第25話 父と娘の狭間で
「わからない?」
「はい。故郷で稽古していた時はせいぜい、近くの木が揺れる程度だったんですが……あんなに風が吹き荒れるなんて初めてのことでして……」
「ふむ……」
逃げることもできず、居間へと連行されたアカツキ。L字に置かれたソファの中心に座らされ両脇をがっちりと固められた。目の前にはテーブルがあるため、逃げることはできない。
顎に手をやり考え込むデイモン。場が静かになったところを見計らって、一緒に座っていたリディアが、質問を投げかける。
「あれは誰でもできるのか? アカツキ」
「うん? ん~……どうだ、でしょう……親父以外に使ってる人は見たことないですけど」
「アカツキ……」
「はい……?」
「そろそろ敬語はよせ」
思いついたように急に敬語になったアカツキ。あまりのフレンドリィさに、いつの間にか心の壁が壊されていたことに、ほんの数秒前に気付き直したところをなぜか注意された。
「そうだぞ、アカツキくん。君は恩人なのだからな」
「……そんなもんなんでしょうか」
父からは、とにかく敬語で喋っとけば、かなりのトラブルは回避できると聞いていたのだが、向こうから普通でいいと言われた時の対応は、残念ながら教えられていない。どうしようかと思ったが、あまりにリディアの目が真剣なので、リディアに対してだけ普通に話すことにした。
「……わかったよ。とりあえずさっきの質問だけど……やってみなくちゃわからないってところかな?」
「? どういうことだい?」
考え込んでいたデイモンが、アカツキの発言に反応した。
「剄を使えるようになるには、まず誰かから剄を体内に流し込んでもらって、丹田……ちょうど臍の下くらいにあるツボ……ええと、なんて言えばいいのかな……」
頭を掻きながら説明するも、どうにも理解してもらえない気がするアカツキ。腕を組んでどう説明すべきか唸っていると、リディアが口を挟んでくる。
「誰かから、その、剄? とやらを流し込んでもらうというのはアカツキでもできるのか?」
「あぁ。多分俺の知るところ親父か俺しかできないと思う」
「なら! ぜひとも私に試してみてくれないか!?」
ガッとアカツキの両手を掴んだまま、うるんだ瞳でアカツキを縋るように見つめるリディア。
「!?」
リディアの顔を至近距離で見て赤面するアカツキ。勇者が連れていこうと思ったのもわかる気がする。姉ではあるが、間違いなくリディアにも血は分けられている。
どうしたものかと頭に血が上るのをしっかりと認識しながら、視線をさまよわせていると、反対側に座っていたデイモンからもお願いされてしまった。
「……君はリディアの剣術をどう思う?」
「どう、ですか?」
アカツキが見たのは、先ほどの素振りと赤眼猪に斬りかかった時だけだが、
「まぁ……その……俺は剣術をたしなまないので、よくわからないということを前提に考えても……その……」
どうにも煮え切らない言葉しか出てこない。アカツキが気を使って、それ以上のことを言うかどうかを迷っていることを、正確に掬い上げたデイモンは、その先を口にした。
「ポンコツ、だと思わないか?」
「ちょ、そんなことは……」
「かまわんよ。私も理解しているんだ」
「……」
父親ははっきりとポンコツといい、娘は理解していると諦めたような顔でつぶやく。自分の面倒を見てくれた親子のそんな姿を、アカツキはもう見ていられなかった。なので、二人の望みをかなえる方向へ思考をシフトする。
「……お嬢様」
「なんだいきなり……」
「お手を拝借」
そう言うと、実は掴まれ続けていた両手を、今度はアカツキが掴み返す。五本の指をそっともつように。貴族がダンスをエスコートするように。
「目を閉じてくれるか?」
「……わかった」
アカツキの真剣さが伝わったのか、リディアは目を閉じた。デイモンは興味深そうに二人を見守る。
(さて、薬の調合のために他人に剄を流すのはやったことがあるけど、剄を使えるようにするために丹田を刺激するってのは、俺もやるのは初めてだな……こんな感じだったっけ)
セキエイにされたことを思い出しつつ、深呼吸を一つつくと、本日二度目の丹田への刺激を始める。丹田よりにじみ出る剄を、体中に充満させずに手のほうへと流していく。いつもならそこからまた体の中心へと循環させていくのだが、今はリディアの手のほうへと流していく。
「んぅっ……」
(良し……うまく流れているな……)
重ねた手からリディアへと流れていくアカツキの剄は、つないだ手からリディアのほうへと流れていく。
「んっ……はぁっ……」
艶めかしいリディアの声が部屋に響くが、アカツキはもちろん集中しているリディアも、それを見ているデイモンも少しも口を開くことはない。
アカツキは、剄を通してリディアの体内を探る。
(……あまり抵抗がないな。リディアは扱える魔力が少ないのか……?)
