当たりにしてうっかり笑おうものなら、出てくるのがこのセリフだ。しかもバリエーションが全然なく、ボキャブラリーが貧困すぎる。
「誰か凄腕の薬師でも現れないものか……」
「案外さっきのやつだったりしてな。なんかこう、服もこのへんじゃ見ないかっこだったし」
のちのち”三バカ”と言われるアカツキ、レビン、エドアルドの初邂逅はこんな感じであり、「え? そんなことあったっけ?」というような、うっすい縁であった。
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