通常、人は呼吸によって、空気中に漂う魔力を吸い込む。それをため込む量というのはそれこそ人によりけり。魔術が使用可能になるほど溜め込める者もいれば、魔道具という魔力を流して、様々なことを引き起こす道具に備わる魔石が、反応しないほどの者もいる。ちなみにアカツキは後者であり、魔道具がうんともすんともいわないので、便利な生活とは無縁である。ちなみにかなりの頻度でアカツキのような者もいるため、魔道具を使えないからと言って差別されるなどということはない。
魔術を使えるほどの魔力をため込める体質を持っている者は、剄に対してかなりの抵抗を示す。違う力による反発なのか、細かいところはアカツキには分からないが、とにかく剄の通りが悪いのだ。ところがリディアにはそれがない。厳密に言えばわずかに抵抗はあるのだが、ほとんど影響が出ないほどでしかない。
悶えるリディアに何とか反応せずに剄を流し続け、ようやくたどり着いたリディアの丹田。そこへ無遠慮にアカツキは剄を送り込み、丹田を刺激した。剄で丹田を包むように優しくしたつもりだった。
「!!?」
びくびくっと声も出せずにのけぞったリディアは、そのままピクピクと震えると、アカツキのほうへと倒れ込んできた。アカツキも集中していたので、リディアの様子には気が付かなかったが、息は荒く、ほつれた前髪が汗をかいた額に貼りついている。妙に色気を感じさせる顔のまま、うっすらと目を開けたリディアは、震える声でアカツキに結果を問うた。
「どう……だった……? 私の体は……?」
親であるデイモンの前で、その言い方は大変よろしくなかったが、何のことかはわかっているので、アカツキは優しく答えた。
「へその下あたり、目をつむって意識してみ?」
「ん……なんだか温かい何かがムズムズしているな……」
「そう。それが剄だ。俺ほどじゃないが、適性はバッチリだな」
「そう、か……なんだかちょっと疲れたな。少、し眠らせて、もら、う、よ……」
そう言ってそのまま眠ってしまうリディア。困ったのはアカツキである。寄りかかられていい匂いがするうえ、安心しきった顔をしているリディアを突っぱねることもできない。見た目は冷静だが、内心おたおたしていた。
今までの一連を黙って見ていたデイモンは、それを見てゆっくりと口を開く。
「……娘のこのような姿を朝っぱらから見てしまって、何とも言い難い気分だが、アカツキくん」
わずかに不快感を感じていますという言葉をにじませながら、ずいっと顔を寄せてくるデイモン。娘を抱きながら、親に詰め寄られるというなかなかないシチュエーションに、焦りまくるアカツキ。
「……なんでしょう?」
何を言われるのかドキドキしながら、デイモンの次の言葉を待つ。
「もしよかったらだが……」
「……」
「リディアに稽古をつけてやってくれないだろうか?」
先ほどの言葉とは真逆の優しい声音でそう言われたのだった。
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